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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
プロトタイプ版

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6/57

深き夢のあわい

「君たち、今夜は空いてるかね?」


夕刻の講義が終わった後、教授が教室の隅で僕たちを呼び止めた。

その口調は、いつもの“観察者の語り”ではなく、どこか気安く、街の老舗を紹介するような響きを帯びていた。


「文化的フィールドワークだよ。アーカムの地下文化――つまり、スピークイージーに行く。ついでに、一杯奢ろう」

教授は眼鏡を押し上げて、肩をすくめた。


「わあ、タダ酒だ!」

ヒナタが真っ先に喜ぶ。

「ありがとうございます、教授。お礼に次の発表、ちょっとだけ真面目にやりますね」


僕もつられて笑った。

「ありがたくいただきます。学術的に、ですね」


「よろしい」



---


酒場は、アーカムの繁華街を一本裏に入った、人通りのない路地のさらに突き当たりにあった。

そこに看板などはなく、ただ背の高い木扉と、湿った壁に付いた鉄の呼び鈴が、あからさまに“合法ではない”雰囲気を漂わせていた。


教授がノックする。やがて、扉の覗き穴がガチャリと開き、低い声で何かを尋ねる。


教授はあっさりと口を開いた。「夜霧のバラは今日も咲く」


数秒の沈黙。やがて扉がゆっくりと開かれる。


「ほんとに合言葉いるんだ!」

ヒナタが目を輝かせる。

「わくわくするなあ、秘密基地って感じだよね!」

彼はまるで博物館に入るような高揚感で、ドアの奥の暗がりへ足を踏み入れた。


---


店内は、照明こそ薄暗いが、思ったよりも明るい空気に包まれていた。

ジャズの演奏が流れ、煙草の香りが立ち込める。窓はなく、外界とは完全に遮断されている。


カウンターには三つの空席が並んでいた。

僕らはヒナタ、僕、教授の順でそこに腰を下ろす。

隣の客が無言でこちらを一瞥したが、すぐに目を逸らし、琥珀色のグラスに目を戻した。


「どうする? ヒナタ、初めての“アメリカのお酒”だろう?」

教授がグラスを拭くバーテンダーを指しながら声をかける。


ヒナタは頷き、遠慮がちにバーテンダーに話しかけた。

「すみません、おすすめってありますか? あんまり詳しくなくて」


バーテンダーは一瞬、ヒナタの顔を見て、眉を上げた。

どうやら彼のことを「背伸びしてる子供」だと思ったらしい。


「そうだな……甘口のカクテルにしとこうか。ちょっと強いが、味は柔らかい。

(今どき子供だって親の酒を盗み飲むしな、気取らなきゃいいんだ)」

バーテンダーは目を細め、静かにグラスを取り出す。


「それでお願いします」

ヒナタはにこやかに頷いた後、ふと僕と教授を振り返った。


「ねえ、そんなに若く見える?」


ヒナタはいつも通り、癖のない白シャツと黒のベストを着ていた。髪は肩口で軽くうねり、まるで風を受けてたゆたう海藻のように見える時がある。

肌は滑らかで、表情は柔らかい――だがその“印象の輪郭”が、人間の常識から少しだけずれている。

年齢を測ろうとすると、どこか引っかかるのだ。大人びたようにも、子供じみたようにも、見ようと思えばどちらにも見える。


「ふふ、確かに君は“年齢不詳”というより、“ちょっと背伸びして見えるタイプ”かもしれないね」

教授はグラスを受け取りながら笑った。

「この国じゃ、そういうのは“可愛い”って言われるんだよ」


ヒナタがちらりと僕の方を見る。やんわりとした目線だが、どこか真面目な返答を求めるような響きがあった。


僕は一瞬、返答に詰まった。


言葉にしようとすると、何が“普通”で、何が“違う”のかがうまく定まらない。


「んー……子供には見えないけど、何て言うか……」

僕は少し言いよどんでから言葉を続けた。

「“歳をとらない人”って感じはするかも」


ヒナタは目をぱちくりと瞬かせ、首を傾げた。


「それ、褒められてるのかな」


「悪口じゃないよ。……多分、誰にでもそう見えると思う」


僕はグラスを取って、ごまかすように口元へ運んだ。

琥珀色の液体が喉を通る感触が、いつもより少し重たく感じられた。


グラスの縁に口をつけたまま、ヒナタはふっと目を細めた。

その顔は穏やかで、少しだけ眠たげでもあった。


両手でグラスを支え、そっと口元に運ぶ。

ひとくち、ほんの少しだけ味を見るように――舌の先で確かめるように飲んだ。


そして、表情がふわっと緩んだ。


「……すごい、不思議な味。

甘いのに、あとから潮の匂いが押し寄せてきて……波音が舌に残る感じ。

こういうの、日本にはないなあ」


その言い方はどこか嬉しそうで、どこか懐かしげだった。


バーテンダーが、少しだけ驚いたように眉を上げ、グラスを拭く手を止めた。


「お客さん、舌がいいね。その酒、インスマスで作られた密造酒を使ってるんだよ。

こっちじゃ“潮の匂いがするウイスキー”って呼ばれてる。

特定の海域の井戸水を使って蒸留すると、こういう風味になるらしい」


「へえ! インスマスかぁ……なんか、納得」

ヒナタは嬉しそうにグラスを傾け、香りを嗅いだ。

「海の底の魚の匂いに似てると思ったんだよね。

……うん、たぶん“ナギの魚”の香りだ。春先のやつ。懐かしいっていうより……お腹がすく感じ、かも」


その言葉に、僕の背筋が少し冷たくなった。

“ナギの魚”という言葉には聞き覚えがなかったが、ヒナタが語る時の声には、ほんの少し――獲物を語るような響きがあった。


そのままグラスを見つめながら、ヒナタがふと思い出したように顔を上げる。


「ねえ、なんか合うおつまみってある? この酒に。せっかくだし、おいしいもの食べながら味わいたい」


その口ぶりは、純粋な好奇心と食への探究心に満ちていた。

バーテンダーは少し苦笑しつつも、棚の下からメニューを取り出して差し出した。


「この辺じゃ、スモークした白身魚のリエットが合うって評判だ。

燻製の香りと、舌の奥に残る海っぽさがちょうどいい。あと、オリーブのマリネも悪くない。」


「おいしそう! じゃあ両方ください。あ、塩気があるやつ好きなんです」

ヒナタは満面の笑みで答え、再びグラスを両手で包んだ。

食べる喜びがそのまま顔に出ているのが、見ていて心地よかった。


しばらくして、奥の小皿がカウンター越しに届いた。

燻製白身魚のリエットはバゲットに薄く塗られ、オリーブのマリネは艶やかに照りを放っていた。


ヒナタはフォークで器用にバゲットを持ち上げ、一口。

すぐに目を細めて小さく頷いた。


「……おいしい。しっかりしてるけど、香りが逃げない感じ。

こういうの、海風の強い日にはたまらないんだよねぇ」


次に、グラスを手に取ってひとくち。

口の中でリエットの旨味とウイスキーの潮気が溶け合うと、ヒナタは嬉しそうにほっと息をついた。


「うん、ちゃんと合ってる。塩気で酒の甘みが引き立つんだなぁ……」


そう呟くように言いながら、オリーブをつまんで軽く噛み、再びグラスを傾けた。

飲み干すのではなく、口の中で少し留めて味を感じ取りながら、またごくりと喉を鳴らす。


彼の食べ方は、どこか丁寧で、静かな陶酔に満ちていた。


「このリエット、香草の使い方が上手いなあ……あ、マリネはちょっと熟成させてる? 苦味がいいね」

と、食べ進めながらバーテンダーとも軽く言葉を交わす。


僕と教授がグラスを傾けている間も、ヒナタは次々に小皿を味見し、

酒の一口ごとに目を細めて満足げな表情を見せていた。


やがて満足そうに口元を拭いたあと、ふっと息をついてグラスを再び手に取る。


そのまま彼は、香りを吸い込むように深く息を吸い、そして――ふいに鼻歌をこぼした。


鼻歌だった。

言葉ではなく、旋律。

それも、どこかの国の童謡や流行歌のような、記憶の奥に引っかかるような音ではない。


海の泡が、波間で重なり合うような音。

群れが軋むような、泡立つリズム。


まるで耳の奥に直接届いてくるような、

“声帯を使っていない歌”だった。


ヒナタは気づいていないのか、あるいは無意識のままなのか、

静かに旋律を紡ぎながら、琥珀のグラスを揺らしていた。


そのとき。


店の奥、四人がけのテーブルにいた一人の客が、ヒナタの方を見た。

ゆっくりと、首を傾けるようにして。

目は見開かれていたが、焦点は合っていないようだった。


その隣の男も、同じように振り向いた。

目の前のグラスに指をかけたまま、ぴたりと動かない。

ただ、微かに唇が震えている。

……まるで、ヒナタの鼻歌を、口の中で“なぞっている”ように。


気づけば、店の音楽は止まっていた。

さっきまで鳴っていたサックスの音も、ウッドベースのリズムも、いつの間にか静寂に呑まれていた。


「……歌ってる?」

僕はグラスを置きながら訊いた。


「え? あ、ごめん。鼻歌、出てた?」

ヒナタは気まずそうに笑いながら答えた。

「なんか、このお酒……音がするみたいで」


教授は、いつの間にかペンを止めていた。

ノートを閉じ、ゆっくりとヒナタの肩に手を置く。


「君の声は、たまに深いところまで届くようだ。

この店は、そういうものを拾いやすい場所かもしれないね」


「はあ……なんか、酔ってるのかなあ」

ヒナタは照れたように笑いながら、グラスをもう一度鼻に近づけた。

そして、ふっと息を吸い込み――目を丸くした。


「……やっぱり、さっきより強いな、この匂い。

ほんとに“ナギの魚”の香りがする。すごいなあ」


僕は、空気が変わったのをはっきり感じた。


さっきまで、湿っていたはずの店内が、妙に乾いていた。

なのに、ヒナタの言う“海の底の魚”の匂いが、今にも鼻腔を満たしそうな錯覚に襲われた。


教授は、ヒナタのグラスをそっと回収し、カウンターの奥へ滑らせた。


「そろそろ潮が引く前に、店を出ようか」


---


店を出た夜の空気は、思いのほか冷たかった。

ブーツの底から伝わる路面の感触が、先ほどまでいた店内の熱気を遠いものに感じさせる。

頭の芯に微かな火照りを残したまま、僕らは裏通りを並んで歩いていた。


「さっき、教授が言ってた“潮が引く前に”って……どういう意味だったんですか?」

僕が問いかけると、隣で歩いていたヒナタも首を傾げた。


「僕も気になってた。こっちでは比喩か何か? “終電前に”みたいなやつ?」

「それとも、“気が変わる前に”とか?」

「もしくは“空気が変わる前に”……?」


二人が顔を見合わせると、教授はにこにこと笑ったまま、少しだけ足を止めた。


「全部、間違っていないようで、少しずつ足りないね」

「……またそういう言い回しだ」

「“潮”というのはね、必ずしも水のこととは限らない。

ときに“場”の流れや、“重なったもの”の縁を指す。

何かがこちらに滲んできて、それが引いていくまでの、ほんのわずかな時間。

それを潮と呼ぶ学者もいる。……私はね、そういう学者だよ」


「……つまり」

「だから、言ったろう。“比喩で済むなら、学問にはならない”って」


ヒナタが「わあ、そういうの好き」とくすぐったそうに笑った。


通りには霧が少しずつ降りてきていた。

建物の輪郭がぼやけて、電灯の光も遠く霞む。


ヒナタは口をもぐもぐ動かしていた。

さっきバーテンダーからもらった、ハーブ入りの小さなビスケットを手にして、名残惜しそうに噛んでいる。


「この後、どこ行くの?」

「ホテルだよ。さすがにもう一軒は無理」

「えー、アメリカの酒場って、今の時間からが本番なんじゃないの?」


彼は楽しげに言うけれど、歩くテンポがゆっくりになっていた。

目は半ば閉じられ、街灯の光がまぶしそうに映っている。


ふいに、ヒナタが立ち止まった。


「……あれ、見て」


彼が指差したのは、通りの向こうにある壁。

落書きの多いレンガ壁の中に、奇妙な円が描かれていた。

中心から渦を巻くような構造で、明らかに即興では描けない複雑なものだった。


「誰かのサインにしては凝りすぎてるな」

「儀式的な図形だな。見覚えがある。……資料室に戻ったら確認してみよう」


教授がそう呟いた時、ヒナタは鼻をひくひくと動かした。


「……潮の匂い」

「またか?」


「うん……でも、さっきのよりもっと古いというか……眠ってる感じ。

すぐそこにあるのに、届かない海の匂い……」


ヒナタはそう言って、目を閉じた。


風もないのに、彼の長い黒髪が、ふわりと揺れた気がした。

その瞬間、僕の背中に寒気が走った。


誰も何も言わなかったが、全員が足を止めていた。


ヒナタの影が、ほんの一瞬――地面に落ちる“形”を変えたように見えた。

目の錯覚か、路面の濡れ方のせいか、それとも――


ヒナタがふと目を開けた。


「……あ。夢に出てきた場所、たぶんここだ」

「夢?」


「うん。今朝、変な夢見たって言ったじゃん。霧の街みたいなやつ。

そこに、こういう模様があった。壁に。……ああ、やっぱり」


そう言って、彼は指でレンガの一部をなぞった。


「ここの角、崩れてる。夢の中でも、こうなってた。……やっぱり、夢って便利だね。知らない場所でも予習できるんだ」


「予習て」

「うん、旅の下見。匂いも、地形も。おいしいものも。

……ほら、あの海の底の魚が近くにいるなら、なおさら」


その目は、まるで霧の向こう――この街ではない、もっと深いどこかを見ているようだった。

立ち尽くす彼の姿は、どこか現実から乖離していて、触れれば溶けてしまいそうな――そんな儚さがあった。


(ダメだ、このままじゃ……)


気づけば、僕はヒナタの手首を掴んでいた。

その手を引いて、歩き出す。


「え? あ……」


ヒナタは小さく戸惑った声を上げたが、抵抗はなかった。

素直に、されるがまま僕の後ろについてくる。


けれど――


(重い)


その一歩目で、思わず僕は心の中でそう呟いた。

手首を引くだけなのに、全身を支えるような重みが腕に伝わってくる。

それは体格にそぐわない、どこか――“密度の異なる存在”を相手にしている感覚だった。


(ヒナタは……本当に人間、なんだろうか)


思わずそんな考えがよぎる。


肌は温かく、呼吸は浅く、声は無邪気で――だけど。

その柔らかな外見の奥にある“何か”を、僕の感覚が確かに告げていた。


けれどすぐに、僕はかぶりを振った。


(違う、ちがう……考えすぎだ。酒のせいだ。酔ってるだけだ。

ヒナタは――ヒナタは俺の友達だ)


夜の街の霧はさらに濃くなっていた。

後ろを振り返ると、さっきまで見えていた壁の模様は、もうどこにも見えなかった。


僕はヒナタの手を引いたまま、ゆっくりと歩き出す。

遠ざかる街灯の下で、手の中のぬくもりを確かめるように。


(ヒナタは……どこにも行かないよな)


思わず、そんな言葉が心の奥から滲み出てきた。

口には出さなかったけれど、思った瞬間、それはまるで音になったかのように彼に届いていた。


ヒナタは黙って、僕の背中に向かって歩きながら言った。


「……その時は、君も一緒だね」


柔らかく、すべるような声だった。

その声音には何の強制もなかったのに――どこか、拒めない気配があった。


次の瞬間、不意に“さらり”とした感触が僕の腰のあたりを撫でた。

驚いて見ると、ヒナタの黒髪が細い糸のように延びて、僕の腰へとふわり絡んでいた。

それはまるで――捕らえるのではなく、“繋がっていたい”とでも言うような優しさだった。


邪魔にはならない。

歩みを止めるようなことも、締めつけるようなこともなかった。


けれどその感触は確かに、生きているようだった。

触れているのに、体ではなく、もっと深いところに。


(なんだ……これ)


僕の中で、何かが音を立てて崩れ始めていた。


友達?

家族のような?

それとも――異性としての?というか、ヒナタは男か女かどっちなんだ?

いや、そんな単語でまとめられるようなものじゃない。


ヒナタは笑っていた。

無邪気な、いつものような笑顔だった。


けれど、あの声の響きは――

あの髪の温度は――


(わからない……俺は、ヒナタに何を思ってるんだ?)


ぐちゃぐちゃだ。

酔いが回ったせいなのか、それとも、酔いが抜けてしまったせいなのか。


足音だけが、しんとした夜の霧の中に沈んでいく。

手のひらの温度が、鼓動のように伝わっていた。


まるで夢から醒めるように。

あるいは、醒めた夢に包まれるように。


---


ホテルの部屋のドアが閉まる音が、まるで海の底で聴く鐘のように、ゆっくりと響いた。

濡れたような空気の中、僕らは言葉少なに荷物を置き、それぞれのベッドに腰を下ろした。


ヒナタは、カーテン越しに街の灯りを見ながら、ペットボトルの水をひと口飲んでいた。

その仕草は、海の底で小魚が泡を啜るみたいに、静かで不思議に見えた。


「……さっきの場所、本当に夢と同じだった?」

僕が尋ねると、ヒナタは水を飲み終えて、少しだけ間を置いた。


「うん。匂いも、空気の重さも。

でも、夢の中では――そこに誰かいた気がしたんだ。遠くで、こっちを見てる感じ。

その“誰か”の顔は……たぶん、“食べたことがない魚”みたいだった」


そう言って、ヒナタは軽く笑った。


たぶん、その比喩は冗談なんだと思う。

でも、僕にはそれが冗談に聞こえなかった。


霧の奥にいた誰か。

僕らを見つめていた、存在のような何か。


その気配が、今も窓の外に残っているような気がしてならなかった。


ヒナタはベッドの上で正座をして、ぺたりと座り直すと、言った。


「……潮が満ちたあと、引いた先に何が残るのか。

昔、故郷のおばあちゃんが言ってた。“それが夢の正体かもしれない”って」


「夢の正体……」


「うん。だから私は、ちゃんと夢を見るようにしてる。

見て、嗅いで、記録して、食べて、感じて……

そしたらたぶん、間違えずに帰ってこられるから」


「帰ってこれない夢もあるのか?」


ヒナタは答えなかった。

ただ、ほんの少し微笑んで、枕に体をあずけた。


「おやすみ、〇〇」

僕の名前を呼んだヒナタの声は、どこか海鳴りに似ていた。


ベッドの隣で、小さな寝息が聞こえるまで、僕はしばらく起きていた。


夜の窓は閉じられているのに、潮の匂いが抜けない。


夢はまだ――醒めていなかった。



---


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