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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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ウイスキーで胃の腑に流し込む度量も必要なのだよ

今更だけど、ルルイエに行く理由が無いから○○○、ヒナタ、カニンガム教授の三人ともクトゥルフの呼び声本編に参加出来ないのです。


ついでにクトゥルフが目覚めかけた理由ですが、原作通り星辰が揃ったからであって触手を切り取られ続けたのは何も関係無かったりします。

前々回でヒナタがクトゥルフの目覚めについて語ってた内容は全部ヒナタの憶測でしかないのでかなり的外れです。

 四月に入り、アーカムを覆っていたあの粘りつくような狂気は、潮が引くように唐突に霧散した。


 南太平洋で何が起きたのか、一般市民が知る由もない。

 ただ、深夜の学寮から聞こえていた奇声は止み、保健管理センターを埋め尽くしていた「悪夢」の患者たちは、一様に深い眠りを経て、翌朝には憑き物が落ちたような顔で講義に出席し始めた。


「……静かになったね。電波塔が倒れたみたいに、ノイズが全然聞こえない」


 ヒナタは寮の窓辺で、春の陽光を浴びながら伸びをした。

 足裏に伝わっていたあの不気味な振動も、今はもうない。深海の巨神は、自分の「欠けた足」に気づいて怒り狂う前に、再び永い眠りの淵へと沈んでいったようだった。


「結局、クズリュウ様は目覚めなかったのか」

「うん。詳しくはわからないけど、テレパシーで決死隊の人達と偶々居合わせたアラート号の乗員が頑張って眠らせてくれたって連絡が来たよ。

 ……あーあ、怖かった。また深く眠ってくれたみたいだから、もう千年位は平気らしいよ」


 ヒナタは心底安心したように、保存食作りの際に仕留めた熊肉のジャーキーを口に運んだ。


 一方、○○○はキャンパスの広場で、呆然と空を眺めているジョンとエドモンドの姿を見かけた。彼らからは、あの「悪夢」と引き換えに、映画研究部としてのぎらついた情熱までもが抜け落ちてしまったように見えた。


「……なあ、○○○。僕たちは、何を作ろうとしてたんだっけな。あんなに鮮明だったイメージが、今は砂の城みたいに崩れて思い出せないんだ」


 ジョンの言葉に○○○は何も言えずにいると、ヒナタの口から人間には発音不可能な言語が飛び出してジョンとエドモンドの身体が僅かに光った。

 呆然としていた二人の目に光が灯り、顔付きが変わる。


「ヒナタ君、これは一体……」

「言ったでしょ?〝眠らせただけ〟って。問題が無くなったからインスピレーションを眠りから目覚めさせたんだよ」


 二人揃って感涙した後、ありがとうと礼を言って二人で何やら会話しながら寮に向かって駆け出して言った。

 今の内に溢れるアイデアを書き留めるつもりらしい。


「治せる物だったのか……」

「これでも僕は奨学金を勝ち取れるくらいに成績優秀なんだよ?治せないと思ってたの?」


 呆気に取られた○○○の呟きに心外だと呆れたヒナタがボヤいていた。


---


 平穏が戻りつつある中、○○○とヒナタの元に、ミスカトニック大学付属図書館長であるヘンリー・アーミテッジ教授から「至急相談したい」との伝言が届いた。

 重厚な革張りの扉を開けると、書庫の奥で教授がやつれた顔で古文書を閉じる音を響かせた。彼はダンウィッチの『ウェイトリーの屋敷跡』から戻ったばかりで、その表情には深い疲労と、それ以上の安堵が混ざり合っていた。


「……おお、来てくれたか。カニンガム君から君達のことは聞いている。……いや、すべて終わったよ」


 アーミテッジ教授は椅子に深く背を預け、眼鏡を外して目元を揉んだ。


「ダンウィッチの『弟』の死体は、現地の警察と協力してすべて回収し、厳重に焼却処分した。

 ……世間には大型の野獣の死体として発表したが、あのような悍ましいものがこの世から消え去ったことに、私だけでなく署長も胸を撫で下ろしていたよ」


 教授が机に置いた写真には、黒ずんだ粘液と瓦礫が散らばる現場で、防毒マスクをつけた男たちが巨大な布を被せた獲物を運び出す様子が写っていた。


「今夜、市内のスピークイージーで、今回の件に関わった警察の連中とささやかな打ち上げをすることになってね。カニンガム君も来る。

 もし良ければ君たちもどうかな? 悪夢が去った後の祝杯は格別だろう」


 ○○○は、隣で興味津々に話を聞いていたヒナタと顔を見合わせた。ヒナタは既に期待に満ちた目でこちらを見上げている。


「……ありがとうございます、教授。喜んで」


 ダンウィッチの恐怖も、今は酒の肴としての「武勇伝」へと姿を変えようとしていた。

 警察官たちがグラスを傾け、怪物退治の苦労を笑い飛ばす。そんな風に「異常を日常の中に飲み込んでいく」ことこそが、この街で正気を保つための唯一の方法なのかもしれない。


「いいかね、○○○君。この世界には知ってはならないこともある。だが、知ってしまった以上は、それを上等なウイスキーで胃の腑に流し込む度量も必要なのだよ」


 アーミテッジ教授はそう言って、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


---


 その日の夜。薄暗いスピークイージーの片隅で、○○○たちは教授や警察官たちに囲まれていた。

 店内は、悪夢から解放された市民たちの狂騒で溢れかえっている。

 蓄音機からは陽気なジャズが流れ、誰もが「明日があること」を祝うようにグラスをぶつけ合っていた。


「クズリュウ様もまた寝たし、弟君も焼かれちゃったし。……世界は平和だねぇ」


 ヒナタは少年の姿のまま、教授が注文した上等なジンに口をつけ、幸せそうに目を細めた。もう左手には塩漬けイクラが乗ったクラッカー、手元には寮からこっそり持参した「塩漬けイクラ」と「スチールヘッドのパテ」が並んでいる。


「……お前、酒場にまでそれを持ち込んだのか」

「だって、このしょっぱさがジンにぴったりなんだよ。○○○も食べてみて?」


 差し出されたイクラ乗せクラッカーを齧ると、確かに強烈な塩気が酒の甘みを引き立てた。

 数日前まで南太平洋からの不気味な振動に怯えていたヒナタの足裏は、今はジャズのリズムに合わせて軽快に床を叩いている。

 窓の外では、春の月がアーカムの街を静かに照らしていた。

 海の下で眠る神も、焼かれた怪物も、今はもう遠い。


 ただ、しょっぱいイクラの味と、心地よい酔い、そして隣にいる相棒の体温だけが、この世界における確かな現実だった。

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