表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/57

家族みたいなものでしょう?

 玄関を入ると、温かい空気と、何かを煮込んでいる良い香りが漂ってきた。


「わあ...」


 ヒナタが、思わず声を上げた。

 リビングには暖炉が燃えていて、壁には家族の写真が飾られている。

 手入れの行き届いた家具、清潔なカーテン、そして所々に置かれた花瓶。

 どこを見ても「家族の温かさ」が感じられる空間だった。


「素敵なお家ですね」


 ヒナタが目を輝かせて言った。


「ありがとう。大したものじゃないけれど、私たちの大切な家よ」


 母親が嬉しそうに微笑んだ。


「さあ、コートを脱いで。○○○、荷物は二階の部屋に置いてきなさい」

「わかった」


 ○○○がトランクを持って階段を上がっていく。

 ヒナタはコートを脱ぎながら、母親の横に立った。


「ヒナタちゃん、本当に久しぶりね」


 母親がヒナタをまじまじと見た。


「はい...あの時は、その...」


 ヒナタが顔を赤らめる。

 あの日、突然訪問してきた両親に○○○の膝の上に座っている姿を見られてしまった。


「ふふ、もういいのよ。あの時はびっくりしたけど、二人が仲良くしているのは嬉しいことだわ」


 母親がヒナタの肩を優しく叩いた。

 そして、その視線がヒナタの服装に移った。


「...あら?」


 母親が少し困ったような顔をした。


「どうかしましたか?」

「いえ...ヒナタちゃん、その服...」


 母親がヒナタの服装を上から下まで眺めた。

 ズボン、シャツ、ベスト。

 全て明らかに男物だ。


「...女の子の服、持ってないの?」


 母親が優しく尋ねた。


「あ...はい」


 ヒナタが恥ずかしそうに俯いた。


「普段は男の子として過ごしているので...」

「そうなの?」

「はい。大学でも男子学生として登録していますし、その方が動きやすいので」

「なるほど...」


 母親が少し考え込むような顔をした。

 その時、階段から○○○が降りてきた。


「母さん、何か問題でも?」

「いいえ、何も」


 母親がにっこりと笑った。


「ただ、ヒナタちゃんと明日お買い物に行こうと思っただけよ」

「買い物?」

「ええ。感謝祭のディナーには、ちゃんとした服で出たいでしょう?」


 母親がヒナタに向き直った。


「え...でも」

「遠慮しないで。せっかくだもの、一緒に選びましょう」


 母親の目は優しく、でもどこか有無を言わさぬ強さがあった。


「...はい」


 ヒナタが小さく頷いた。


「良かった。じゃあ、明日の午前中に行きましょうね」


 母親が満足そうに微笑んだ。

 リビングに座ると母親がお茶を淹れてくれた。


「さあ、どうぞ。長旅で疲れたでしょう?」

「ありがとうございます」


 ヒナタが温かいお茶を受け取る。

 父親も新聞を脇に置いてお茶を飲んでいる。


「ヒナタ君、大学の方はどうだい?」


 父親が尋ねた。


「はい。無事に単位も取れていますし、カニンガム教授にもよくしていただいています」

「そうか。○○○も、ヒナタ君のおかげで真面目に勉強しているようだね」

「...親父、俺は元々真面目だったぞ」


 ○○○がむっとしたように言った。


「いやいや、お前は昔から怠け者だったじゃないか」


 父親が、クスクス笑う。


「そうそう。宿題も最後までやらなかったし」


 母親も笑いながら言った。


「...もう、その話はいいだろ」


 ○○○が顔を赤らめる。

 ヒナタはその様子を見てクスクス笑った。


「○○○って昔はそうだったんだね」

「ヒナタまで...」


 ○○○がため息をついた。


「でも、今は本当に頑張ってるわよ。○○○、あなたの成績、とても良かったもの」


 母親が誇らしげに言った。


「...母さん、それは」

「何よ、褒めてるのよ」


 母親が、○○○の頭を撫でた。


「ヒナタちゃん、夕食の準備を手伝ってもらえるかしら?」


 母親が尋ねた。


「はい、喜んで!」


 ヒナタが、元気よく答えた。


「じゃあ、○○○とお父さんはリビングでゆっくりしていてね」

「わかった」


 ○○○と父親はリビングに残り、ヒナタは母親と一緒にキッチンへと向かった。

 キッチンでは既に大きな鍋が火にかけられていた。


「今夜はシチューよ。感謝祭の前夜だから、軽めのものにしたの」

「わあ、いい匂いですね」


 ヒナタが鍋を覗き込む。


「じゃあ、ヒナタちゃんは野菜を切ってもらえるかしら?」

「はい!」


 ヒナタはエプロンを借りて、野菜を切り始めた。

 とても手慣れた手つきだ。


「...上手ね」


 母親が感心したように言った。


「料理、好きなんです」

「誰に習ったの?」

「独学です。日本にいた頃から」

「そう...」


 母親が、少し何かを察したような顔をした。

 でも、それ以上は聞かなかった。


「○○○は、料理できないのよ」

「知ってます」


 ヒナタがクスクス笑った。


「でも、○○○は他のことが得意ですから」

「例えば?」

「...えっと」


 ヒナタが少し困った顔をした。

 密造酒作りとか、マフィアとの交渉とか、そういうことは言えない。


「...優しいところとか、交渉とか」


 ヒナタが、顔を赤らめて言った。


「ふふ、そうね」


 母親が、優しく微笑んだ。


「○○○は、昔から優しい子だったわ。少し不器用だけど」

「はい」


 ヒナタが嬉しそうに頷き、二人は並んで料理を続けた。

 キッチンには温かい空気が流れていた。

 母親は時々ヒナタに料理のコツを教え、ヒナタはそれを真剣に聞いていた。


「ヒナタちゃん、明日の買い物、楽しみにしていてね」


 母親が野菜を炒めながら言った。


「はい」

「女の子の服、きっと似合うわよ」

「...ありがとうございます」


 ヒナタが少し照れくさそうに笑った。

 窓の外は既に暗くなり始めていた。


---


 やがて、夕食の準備が整った。

 ダイニングテーブルには、大きな鍋に入ったシチュー、焼きたてのパン、そしてサラダが並べられている。

 暖炉の火が、部屋全体を温かく照らしていた。


「さあ、座って」


 母親が、四人分の皿を並べ終えた。

 ○○○とヒナタが並んで座り、父親と母親がその向かいに座る。


「では、祈りを」


 父親が、穏やかな声で言った。

 全員が手を組み、目を閉じる。

 ヒナタも、自然な動作で従った。


「主よ、この食事と家族に感謝します。そして、息子と彼の大切な人を、無事に迎えられたことに感謝します。アーメン」

「アーメン」


 全員が唱和し、食事が始まった。

 シチューは、野菜と肉がたっぷり入っていて、とても美味しかった。

 ヒナタは、スプーンを静かに口に運び、音を立てずに食べている。

 ナプキンの使い方も、パンのちぎり方も、全てが自然で洗練されていた。

 母親が、その様子をちらりと見て、少し驚いたような顔をした。


「……ヒナタちゃん、マナーがとても綺麗ね」

「ありがとうございます」


 ヒナタが、控えめに微笑んだ。


「どこで習ったの?」

「大学の教授に教えていただきました」

「カニンガム教授ですね」


 ○○○が補足する。


「へえ、文化人類学の教授が?」


 父親が、興味深そうに尋ねた。


「はい。『社交の場で恥をかかないように』と」


 ○○○が答えた。

 実際には、「裏社会で舐められないように」という理由だったが、それは言えない。


「素晴らしい教授だね」


 父親が、感心したように頷いた。

 そして、自分の息子の食べ方を見て、少し眉をひそめた。


「……○○○、お前も教わったんだろう?」

「え? ああ、はい」

「なら、もう少しちゃんとしろ」


 父親が、○○○のパンのちぎり方を指摘した。


「……すみません」


 ○○○が、慌てて姿勢を正した。

 ヒナタが、クスクスと小さく笑った。


「○○○、頑張って」

「……ヒナタは完璧すぎるんだよ」


 ○○○が、少し拗ねたように言った。

 食事が進む中、母親が話題を変えた。


「ヒナタちゃん、ご家族は日本にいらっしゃるの?」


 ヒナタが、一瞬手を止めた。


「……はい、一応」

「そう。寂しくない?」

「……少しは」


 ヒナタが、小さく笑った。


「でも、今は○○○がいるので」

「そう...」


 母親が、優しく微笑んだ。

 それ以上は聞かなかった。

 母親は、ヒナタの表情から、何かを察したようだった。


「じゃあ、私たちも、ヒナタちゃんの家族みたいなものね」


 母親が、そう言った。


「...え?」


 ヒナタが、驚いたように顔を上げた。


「だって、○○○の恋人なんだから。家族みたいなものでしょう?」

「...はい」


 ヒナタが、涙ぐんだ。


「ありがとうございます」

「何を泣いてるんだ」


 父親が、苦笑する。


「いえ...嬉しくて」


 ヒナタが、ナプキンで目元を拭い、○○○がそっとヒナタの手を握った。


「...ありがとう」


 ヒナタが、小さく囁いた。

 夕食が終わり、皿を片付けていると、母親が尋ねた。


「そういえば、お土産を持ってきてくれたんでしょう?」

「あ、はい」


 ○○○が、トランクから二本の瓶を取り出した。


「これです」


 父親が、小さい方の瓶を手に取って眺めた。


「ほう...これが、寮母さんが褒めていた酒か」


 瓶を光にかざして、透明の液体を確認する。


「ポートワインと...こっちはブランデーか」

「はい」


 ヒナタが、少し緊張した顔で答えた。


「寮母さんから聞いてるよ。美味しいポートワインを作って、二人で飲んでるってね」


 父親が、にやりと笑った。


「...はい」

「それで...ワインに足すアルコールは、どこから持ってきたんだい?」


 父親の声は、穏やかだが、核心を突いていた。

 ○○○とヒナタが、一瞬顔を見合わせた。


「...えーと」

「そして、このブランデーは蒸留したんだろう?」


 父親が、ブランデーの瓶を軽く振った。


「...はい」


 ○○○が、観念したように答えた。


「蒸留器の所持は違法だぞ、○○○」

「...わかってます」

「ポートワインに足すアルコールは、このブランデーだろう?」

「...はい」


 父親が、少し真面目な顔になった。


「禁酒法は確かにバカげた法律だ。私もそう思う」


 父親が、瓶を置いた。


「でも、法律は法律だ。捕まるようなヘマはするなよ」

「...わかってます」


 ○○○が、頷いた。

 父親は、しばらく二人を見つめていたが、やがて表情を和らげた。


「...まあ、ここまで手間暇かけて作ったんだ。感謝祭のディナーで、ありがたくいただこう」


 そして、○○○の方を向いた。


「○○○」

「はい」

「ヒナタ君を大事にしろよ。ここまでやってくれる子なんて、そうはいないぞ」


 父親が、真剣な顔で言った。


「...わかってます」


 ○○○が、ヒナタの手を握った。


「ヒナタは...俺にとって、一番大切な人です」

「そうか」


 父親が、満足そうに頷いた。

 母親も、嬉しそうに微笑んでいた。


「ヒナタちゃん、本当にありがとうね」

「いえ...私も、○○○が好きだから」


 ヒナタが、顔を赤らめて言った。


「ふふ、お似合いよ、二人とも」


 母親が、瓶を戸棚にしまった。


「感謝祭のディナーが楽しみね」


 その夜、ヒナタと○○○は客間に案内された。

 かつての○○○の部屋は、今は物置になっているらしい。


「ごめんな、狭くて」


 ○○○が、申し訳なさそうに言った。


「ううん、全然」


 ヒナタが、ベッドに座った。


「...親父、結構厳しかったな」

「うん。でも、怒ってなかったよ」


 ヒナタが、微笑んだ。


「『大事にしろ』って言ってくれた」

「ああ...」


 ○○○が、ヒナタの隣に座った。


「お前、本当に色々やってくれてるよな」

「え?」

「ポートワインも、ブランデーも。あんなに手間かかるのに」

「……だって、○○○と一緒に飲みたかったから……」


 ヒナタが、恥ずかしそうに笑った。


「それに、○○○の両親にも喜んでもらいたかったし」

「...ありがとう」


 ○○○が、ヒナタを抱きしめた。


「俺も、お前が一番大切だよ」

「...うん」


 ヒナタが、○○○の胸に顔を埋めた。


「お母さん、優しかったね」

「ああ」

「『家族みたいなもの』って言ってくれた」


 ヒナタが、幸せそうに笑った。


「私、家族ってこういうものなんだって、初めて知った気がする」

「……」

「日本にいた頃は……こういうのなかったから」


 ヒナタが、少し寂しそうに笑った。


「でも、今は○○○がいる。それに、お父さんもお母さんもいる」

「ああ」

「私、幸せだよ」


 ヒナタが、○○○を見上げた。


「...俺も」


 ○○○が、ヒナタの頭を撫でた。


「明日、買い物に行くんだろ」

「うん。ちょっと緊張するけど...楽しみ」

「母さん、張り切ってたからな」

「ふふ、頑張るよ」


 ヒナタが、笑った。


「それにしても...」


 ○○○が、少し呆れたように言った。


「何?」

「お前のテーブルマナー、完璧すぎるだろ。親父も母さんも驚いてたぞ」

「だって、恥ずかしい所を見せたくなかったから...」


 ヒナタが、クスクス笑った。


「俺もだけど...お前の方が上手いよな」

「○○○も頑張ってたじゃない」

「いや、俺は緊張すると忘れるんだよ」

「ふふ、可愛い」


 ヒナタが、○○○の頬をつついた。


「...からかうなよ」

「からかってないよ」


 ヒナタが、幸せそうに笑った。

 窓の外では、静かな夜が更けていく。

 オリンピアの街は、西アーカムとは違って、とても静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ