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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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45/57

今夜は長くなるぞ

 列車は、ゆっくりと西アーカムを離れていく。

 窓の外に広がる景色は、次第に変わっていった。

 霧に包まれた西アーカムの荒々しい街並みが遠ざかり、代わりに現れたのは、穏やかな田園風景だった。


「わあ...」


 ヒナタが窓に顔を近づけて、外を眺めている。

 広がる畑、点在する農家、そして遠くに見える雪を被った山々。

 秋の終わりの景色は、どこか静かで、落ち着いていた。


「西アーカムとは全然違うね」


 ヒナタが呟く。


「ああ。オリンピアは州都だから、もっと整然としてる」


 ○○○が窓の外を見ながら答えた。


「整然?」

「街並みが綺麗に区画されてるんだ。西アーカムみたいに、古い建物と新しい建物が入り混じってる感じじゃない」

「へえ...」


 ヒナタが興味深そうに頷いた。


「それに、霧も少ないし、治安も良い」

「治安?」

「ああ。少なくともバスが暴走したり、マフィアの鎮圧で街の区画が更地になったりはしない」


 ○○○が苦笑する。

 スピークイージー、密造酒、マフィア、そして半魚人。

 西アーカムは、表向きは平和だが、裏では様々なことが起きている街だ。


「オリンピアは『普通』なんだ」

「普通...」


 ヒナタがその言葉を反芻する。


「うん。普通の人たちが、普通に暮らしてる街」


 ○○○がヒナタの肩を抱いた。


「...私、この国の『普通』ってよくわからないな」


 ヒナタが、少し困惑混じりに笑った。


「どうして?」

「だって、留学してからずっと西アーカムにいたから」

「...…そうだな」


 ○○○が、気まずそうにヒナタの手を握った。


「でも、大丈夫だ」

「え?」

「俺の両親は、お前のこと気に入ってる。それに、お前が『普通』じゃなくても、関係ないさ」

「...本当?」

「本当だ」


 ○○○がヒナタの頭を撫でた。


「それに、『普通』って、そんなに大事なことじゃないと思うぞ」

「どうして?」

「だって、俺達『普通』じゃないだろ。マフィアと関わってる時点で今更だ」


 ヒナタがクスクス笑った。


「確かにね」

「だから、気にしなくていい」

「...ありがとう、○○○」


 ヒナタが○○○の肩に寄りかかった。

 列車は、畑の間を抜け、小さな町を通り過ぎていく。

 時折、駅に停車して、乗客が乗り降りする。

 農夫、商人、家族連れ。

 皆、穏やかな顔をしている。


「...平和だね」


 ヒナタが呟いた。


「ああ」

「西アーカムだと、いつも何かが起きてる気がする」

「まあ、あの街は特殊だからな」


 ○○○が苦笑する。


「でも、私はあの街が好きだよ」

「どうして?」

「だって、○○○がいるから」


 ヒナタが顔を上げて、○○○を見つめた。


「...そうか」


 ○○○が照れくさそうに笑った。


「それに、イレギュラーズの皆もいるし、カニンガム教授もいるし」

「ああ」

「私にとっては、あそこが『家』なんだ」


 ヒナタが、幸せそうに微笑んだ。


「...そうだな」


 ○○○もまた、微笑んだ。

 列車は、次第にオリンピアへと近づいていく。

 窓の外の景色が、再び変わり始めた。

 田園風景から、整然とした住宅地、そして立派な建物が立ち並ぶ街並みへ。


「...すごい」


 ヒナタが目を輝かせた。


「あれが州議事堂だ」


 ○○○が、遠くに見える白い建物を指差した。


「立派だね」

「ああ。オリンピアは州都だからな」


 列車は、ゆっくりとオリンピア駅に近づいていく。


「もうすぐ着くぞ」

「うん」


 ヒナタが、少し緊張した顔をした。


「大丈夫か?」

「...ちょっと緊張してきた」

「大丈夫だって。親父も母さんも優しいから」

「でも、○○○の実家に行くの、初めてだから」

「...そうだったな」


 ○○○が、ヒナタの手を握った。


「でも、手紙で『必ず連れてきなさい』って書いてあったんだ。歓迎されてるってことだろ」

「...そうだね」


 ヒナタが、少し安心したように微笑んだ。

 列車が、ゆっくりと駅に滑り込んでいく。

 汽笛が鳴り、蒸気が吹き出す。


「着いたぞ」


 ○○○が立ち上がり、トランクを持った。


「うん」


 ヒナタも立ち上がり、列車を降りた。

 オリンピア駅のホームには、既に一人の男性が立っていた。

 落ち着いた服装、真面目そうな顔立ち。

 ○○○の父親だった。


「……親父」


 ○○○が、少し緊張した声で呼びかけた。


「久しぶりだな、○○○」


 父親が、穏やかな笑顔で答えた。

 そして、その視線は、○○○の隣に立つヒナタへと向けられた。


「よろしく、ヒナタ君」

「はい。お世話になります」


 ヒナタが、丁寧にお辞儀をした。


「堅苦しい挨拶はいいさ。さあ、母さんが待ってるぞ」


 父親が、車へと案内する。

 ヒナタは、○○○の手を握りしめながら、父親の後を歩いた。


---


 駅前に停まっていたのは、黒い塗装の落ち着いた乗用車だった。

 1920年代の典型的な中流家庭の車——手入れが行き届いているが、派手さはない。


「さあ、乗ってくれ」


 父親が後部座席のドアを開けた。


「ありがとうございます」


 ヒナタが先に乗り込み、○○○がその隣に座る。

 父親は運転席に座り、エンジンをかけた。


「オリンピアは初めてかい、ヒナタ君?」


 車が動き出すと、父親がバックミラー越しにヒナタに話しかけた。


「はい。列車の窓から見ただけです」

「そうか。西アーカムとは随分違うだろう?」

「はい...とても静かで、綺麗ですね」


 ヒナタが窓の外を眺めながら答える。

 オリンピアの街並みは、確かに西アーカムとは全く違っていた。

 整然と区画された通り、手入れされた街路樹、煉瓦造りの立派な建物。

 どこを見ても、「計画された街」という印象を受ける。


「ここは州都だからね。連邦政府の目もあるし、警察もしっかりしている」


 父親が、誇らしげに言った。


「……ただし、禁酒法の取り締まり以外は」


 ○○○が笑いながら言い切った。


「どこでもそうさ。皆それなりに飲んでいるよ。ただ、西アーカムみたいに派手にやらないだけだ」

「派手に...」

「こっちでも、自家製のワインやビールを作っている家庭は多いが、誰もそれを売ったりはしない」


 父親が、少し呆れたように言った。


 ○○○が、ヒナタと顔を見合わせた。

 自分たちが持ってきたお土産は、まさにその「売り物」レベルの酒だ。

 大丈夫だろうか、と○○○は一瞬不安になったが、父親の次の言葉でその不安は消えた。


「○○○、お前たちが何か持ってきてくれたんだろう?」

「え...ああ、はい」

「寮母さんから聞いているよ。ヒナタ君が作った酒だってね」


 父親が、バックミラー越しににやりと笑った。


「...聞いてたんですか」

「当然だ。恋人が息子と一緒に過ごす為に密造酒を作っているなんて、親としては気になるだろう」


 ヒナタが、顔を赤らめて俯いた。


「どんな味なのか楽しみにしているんだ。寮母さんが『とても美味しい』と褒めていたからね」

「...そうだったんですか」


 ○○○が、少し安心したように笑った。


「ああ。それに、母さんも楽しみにしている」


 父親が、車を住宅街へと進めていく。

 車は、整然と並ぶ住宅街の中を走っていく。

 どの家も、手入れされた庭と、きちんと塗装された外壁を持っている。

 中流家庭が並ぶ、穏やかな街並みだった。


「あそこが、州議事堂だ」


 父親が、遠くに見える白い建物を指差した。


「ああ、列車からも見えました」


 ヒナタが目を輝かせる。


「私が働いているのは、あの隣の建物だよ」

「お父さんは、どんなお仕事をされているんですか?」


 ヒナタが尋ねると、父親は誇らしげに答えた。


「州政府の税務局で働いている。主に、企業からの税金の徴収と記録の管理だね」

「すごいですね」

「まあ、地味な仕事だがね。でも、州の運営には欠かせない仕事だ」


 父親が、真面目な顔で言った。


「○○○も、卒業したらこっちで働いてもらうつもりだったんだが...」

「...親父、それは」

「いや、無理に勧めるつもりはないよ。お前は西アーカムの方が合っているようだしね。

 バス暴走事件のように、何かあってもヒナタ君がいるから心配する必要は無さそうだ」


 父親が、苦笑する。


「でも、時々は帰ってきてくれよ。母さんが寂しがっている」

「...わかってます」


 ○○○が、少し申し訳なさそうに答えた。

 やがて、車は一軒の家の前で止まった。

 二階建ての木造住宅。

 庭には、よく手入れされた芝生と、いくつかの低木が植えられている。

 玄関のドアは濃い茶色に塗られ、窓にはカーテンがかかっている。

 典型的な中流家庭の家だった。


「着いたぞ」


 父親が車を降りて、後部座席のドアを開けた。


「ありがとうございます」


 ヒナタが、緊張した顔で車から降りる。

 ○○○もトランクを持って降りた。


「さあ、中へ入ろう。母さんが待っているはずだ」


 父親が、玄関へと向かって歩き出した。

 ヒナタは、○○○の手を握りしめながら、その後を歩いた。

 玄関のドアが開く。

 そこには、エプロン姿の女性が立っていた。

 温かい笑顔で、二人を迎える。


「お帰りなさい、○○○!」

「ただいま、母さん」

「ヒナタちゃんも、ようこそ!」


 母親が、ヒナタに向かって両手を広げた。


「お、お邪魔します...」


 ヒナタが、緊張しながらお辞儀をする。


「さあさあ、中に入って。夕食の準備をしているから、手伝ってもらえると嬉しいわ」


 母親が、ヒナタの手を取って中へと案内した。

 ○○○と父親は、その後をゆっくりと歩いた。


「...母さん、張り切ってるな」

「ああ。お前が恋人を連れてくるなんて、初めてだからね」


 父親が、クスクス笑った。


「覚悟しておけよ、○○○。今夜は長くなるぞ」

「...やっぱりか」


 ○○○が、ため息をついた。

 でも、その顔には、どこか安心したような笑顔が浮かんでいた。

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