たっぷりと堪能してくるといい。
西アーカム、ミスカトニック大学西アーカム分校。
文化人類学研究室の窓の外では、十一月の冷たい風が琥珀色の木の葉を舞い上がらせていた。東アーカムの霙混じりの闇とは対照的な、穏やかで乾いた午後の陽光が差し込んでいる。
「……ほう。これはまた、随分と豪勢な品だね」
カニンガム教授が、丸眼鏡を指で押し上げながら机の上の「土産物」を眺めた。
コーエン教授からはボストンの老舗書店の稀覯本、そしてマリオ・カステラーノからは「親愛なるハンター君たちへ」というメッセージが添えられた、ラベルの一切ない重厚なガラス瓶が届けられていた。
「あちらで手伝った方々から『仕事』の礼にと。その瓶の中身は……マリオさんという方が、あくまで『薬用の滋養強壮剤』だと言い張って持たせてくれたものです」
○○○が少し疲れた顔で説明すると、カニンガム教授は瓶の栓を抜き、わずかに漂った芳醇な琥珀色の香りに目を細めた。
「ふむ、実に効きそうな『薬』だ。コーエン君も随分と派手なコネクションを作ったようだが……。
それで、東アーカムでの滞在はどうだったかね?
新聞では、インスマスの方で大規模な密輸組織の摘発と火災があったと報じられていたが……」
教授が広げた『アーカム・アドバタイザー』の隅には、確かにその記事があった。
「コーエン教授の襲撃犯をヒナタに捕まえて貰って『お手紙』にして送り返しました。
それから摘発までの間、コーエン教授を警護してましたよ。観光らしい観光は出来なかったですね。
それにしても、俺の見間違いじゃ無ければあの街って何もかもが西アーカムを鏡映しにしたような作りになってましたけど、何がどうしてそうなったんですか?」
「それについては私もわからない。
東も西もかなり近い時期に出来たってだけで街作りに関わった面々も調べた限りでは東西で関わりがあった訳じゃないからね。
偶々鏡映しになるように開発してしまったというのが今の定説だ」
すごい偶然もあった物である。
「教授。確かに観光は出来なかったですけど、ややあってシェフが研究室まで出張してきてくれまして。美味しいシチューをご馳走してくれたんですよ。『カチュッコ』っていうイタリアンシチューを。魚のレバーが濃厚でとっても美味しかったです」
「……そうか。君たちが満足したのなら、私から言うことはない。
何事も無かったようで何よりだよ」
教授はそう言って、マフィアからの「薬」を戸棚に隠した。
表向きは平和な大学生活。だが、東アーカムで「輪切りの標本」を作ったヒナタの指先には、まだ微かにホルマリンの匂いが残っているような気がして、○○○は静かにため息をついた。
「さあ、お茶にしましょうか。お土産のチョコレート、カニンガム教授も食べてください」
ヒナタが箱を開けると、そこには宝石のようなボニ・ボンの詰め合わせが並んでいた。
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文化人類学研究室での穏やかなティータイム。
ボニ・ボンの甘い香りが漂う中、カニンガム教授が思い出したように一通の手紙を○○○に差し出した。
「ああ、そうだ。○○○君、君の自宅から手紙が届いているよ。大学の事務局に間違えて届いていたのを預かっておいた」
受け取った封筒には、○○○の見慣れた母の筆跡があった。
中身を改めた○○○の眉が、わずかに下がる。
「……感謝祭に、帰ってこいって。それと、『ヒナタちゃんも必ず連れてきなさい』だそうです」
「わあ、○○○の実家! 行っていいの?」
ヒナタが瞳を輝かせる。
○○○はヒナタの横顔を見た。
「……断る理由もないけどさ。でも、うちの両親は普通の人たちだからな。「副業」とか物騒な話は無しで頼むぜ」
「わかってるよ。ちゃんとお土産持って、大人しくしてるから」
ヒナタがボニ・ボンを口に運びながら、幸せそうに笑う。
カニンガム教授は、そんな二人を眺めながら、手元の『アーカム・アドバタイザー』に目を落とした。そこには「ジャック・ザ・カウボーイ」の漫画広告が踊っている。
「感謝祭か。たっぷりと堪能してくるといい。」
教授の言葉にヒナタは「善処します!」と元気よく答えた。
窓の外では、秋の陽光が次第に冬の気配を帯び始めている。
インスマスの炎も、輪切りの標本の冷たさも、今の二人からは遠い出来事のように思えた。




