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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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40/58

俺達もブルっちまったよ

 研究室の窓を叩くみぞれの音が、心なしか激しさを増していた。

 三人は、重く閉ざされたカーテンの影で、コーエン教授からの近況報告に耳を傾けていた。


「私を襲った〝ダゴン秘密教団〟とかいう連中についてなんだが、ここ東アーカムの近くのインスマスという漁師町から来ているそうだ」

「凄く聞き覚えのある名前ですね」


 コーエン教授の台詞に○○○が嫌そうな顔で答えた。


「そして、聞き覚えのあるインスマスと同じように捜査員を何人も消して警察に喧嘩を売っていてね。そろそろ浄化作戦が行われるそうだ」

「西も東も考える事は同じなんですね……」


 聞き覚えのある展開に呆れた顔でヒナタが答えた。


「警察のお偉方は軍に対して、機関銃や装甲車等の支援まで公式に要請した。

 プライドをズタズタにされた彼らは司法解剖の結果もあって、あそこを『人の皮を被った怪物の巣穴』と定義したんだ」

「僕達の救援がいらなくなってる気がするんですけど……」


 ヒナタが何とも言えない顔で呟く。


「そうでもないさ、ヒナタ君。

 一昨日、連中の傍若無人ぶりに腹を立てたマフィアから連中への嫌がらせとして襲撃犯を標本にして送り付けたいから手伝ってくれと頼まれてね。

 襲撃犯を捕まえる為の打ち合わせが今晩行われる予定なんだ」


 その言葉に、○○○は顔を引き攣らせ、ヒナタは質問した。


「また標本作りですか?」

「ああそうだ。散々襲撃されてこちらもムカついているのでね。

展示している標本と違って〝芸術的〟に作るつもりだよ。

 だからヒナタ君、できれば襲撃の際に生きたまま捕まえて欲しいんだ。」

「良いですよ。手伝わせてください」


 三人は、これから始まるであろう「浄化作戦」という名の虐殺を予感し、冷たい雨の夜に束の間の安堵を共有した。だが、その安堵を破るように、研究室の重いオーク材の扉が、威圧的なリズムで叩かれた。


 入ってきたのは、仕立ての良いスーツを纏った二人の男だった。

 一人は、東アーカム警察の警部。もう一人は、この街の地下を流れる金を支配するマフィアの幹部だ。

 彼らが並んで歩く姿は、この街の「表」と「裏」がいかに深く癒着しているかを無言で物語っていた。


「教授、夜分に済まない。だが、君に頼まれた額縁とケースが出来上がったから届けに来たよ。

 ミスター○○○、ミスターヒナタ、初めまして、私はバルトロメウ・V・サリバン。この東アーカムで警部をやっている者だ」


 サリバン警部がそう言うと、再びドアが開いて大量の〝額縁に嵌められたガラスケース」が運び込まれた。

 隣にいたマフィアの幹部が、値踏みするような、しかし確かな敬意を込めた視線をヒナタに向けた。


「初めまして、俺はモレッティ・ファミリーのマリオ・カステラーノ。お前がヒナタか。西アーカムで半魚人を傷らしい傷を付けずに半魚人を仕留めた凄腕ハンターって奴は」


 マフィアの幹部は、懐から最高級の葉巻を取り出すと、ヒナタに軽く一瞥をくれた。


「警察の面子も、俺たちの商売も、あの魚臭い連中に荒らされてな。銃で蜂の巣にするのは簡単だが、それでは芸がない。

 俺たちは、奴らが二度と地上を這い上がろうと思わないような、最高に惨酷で、独創的な『警告』を送りたいのさ」

「……警告?」


 ヒナタが首を傾げると、マリオはわずかに唇を歪めて笑った。


「輪切りの標本を額縁に入れて届けてやるのさ。集めて並べれば一揃い出来るようにしてね。

 なんと、コーエン教授の発案だぜ。俺達もブルっちまったよ」

「だから見てわかる傷を付けずに捕まえる必要があるんですね」


 ヒナタの確認にサリバン警部とマリオは同時に頷いた。

彼らにとってヒナタは、もはや単なる学生ではなく、自分たちのプライドを回復させるための「最高技術を持つ処刑人」だった。


 運び込まれた特注のケースは、重厚な木枠の額縁に厚手のガラスが嵌められたものが数十枚に及んだ。

 その奥行きは五センチほど。ちょうど「一口大の厚切り」にされた肉塊を収めるのに最適なサイズだった。


「教授、これ……全部で一人分、ということですか?」


 ○○○が引き攣った顔でケースの山を見やる。


 ヒナタが至極真面目な顔で同意する。

「ああ、そうだヒナタ君。作業は深夜から明け方までかかる。途中で腹が減るだろう? マリオ君、申し訳ないが君のところの『シェフ』を呼んでもらえないだろうか。標本に使わない内臓や端肉で、簡単な料理を作ってもらいたい」


 マリオが一瞬固まる。


「……教授、まさかアレを食うのか?」

「ヒナタ君の故郷では高級食材だそうだ。私も一度、試してみたかったのでね」


 マリオは葉巻を咥えたまま、信じられないという顔でヒナタを見た。


「……本当なのか? あの魚臭い連中が、食えるのか?」

「はい。日本では深海に潜って捕まえる高級食材ですよ。新鮮なら刺身でも、シチューでも美味しいです」


 ヒナタが無邪気に答えると、マリオとサリバン警部は顔を見合わせた。


「……わかった。ビッグ・トニーを呼ぶ。あいつは組織の『掃除屋』だが、料理の腕も一流だ。どんな食材でも、食える形にしてみせるだろうよ」


 マリオが肩をすくめて答えた。彼の表情には、呆れと、そしてわずかな好奇心が混じっていた。

 サリバン警部が冷徹な声で付け加えた。


「配送先はインスマスの中心部、あいつらの集会所だ。

 ケースの一枚一枚に『東アーカム警察および協力者より、親愛を込めて』とカードを添えてな。

 仲間がバラバラの額縁に収まって届くのを見れば、連中の頭も少しは冷めるだろう」


「……よし、話は決まりだ。ヒナタ、獲物の鮮度が落ちないうちに捕まえるぞ。わかりやすい傷を付けちゃいけないからアイスピックの出番だな」


 ○○○が覚悟を決めたようにコートを脱ぎ、拳銃の予備弾倉を確認する。

 マリオは〝アイスピック〟という言葉が気になり、ヒナタに確認した。


「アイスピックなんてどう使うんだ?」

「耳の穴から突っ込んで脳や神経を刺すんです。すぐ動かなくなるから余計な傷が付かないんですよ」


 ヒナタが微笑み、マリオとサリバン警部が顔を引き攣らせると同時に、遠くで雷鳴が轟いた。

 みぞれはいつの間にか激しい雨に変わり、海洋生物学棟を包み込む闇をより深くしていく。


 研究室に並べられた数十枚の空の額縁。

 それらが半魚人の肉で満たされるまで、あともう数時間のことだった。

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