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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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38/58

コーエン教授の顔付きで載ってたよな……

 ハロウィンの狂騒から一週間。十一月に入ったアーカムは、まるで憑き物が落ちたような静けさに包まれていた。

 いつもの理髪店の地下。スピークイージーのカウンターには、透明な液体が満たされた三つのグラスが並んでいる。

 カニンガム教授、ヒナタ、そして○○○。三人は、秋の終わりの柔らかな光が差し込まないこの地下室で、静かに杯を掲げた。


「改めて、勝利に乾杯しよう。ヒナタ君、そして○○○君。君たちの『掃除』のおかげで、今年の西アーカムはかつてないほど平穏な万聖節を終えることができた」


 教授が満足げに目を細め、グラスを口に運ぶ。味わっているのは、あの大騒動を記念して教授が命名した**「ジャック・ザ・カウボーイ」**。ヒナタが作ったパンプキン・ブランデーだ。


「……うん、やっぱり美味しいね。苦労してカボチャを運んだ甲斐があったよ」


 ヒナタが微笑み、ふと思い出したように首を傾げた。


「ところで教授。あの夜、街では銃声を一度も聞きませんでしたね。あんなに荒れていたのに、不思議です」

「それはね、ヒナタ君。警察の引き金が、例年になく軽くなっていたからだよ」


 教授の言葉に、隣でブランデーを回していた○○○が顔を上げた。


「ああ。ハロウィン直前にもありましたね。

 逃走する強盗の車を、警官がエレファントガンで後ろからエンジンごとぶち抜いて止めたっていう、あの一件が」

「その通り。今のアーカム警察は重武装化が進んでいる。暴徒が調子に乗れば、躊躇なく機関銃掃射トンプソンを見舞いかねない……という空気を、マフィアもガキ共も本能的に察したんだろう」

「……こんなに殺気立ってるなんて、やっぱりインスマスやチャイナタウンを灰にした『あの日』から、この街の何かが……

 いや、あの時半魚人みたいな奴がうじゃうじゃいたのでしょうね。」


 ○○○が吐き出すように言うと、地下室の温度がわずかに下がったような気がした。

 この「ジャック・ザ・カウボーイ」は、出来た経緯もあってカニンガム教授のすっかりお気に入りだ。

 残りのストックすべてを教授が大学の「秘密の備蓄」として買い取ることを即決したため、ヒナタの手元には『カボチャ頭のカウボーイ』の報酬と合わせて冬を越すのに十二分どころか留学中遊んで暮らせるほどの報酬が残った。


「さて。明日からは十一月十一日、休戦記念日の準備だ。街は少しばかり厳粛な空気になる。……勝利を祝うのは今夜までにして、明日からは先人たちの『休戦』に敬意を払うとしよう」


 教授の言葉に、二人は静かに頷いた。カボチャの甘い残り香が漂う地下室で、彼らは収穫の秋が終わり、厳かな冬がすぐそこまで来ていることを感じていた。


---


 十一月十一日。

 この日は、世界大戦が終わりを告げた「終戦記念日」だ。


 朝からアーカムの街には星条旗が掲げられ、冷え込みの増した海風に激しくたなびいていた。

 ハロウィンの喧騒とは対照的に、街を行き交う人々の表情は硬く、どこか沈痛な響きを帯びている。

 午前十一時が近づくと、パレードの行進を待つ群衆の動きがぴたりと止まった。


「……始まるね」


 ヒナタと○○○は、大学近くの通りに立っていた。

 時計塔が十一時を告げると同時に、街からあらゆる音が消えた。自動車のエンジンが切られ、話し声が止み、風の音だけがアーカムの古びた家々の間を吹き抜けていく。二分間の黙祷だ。


 ○○○とヒナタも目を閉じ、黙祷した。


 やがて、遠くで弔砲の音が鳴り響き、静寂が破られた。

 パレードがゆっくりと動き出す。退役軍人たちが誇らしげに、しかしどこか疲れた足取りで進んでいく。


「……行こうか。じっとしてると、体が冷えちまう」


 ○○○が短く言って歩き出す。その足取りは、いつもの飄々としたものに戻っていたが、彼の歩幅は少しだけ急いでいるように見える。

 二人はそのまま、冬支度のための買い物に向かった。

 報酬で手に入れた札束を使い、寮の部屋を暖めるための石炭や、厚手のウールコート、そして長く保存できる食料を買い込む。

 街路樹の葉はすっかり落ち、空の色は鉛色に変わっていく。

 収穫の喜びは去り、アーカムは、何かを恐れるように門戸を閉ざす厳しい季節へと足を踏み入れていた。


---


 買い出しを終えて寮に戻ると、入り口の掲示板に自分たち宛の手紙が差し込まれているのに○○○が気づいた。


 送り主はボストンの東アーカムへ『半魚人』の展示と解説の為に向かった、ミスカトニック大学西アーカム分校の海洋生物学研究室の主。コーエン教授からだ。


「……コーエン教授からだ。ボストンから何だってんだ?」


 ○○○が封を切り、文面に目を落とす。読み進めるうちに、彼の眉間に深い皺が刻まれた。


「ヒナタ、これを見てみろ」


 差し出された紙面を、ヒナタが覗き込む。そこには、いつになく切迫したコーエン教授の筆致が躍っていた。


『例の半魚人の標本展示以降、大学周辺に不審な集団が徘徊している。自らをダゴン秘密教団と称する半魚人みたいな見た目をした連中だ。研究室への侵入未遂が相次ぎ、身の危険を感じる。

 半魚人狩猟経験のあるヒナタ君を至急、護衛としてこちらへ寄越してくれ。詳細は到着後に。至急。――コーエン』


 読み終えたヒナタの耳元で、髪に擬態した触手が不規則に波打った。


「……ダゴン秘密教団?半魚人みたいな連中?ギョジンってあっちにも居たんだ……」

「そうらしいな……あー……そういえば最初の『半魚人』展示の時点で全国紙にコーエン教授の顔付きで載ってたよな……」


 窓の外では、終戦記念日の終わりを告げるように、一段と冷え込んだ夜霧が街を呑み込み始めていた。

 せっかく手に入れた冬の備えと静かな日常は、どうやら長くは続かないようだった。


「せっかく温かいコートを買ったばかりなのに、残念だね」

「まったくだ。とりあえずカニンガム教授に相談だな。」


 二人は顔を見合わせると、まだ解いていない荷物の中から、さっき買ったばかりの厚手のウールコートを再び手に取った。

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