悪霊だ! カウボーイの悪霊が出たぞ!
Q.西アーカムって治安や倫理観が酷すぎませんか?
A.当時の資料にこんなノリだと思わせる箇所が一杯あったので、アメリカ全土が多分こんなノリです。
もしかしたら世界規模で似たり寄ったりな倫理観や治安かもしれません。
ハロウィンを一週間後に控えた、西アーカムの夜。
いつもの理髪店の地下にあるスピークイージーは、普段とは全く異なる、重苦しく殺伐とした空気に包まれていた。
中央の円卓を囲んでいるのは、カニンガム教授、ヒナタ、そして本来なら同じ部屋にいるはずのない、西アーカムの利権を奪い合う三つの密造組織の代表たちだ。彼らの背後には、険しい顔をした用心棒たちが控えているが、その目にはいつもの威圧感はなく、どこか疲れ切った色が混じっている。
「嘘だろ?あんたたちマフィアが泣き言を言いに来る位にここのハロウィンは酷いのか?」
○○○が驚いた様子で返答すると、組織の一つを束ねる初老の男が、忌々しげにテーブルを叩いた。
「泣き言だと? あのガキ共の『いたずら』は、もはや戦争だぞ。看板は薪にされ、配送中の樽は奪われて街路でぶちまけられた。挙げ句、俺たちのシマの倉庫に火を放とうとしやがったんだ!」
別の若手の幹部も、深く溜息をついて言葉を継ぐ。
「用心棒を出しても無駄なんですよ。相手は子供や学生だ。本気で引き金を引けば、翌朝には警察の特別捜査が入って俺たちの商売が止まり、ガサ入れも入る。
かといって威嚇射撃程度じゃ、あいつらはケラケラ笑いながら霧の中に消えていく……。
あいつらはハロウィンの夜、自分たちが『無敵』だと思っていやがるんです」
彼らがテーブルの中央に、厚みのある札束をいくつも積み上げた。
「……カニンガムの旦那。あんたのところの『隠し球』なら、殺さずに、かつ徹底的にあいつらを黙らせられると聞いた。今夜だけでいい、西アーカムを静かにさせてくれ」
ヒナタは積まれた札束と、必死な顔のマフィアたちを交互に見つめ、困惑したように首を傾げた。
「……ハロウィンって、仮装して歩く、あのお祭りのことですよね? どうしてそんな、暴動みたいなことになっているんですか?」
ヒナタの純粋な問いに、場にいた全員が、まるで「この世の終わり」を見たような暗い顔で沈黙した。
「ヒナタ君、君はこの国の『若者のエネルギー』を少し甘く見ているようだね」
カニンガム教授が、眼鏡を拭きながら静かに口を開いた。
「去年のハロウィン、街のメインストリートは翌朝、爆撃を受けた後のような惨状だった。……どうやら彼らにとってのハロウィンは、法も理屈も通用しない、年に一度の『無礼講の狂気』らしい」
ヒナタは少し考え込み、やがて札束をじっと見つめてから、小さく頷いた。
「……分かりました。その依頼、引き受けます。
……ただし、一人で全部やるのは無理なので作戦を立ててくださいね?」
ヒナタの背後で隠された触手の先が微かに動いた。
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依頼を受けた四日後、再び理髪店の地下で、今度は具体的な「掃討作戦」の会議が開かれた。
卓上には西アーカムの地図が広げられ、各組織の拠点が赤く印されている。
「作戦はシンプルだ。各店には足の速い用心棒を数名、裏口に待機させる。暴徒が看板を壊したり樽を奪おうとした瞬間、彼らが追い込み漁のように連中を一箇所に誘い込むんだ」
カニンガム教授がペンで地図を指し示す。
「そして、追い詰められた連中を、ヒナタ君が仕留める。
……いいかね、君はあくまで『正体不明の怪異』として動くんだ。
捕まえた悪ガキどもは、片っ端から縛り上げ、街路樹に吊るしていきたまえ。
それと、警察に話は通っているから後始末とかは考えなくて大丈夫だ。」
「分かりました。……でも教授、一々捕まえてからロープを出して縛ってたら、いくら時間があっても足りませんよ。
何か、もっと『道具』を使った方がいいんじゃありませんか?」
ヒナタの至極真っ当な懸念に、マフィア側の用心棒の一人がガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。
組織の中で一番の古株で、皺の刻まれた顔にカウボーイハットを深く被った男──テキサス出身のウッディだ。
「……お若いの、良いセンスだ。遠くの獲物を確実に捕らえるなら、ロープに勝るもんはねえぞ」
男は腰に下げていた投げ縄をスルスルと解くと、目にも止まらぬ速さで空の椅子を捕らえ、一瞬で引き寄せた。
「よし、決まりだ。今日から丸一日、俺がガキの捕まえ方をみっちり叩き込んでやる」
翌朝、西アーカム郊外にある組織の廃倉庫。
そこでは、世にも奇妙な特訓が繰り広げられていた。
「違う! 手首の返しが甘えぞ! 牛だろうがガキだろうが、捕まる瞬間まで自分が狙われてると気づかせちゃいけねえ!」
カウボーイの怒声が響く。ヒナタは真剣な面持ちで、右手に持った縄を振り回していた。
最初は慣れない縄の扱いに苦戦していたヒナタだったが、そこは人外の身体能力である。
数時間が経過する頃には、カウボーイも驚くほどの速度でコツを掴み始めていた。
「……ほう、飲み込みが早えな。だが、本番は一対多だ。一人縛っている間にもう一人が逃げちまうぞ」
「それなら……こうすればいいですか?」
ヒナタは髪に擬態していた数本の触手を音もなく伸ばした。
それぞれの触手が、まるで意思を持っているかのように別々の投げ縄を掴み、ブンブンと唸りを上げて回転し始める。
「なっ……!?」
カウボーイが絶句する中、ヒナタは同時に四つの投げ縄を放った。
投げられた縄は、逃げる標的を模した木偶の首、胴体、足を正確に捉え、一瞬でガチガチに縛り上げた。
しかも、ヒナタはさらに縄を操り、吊るされた滑車を利用して、その木偶を天井高くへと釣り上げたのである。
「……完璧だ。これなら一晩中駆けずり回っても、一人も逃さずに済む。
でも首はやめてやれ。死ぬから」
見守っていた○○○が呆れ半分、感心半分で呟く。
「……お若いの、あんたはとんでもねえ逸材だ。カウボーイを引退して西アーカムに来たが、まさか『タコのロープ使い』を拝めるとは思わなかったぜ」
「……タコじゃなくてイカです」
「……?なにか違いがあるのか?」
「触手の本数とか、色々と違いますね」
「そうか……」
カウボーイは冷や汗を拭いながら上手くいくことを願って、持っていた水筒の安ウィスキーでヒナタと乾杯を交わした。
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ハロウィン当日、西アーカムの街は日が落ちると同時に異様な熱気に包まれた。
あちこちで爆竹が鳴り響き、粗末な布や紙マシェのマスクを被った若者たちが、手にした棒切れで街灯を叩き、奇声を上げながら霧の立ち込める通りを練り歩く。
その喧騒から離れた裏路地。○○○は、目の前の「怪物」の姿に思わず息を呑んだ。
「……やりすぎじゃないか? 夢に出そうだぞ」
「これくらいやらないと、後で僕だってバレたら困るからね」
ヒナタの声が、ジャック・オー・ランタンの重厚な仮面の下から籠もって響く。
彼は煤をまぶし、ボロボロにしたカウボーイの衣装と同様の加工を施した裏地が赤い黒マントを纏っている。その姿はまるで焼け跡から這い出してきたカウボーイの亡霊のようだ。
さらにヒナタが指先で印を結ぶと、仮面の目と口の裂け目から、怪しい緑色の炎がボウッと噴き出した。炎から熱は感じない、見た目だけのようだ。
「よし、○○○。準備はいい?」
「ああ。こっちはマフィア連中と連携して、追い込み場所の確認を済ませてある」
その直後、西アーカムのメインストリートに近い「シルバー・コイン」というスピークイージーの前で、最初の獲物が現れた。
酒の樽を奪おうと裏口に押し寄せた十数人の暴徒たちが、待ち構えていた用心棒たちに追われ、袋小路へと逃げ込む。
「へへっ、あんな鈍臭い用心棒に捕まるかってんだ!」
「おい、あそこ……何かいないか?」
路地に逃げ込むと仲間の内、数名が悲鳴を上げて真上に消えていった。
上を見ると吊るされた仲間達の姿と霧の中で目、鼻、口から緑色の炎が覗く「カボチャ頭のカウボーイ」が音も無くこちらを覗き込んでいる。
若者たちが恐怖で固まった瞬間、その背後から四本の縄が、生き物のような唸りを上げて飛来した。
「ぎゃああ!?」
「何だこれ、放せ!」
「カボチャ頭のカウボーイ」の操る投げ縄は、カウボーイ直伝の技に触手の超人的な速度が加わり、もはや回避不能の必殺武器と化していた。
足首を括られ、胴体を締め上げられた若者たちが、次々と逆さまに吊り上げられていく。
「Heeeeeee—haaaaaw!!」
ヒナタは建物の壁を垂直に駆け上がり、屋根から屋根へと跳躍した。
ある場所では、火を放とうとした首謀者を、触手で伸ばした縄で一気に捕獲し、そのまま近くの時計塔の尖塔へと「設置」した。
またある場所では、略奪品を抱えて走る集団を、街路樹の枝から吊り下げた縄でまとめて「簀巻き」にした。
街のあちこちで、「緑の目の怪物」に捕まった者たちの悲鳴が響き渡る。
最初は面白がっていた暴徒たちも、仲間が次々と空中に「消え」、翌朝まで降りられないような高所に「展示」されていく異常事態に、次第に恐怖へと染まっていった。
「悪霊だ! カウボーイの悪霊が出たぞ!」
誰かが叫んだその声は酒で高ぶっていた若者たちの脳を急速に冷やしていく。
霧の深淵から伸びる縄と、無機質な緑の光。
〝悪霊〟による「掃除」が狂乱の夜を西アーカムに相応しい本物の悪夢へと塗り替えていった。
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翌朝、西アーカムを覆っていた深い霧が、朝日によってゆっくりと晴らされていった。
普段なら二日酔いの若者が道端に転がり、略奪された残骸が散らばっているはずの街路は、驚くほど静まり返っていた。
だが、家々の窓を開けた住民たちは、一様に絶句して空を見上げることになった。
メインストリートの街路樹には、何十人もの若者たちが身体のどこかを縛られた状態でぶら下がっていた。
時計塔の尖塔には、昨夜の暴動のリーダー格が椅子に縛り付けられた状態で「展示」され、地上数十メートルの高さで震えている。
教会の屋根、理髪店の看板の上、さらには電信柱の先端にまで、丁寧なロープワークで固定された「生きた装飾品」たちが、朝日を浴びて情けない泣き声を上げていた。
「……ありゃあ、一体何が起きたんだ?」
「カウボーイの亡霊に、空へ連れ去られたんだってよ……」
解放された若者たちが真っ青な顔で語る「カボチャ頭のカウボーイ」の噂は、瞬く間にアーカム中に広まり、新たな都市伝説として刻まれることになった。
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同時刻、理髪店の地下「スピークイージー」。
そこには、昨夜の惨劇とは無縁のような、穏やかで勝利の美酒に酔いしれる空間があった。
「素晴らしい、実に見事だ! これほど静かな万聖節の翌朝は、私がこの街に来て以来、初めてだよ!」
カニンガム教授が上機嫌で声を上げ、カウンターに並んだマフィアの代表たちも、清々しい表情で追加の札束をテーブルに置いた。
彼らにとって、店舗の破損や略奪の被害がほぼ皆無だったことは、この程度の報酬など安いものだった。
「お疲れ様、ヒナタ。怪我はない?」
「うん。投げ縄が楽しくて、ちょっとやりすぎちゃったかな」
ヒナタは元の清潔な学生服に着替え、髪に擬態した触手をなだめるように撫でながら、カニンガム教授から差し出されたグラスを受け取った。
中身は、彼らが丹精込めて作ったあの「パンプキン・ブランデー」だ。
「一杯奢ろう、ご褒美だよ。一番出来の良かった『計画A』……いや、『ジャック・ザ・カウボーイ』だ」
「ありがとう、教授。名前を付けて貰える程、気に入って貰えるとは思わなかったです。」
○○○は、手元のスキットルに新しいブランデーを注ぎ入れながら、窓のない地下室の天井を見上げた。
西アーカムの若者たちは、これから数年間、カボチャの被り物とロープを見るたびに、昨夜の「悪夢」を思い出して震え上がることだろう。
カボチャの甘い香りと、強烈なアルコール。
それは、騒がしい秋を締めくくるにふさわしい、最高に贅沢な味わいだった。
Q.この時代にカウボーイなんていたの?
A.禁酒法時代の初期までがカウボーイが生活していた時期なので元カウボーイの用心棒や私立探偵は結構いたそうです。




