あんたにはもっと『本物の酒』が似合ってるもんな。
十月が近づき、西アーカムの食料品店の軒先には、不格好に膨らんだオレンジ色のカボチャが山積みされ始めていた。
いつもの理髪店の地下。昼下がりのスピークイージーは、まだ客もまばらで、換気扇の回る音だけが低く響いている。
カウンターでは、カニンガム教授が琥珀色のグラスを傾け、その隣で○○○とヒナタが、秋の「新作」についての相談を始めていた。
「ねえ、○○○。ハロウィンが近いし、あのカボチャを使ってお酒を作ってみない? 中身を蒸してマッシュに使えば、きっと面白い風味になると思うんだ」
「カボチャか。……確かにあちこちで余りそうだな。ヒナタの腕なら、パンプキン・パイみたいな香りのブランデーができるかもしれないな」
二人の会話を横で聞いていたカニンガム教授が、面白そうに眼鏡を上げた。
「ほう。カボチャの蒸留酒かね。それはまた興味深い試みだ。出来上がったら私にも試飲させてくれ」
三人がそんな「優雅な」醸造計画を練っていた時だ。
カウンターの端で納品の計算をしていた、イレギュラーズ馴染みの密造業者──ビルが、驚いたように顔を上げた。
「……旦那。あんた、今『蒸留』って言ったかい?」
ビルはカニンガム教授をイレギュラーズの頂点として深く敬重しているが、その顔には隠しきれない困惑が浮かんでいた。
「……カニンガムの旦那。あんたほどの御仁が、まさか『パンプキン・ジャック』を知らねえってことはないよな?」
「パンプキン・ジャック? そんな酒があるのかね?」
教授が真顔で問い返すと、ビルは絶句し、手に持っていた伝票を落としそうになった。
「冗談だろ……? いや、失礼。……ああ、そうか。成程な」
ビルはすぐに得心がいったように、苦笑しながら自身の頭を掻いた。
カニンガム教授は大学の重鎮であり、金もコネもある。酒が欲しければ、最高級のものを「買う」立場だ。
自分たちのように、検挙の目を盗んで、あるいは貧しさゆえに、泥臭い工夫を凝らして酒を「ひねり出す」世界のことは、知るはずもなかったのだ。
「悪い、旦那。あんたにはもっと『本物の酒』が似合ってるもんな。
……だが、ヒナタに○○○。お前らが手間を惜しまないってんなら、とっておきのレシピを教えてやるよ」
ビルはカウンターを回り込み、少し声を落として二人に身を乗り出した。
「マッシュなんて面倒な真似はいらねえ。カボチャの頭をぶった斬って、種を抜いた
空洞に砂糖と酵母、それに『ブースト用』の中身を詰め込むのさ。再び蓋をして、あとは……そうだな。
土の中にでも『埋葬』して、二、三週間放っておく。それが、この国の貧乏人と悪ガキ共が愛する『パンプキン・ジャック』の作り方だぜ」
「土の中に、埋める……?」
ヒナタが目を輝かせた。哲学の本を読んでいた時よりも、ずっと「未知」に触れた時の知的好奇心が溢れている。
「面白いね、○○○。それ、やってみようよ!」
「……寮母さんに寮の近くに埋めて良いか聞いてからだな」
○○○は呆れたように笑いながらも、ビルの教える醸造法に、何とも言えない魅力を感じ始めていた。
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翌日から、ヒナタの部屋は「魔女の台所」のような様相を呈した。
市場で買い込んできた十数個の巨大なカボチャが床を占拠し、ヒナタはそれぞれの特性に合わせて三つの計画を実行に移した。
「よし、○○○。これが**【計画A】**。元々の予定のパンプキン・ブランデーだ」
ヒナタは蒸し上げたカボチャを丁寧にマッシュし、糖分とイーストを加えていつものガロン瓶に詰めた。これはヒナタの技術を最も反映した、上品な仕上がりを目指すものだ。
「そして、これがビルさんに教わった**【計画B】**、パンプキン・ジャックの伝統。中身をくり抜いて、砂糖と酵母、さらにウチで作ったブランデーを流し込んである」
今日の日付が書かれた丸ごとのカボチャ6個は、頭の蓋を蝋でガッチリと密閉され、不気味な重みを湛えていた。
「さらに、僕の独自案の**【計画C】**だ。中身を一度マッシュにして発酵効率を高めたあと、再び皮の中に戻す。頭の蓋にはゴム栓と排気弁を差し込んで、排気弁以外から漏れないように蝋を塗った物だよ。室内で発酵させるから計画Bが全滅した際の保険みたいな物だね」
「……一個でも多く残ってくれりゃ良いんだがな」
○○○は計画Bのカボチャを抱え上げた。
二人は夜の帳が下りるのを待って、寮の裏庭へと向かった。
事前に○○○が交渉した際、寮母の夫人は「あら、パンプキン・ジャックね。上手くできたら私にも分けてちょうだい」と許可をくれた。
「このあたりでいいかな。」
ヒナタが触手で掴んだ数本のスコップを器用に使い、重機のように速く正確に穴を掘り進める。
等間隔に並べられたカボチャが、次々と土の中に沈んでいく様は、やはり「埋葬」という言葉がしっくりきた。
「……これで良し。」
ヒナタは満足げに土を均して目印のノーム人形を置き、自分の手に付いた泥を払う。
室内では計画Cの排気弁が「ポコッ、ポコッ」と一定のリズムでガスの排出を始めていた。
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十月も中旬を過ぎるとアーカムを吹き抜ける風は一段と冷たさを増し、計画Cのカボチャたちは順調に発酵を終え、持ち運びのためにメイソンジャーに移された。
そしていよいよ、裏庭に「埋葬」した計画Bの掘り出しの日がやってきた。
「……目印のノーム人形が、少し傾いてるな。中でガスが膨らんで、土を押し上げたのかも」
○○○が懐中電灯で照らす中、ヒナタが再び触手で土を撥ね除けていく。
冷たい土の中から姿を現した六個のカボチャは、埋めた時よりも心なしか赤黒く、そして異様なほどにパンパンに膨れ上がっていた。
「……よし。一個も割れてない。成功だよ、○○○」
ヒナタがそのうちの一つを抱え上げると、中から「たぷん、たぷん」と、粘り気のある重い液体の音が響いた。
部屋に戻り、三つの計画の成果を机に並べる。
まず【計画A】のパンプキン・ブランデー。これは期待通り透明で、口に含むとカボチャの甘い香りが鼻に抜ける上品な出来栄えだった。
次に【計画C】。皮の中で発酵させたそれは、Aよりも野性味が強く、少し酸味のある力強い味わいの少し濁った醸造酒だ。
そして、真打ちの【計画B】。伝統的な「パンプキン・ジャック」だ。
ヒナタが慎重に、蝋で固められた蓋にナイフを入れる。
プシュッ!
鋭いガス抜きの音と共に、部屋の中に充満したのは──これまでのどのお酒とも違う、圧倒的な「芳香」だった。
カボチャの濃厚な甘みと、土の微かな匂い。そして、鼻の奥が焼けるような強烈なアルコールの刺激。
「……ワーオ。これは、くるな」
○○○が思わず顔を背けるほどの芳香だ。
グラスに注がれた「ジャック」は、少し濁りがあり、まるで黄金を溶かしたような色をしていた。
ヒナタが毒見を兼ねて一口、慎重に舌に乗せる。
「……すごい。荒々しいけど、カボチャの甘みがしっかりとアルコールに変換されてる。……ビルさんが勧める訳だよ」
ヒナタの瞳が、アルコールのせいか、あるいは醸造の成功ゆえか、微かに怪しく輝いた。
窓の外では、街のあちこちでハロウィンの「いたずら」の予行演習が始まっているのか、遠くから若者たちの笑い声が聞こえてきた。
Q.パンプキン・ジャックって実在するの?
A.実在します。パンプキン・ワインとも呼ばれているアメリカの伝統的な密造酒製造法の一つです。
容器の用意が難しい人々の作り方なので、実際に作るなら中身だけ排気弁付きの容器に移して普通の酒のように作るのが一番ですね。




