番外編:「やるかよ、そんなダサい事」
最初は、正直に言えば保身だった。
西アーカムに来たばかりの頃、俺には知り合いが一人もいなかった。一人でいるだけで視線が刺さる。
⸻「一人でいる奴はまともではない」
他の国は知らないが、アメリカでは共通認識だ。少なくとも俺の地元と西アーカムでは。
だから、隣の部屋に留学生が来たと聞いた時、正直助かったと思った。
ヒナタという名前の青年……青年?同年代という話だが背が低くて、顔付きは幼く、ティーンエイジャーのように見え、少女にも見えなくもない外見で好奇心旺盛だ。
文化とかの違いで困っていたので、こちらから手伝いを申し出れば一緒に行動するのは簡単だった。
一緒に歩いているだけで周囲の視線はかなりマシになった。
⸻
ヒナタは、色々な意味で「ズレて」いた。
授業の受け取り方。
冗談の解釈。
人との距離感。
文化の違い、と言えばそれまでだが、説明しても「なるほど」とは言うものの、次に同じ場面になるとまた同じ反応をする。
太平洋を挟んで対岸…ではなく、その手前の島から来たのだ。そうそう慣れるものでは無いのだろう。手伝う理由があると離れにくくなって助かる。
文化の違いがあってもヒナタと一緒にいるのは楽だった。
こちらの詮索をしてこない。
無駄に感情をぶつけてこない。
変に気を遣う必要がない。
更に料理のセンスもあり、そこらの店より美味い料理まで作ってみせた。
気づけば講義の行き帰りも、食事も、自然と一緒になっていた。
⸻
教授の“お使い”を一緒にやるようになったのはその延長だ。
俺やヒナタのような西アーカムにゆかりの無い奴を狙って頼んでいる。
内容は基本的にろくでもない。いわゆる運び屋だ。
だが金になる。生活費も遊ぶ金も全てなんとかなった。
ヒナタは文句を言わなかった。危険そうな話でも「分かった」と言って動く。
そして、普通なら洒落にならない場面を何度もあっさり触手とフィジカルで片付けた。
最初の“トラブル”でようやく俺は理解した。こいつは人ではなく、自分を人だと思い込んで人間社会に溶け込もうとしているトンデモ生物なのだと。
それでも怖くはならなかった。最初の“トラブル”の時点で俺の安全を最優先にして行動していたからだ。
だから深く考えずに男友達として付き合うことにした。
⸻
酒の密造は完全に馬鹿なノリだった。
酒は高いし、密造は周りもやっている。合法だった頃のハウツー本は大学図書館にある上に、業者からのアドバイスが必要なら教授のツテを頼れば良い。
材料や機材の調達は俺が担当して、重たい材料を扱う製造工程はヒナタ任せで行く事に決まった。
ヒナタのセンスの賜物だろうか、最初のワインからギリ飲める代物が出来上がった。
三回目の試作でワインの一部をブランデーにしてワインに戻す事を思いついて「酸っぱくならない上にすぐ酔えるワイン」……いつものワインの原型が出来上がった。
成功体験というのは、人を調子に乗せる。
飲んで、笑って、くだらない話をして、俺は余計なことを口にした。
「ここに女の子がいたら最高だったな」
酔った勢いのただの冗談だった。
「いるよ。ここに一人ね」
ヒナタが笑ってそんな事を言いながら姿を変えた。
可愛らしい少女の顔付き、小柄ながら女らしさを感じるボディライン。
ヒナタの擬態は“お使い”の途中で見た事がある。今更驚く事は無かった。
「アハハッ、冗談キツいぜ、本当かどうか見せてみろよ。恥ずかしく無いように俺も脱いでやるから」
「良いよ、乗った」
「「3、2、1、0」」
二人揃って笑いながらベルトを外し、ズボンをパンツごと重力に任せた。
⸻
翌朝、俺はひどい頭痛と、もっとひどい現実に直面した。
同じベッドに少女の姿をしたヒナタが裸で入っている。男にあるべきものが無いのは俺自身、身をもって確認済みだ。
「おはよう。水はいる?」
「いる……」
酔った勢いで行く所まで行ってしまった。
ベッドの中から触手で水入りのコップを持って来る姿を見ながら自らの行いに頭を抱えた。
「……昨日はその…すまない…」
「良いよ○○○なら。そういえば…性別の切り替えができる事を言って無かったね」
確かに全く聞いた覚えが無いが、責める気にならない。手を出したのは俺だ。
「忘れてくれて良い⸻
唇を重ねて抱きしめる。それ以上言わせるつもりは、忘れるつもりは無かった。
呆けた顔のヒナタに告げる。
「やるかよ、そんなダサい事……離してやる気は無いからな」
返答を待たずに再び唇を重ねてきつく抱きしめる。自分でも何を考えてるのかわからないが、離すつもりにはならなかった。




