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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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25/58

新種の生物だったので問題無い……という事にしておこう。

 “ギョジン狩り”から一週間が経った。

 海洋生物学研究室の標本作りは無事完了し、カニンガム教授のツテで買い手も付いた。

 二つある標本の内、片方を海洋生物学研究室へ譲る事になったが、売り上げの所有権を放棄してくれた為、結構な金額が三人の元に転がり込んだ。

 なお取り分は教授が2に対してヒナタと○○○が1ずつである。

 

 臨時収入の喜びを胸に打ち上げをする為、スピークイージーの重い扉を押し開けた瞬間、三人はほぼ同時に足を止めた。


 地下にあるはずの店内は妙に静まり返っており、いつもなら漂っているはずの酒と煙草と人いきれの混ざった匂いが薄い。

 テーブル席はすべて空。

 壁際のボックスにも人影はない。


「……静か過ぎませんか?」


 ○○○が小声で言った。


「いつもなら、ここもそれなりに賑わっている筈なんだが……」


 教授も首を傾げる。

 ヒナタは言葉を発さず、髪に擬態した触手の先を軽く揺らしながら、室内を一巡見渡していた。


 客は一人だけだった。


 カウンターの端に座り、目の前に並んだグラスを次々と空にしている男。

 前屈みの姿勢で、肩は異様に盛り上がり、背中のラインが人間離れして見える。

 顔を覆う影の下から覗く目は大きく、瞬きの回数がやけに少ない。


 ○○○は、無意識に教授の方を見た。

 あの運転手に、似ている。


「……また、嫌な偶然だな」


 三人が腰を下ろすより早く、男がかすれた声で話し始めた。


「親父とお袋がな……やられたんだ」


 誰に向けたともつかない独白だった。

 バーテンダーは困ったように曖昧な相槌を打っているが、男は意に介していない。


「親父もお袋も……全身変わりきっちまった。

 インスマス面だ。もう手遅れになっちまった…」


 ウイスキーのロックが入ったグラスを握りながらぼやいている。


「それで……二人とも海辺に行った。

 いつもの事だ。ボケたみたいになっちまって、引き寄せられるように海に入って、朝から晩まで昼飯以外は泳ぎ通し…」


 男は喉を鳴らし、酒を流し込んだ。


「たまには様子を見てやらないといけないと思って海に行ったら、目の前で引き摺り込まれる様に沈んで上がってこなかった……

 声一つ上げられなかっただろうな……どういう訳かわからないが、死体を見ちゃいないのに親父とお袋が死んだとスッと納得しちまったんだ。」


男はグラスのウイスキーを一口飲んで口を湿らせた。


「情けない話なんだがな、足がすくんで動けなかったよ。

 飛び込んだら俺も、“何か”に掴まれ、引きずりこまれて……そのまま死ぬとわかっちまった……」


 沈黙が落ちた。


 三人の脳裏には、氷の入ったアイスチェストと、灰緑色の皮膚が否応なく浮かぶ。


 教授は眼鏡の位置を直し、○○○と視線を交わした。

 ヒナタもうなづく。


ーーー何も知らないふりをしようーーー


 言葉はいらなかった。

 その時、カウンターの奥からかすれた声が割って入った。


「おや、あんたたちかい。」


 バーテンダーの脇に立っていたのは、いつぞやの賭けを持ちかけて来た老婆だった。

 どうやら、客に絡まれて身動きの取れない息子に代わって応対しているらしい。

 声を潜めて話しかけて来た。


「見ての通り、ここの所きな臭いと評判の“例の連中”絡みの奴が来てね。

 おかげでこの有り様さ。」

「成程ね……ところで彼はあの運転手の兄弟か何かかね?随分と見た目が似ているが…」

「うん?“インスマス面”なんてインスマスの連中以外にいないだろう?

 ……そういえば、お前さん達は外から来た人だったね。」


 老婆は教授の疑問に困惑した後、理由に思い当たって納得した。


「“インスマス面”って言うのはインスマスの風土病さ。

 連中の血を引いた奴は皆ああなるって話もあるから、遺伝病って奴かもしれないね。

 症状は見ての通り、魚っぽくなる。嘘か本当か、エラまで生えるとも聞くね。」


 ○○○が慎重に言葉を選ぶ。


「ソイツが来たのって、あの事件絡みですか?」

「それもあると思ったんだけどね、あの様子だと違うだろうよ。ここに来た時点でベロンベロンだったからね。

 全く、迷惑な話だよ、ただでさえ先々月位から連中が“海のアブサン”なんて幻覚が見える、エラが生えるだなんて噂がある碌でもない酒を広めて勢力を広げているんだ。

 ウチのケツモチしてるマフィアにも頑張って欲しいね。……あんた達みたいに。」


 老婆はため息をついてから三人を見やり、三人は顔を見合わせた。


「あのバスの件でインスマスにサツの手が入った上に、連中のやらかしでサツがヤル気になったんだ。

 あの日、何をしにインスマスへ行くつもりだったのかは知らないけどね、感謝しているよ。」


 老婆はパテ入りの小瓶と酒瓶に新聞を巻き、袋に詰めて教授に渡した。


「今日は店で飲む気になれないだろう?

 こいつはあたしの奢りだよ。家で楽しんで来な。」


 老婆は三人を外に送り出した。


---


 店の扉が閉まると同時に、地下の湿った空気が断ち切られた。

 路地に出ると夜気は冷たく、肺の奥まで澄んでいる。


 新聞紙に包まれた酒瓶が、教授の腕の中で小さく触れ合って音を立てた。

 三人は並んで歩き出すが、しばらくの間、誰も口を開かなかった。


 最初に沈黙を破ったのは教授だった。


「……さて」


 それは独り言に近い声音だったが、意図的に選ばれた間でもあった。


「私達が標本にして売り飛ばしたのは新種の生物だったので問題無い……という事にしておこう。」


 ○○○は一瞬、足を止めそうになり、すぐに歩調を合わせ直す。


「……一応アレって元人間らしいんですけど、そんな理屈で大丈夫ですか?」

「当然だ」


 教授は軽く息を吐いた。


「コーエン教授の反応は見ただろう?専門家でもわからなかった上に、ああなるまでの観察記録が無い以上、今は誰にも元人間である証明なぞできんよ。

 それに……私達全員、海洋生物学は専門外なので、いくらでもしらばっくれることができる。」


 ヒナタは二人の少し後ろを歩きながら、街灯の下で影を伸ばしていた。

 髪に擬態した触手が、わずかに波打つ。


「更に言うと、警察がインスマスを“テロリストの巣窟”として滅ぼす気だから責める人間も残らんよ。

 アレだけ面子を潰された事もあって、軍の銃器まで調達しているからね。」


 教授は指を一本立てる仕草をした。


「マスコミもインスマスで記者が何名も行方不明になってるから気にしないだろう。」


「……それなら問題は無さそうですね。」


 ○○○の返答に教授は頷いて答えた。


「インスマスが無くなれば“ギョジン”の人口増加も大幅に減って、日本の“ギョジン狩り”で滅ぶだけになりそうだ。」


 教授の声は淡々としている。


「あとは警察の頑張りを新聞で眺めるだけだ。」


 ○○○は苦笑した。


「……都合が良すぎるくらいだ」


「逆に考えたまえ。連中にこれまでのツケが来たのさ。」


 教授は続ける。


「気にする事は無い。楽しい打ち上げと行こうじゃないか。」


電灯に照らされながら、三人は夜の西アーカムを学生寮に向かって歩いて行った。

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