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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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21/58

ワインも、これまで通りで

 事件から三日後。

 西アーカムの新聞各紙は、連日その話題を紙面から落とさなかった。


 《暴走バス、街を切り裂く――死者多数》


 大きく踊る見出しの下には、黒く焦げたガソリンスタンドの写真。

 折れ曲がった給油機、原形を失った車両、舗装に残る爆風の痕。


 ――今週初頭、インスマス行き路線バスが市街地で暴走。

 ――信号・横断歩道を無視し、複数の歩行者をはねた後、

 ――給油中の車両が停まるガソリンスタンドに突入。

 ――大規模な爆発と火災が発生した。


 記事は、淡々と、しかし逃げずに書いている。


 ――警察発表によれば、一般市民を含む死者・重軽傷者は「多数」。

 ――犠牲者の中には、給油中の車両に乗っていた者、

 ――歩行者として巻き込まれた者が含まれる。

 ――現場は一時、戦場のような惨状を呈したという。


 囲み記事では、より生々しい証言が紹介されていた。


 ――「爆風で体が浮いた」

 ――「人が跳ね飛ばされるのを見た」

 ――「あれは事故じゃない。突っ込む場所を選んでいた」


 社会面の中段には、別の見出し。


 《給油所主、銃で運転手射殺》


 ――現場に居合わせたガソリンスタンド店主は、

 ――銃を所持し錯乱状態にあった運転手に対し、ショットガンで発砲。

 ――運転手はその場で死亡した。


 続く文章は慎重だ。


 ――警察は「周囲に一般市民がおり、差し迫った危険があった」として、

 ――現時点では正当防衛の可能性が高いとの見解を示している。

 ――ただし、詳細は引き続き調査中とされる。


 さらに小さな枠で、大学関係者について名前付きで触れられていた。


 《大学関係者、爆心地から生還》


 ――バスにはミスカトニック大学関係者が同乗していたことが確認された。

 ――事故の直前に車外へ投げ出された留学生ヒナタ・ナガエが、

 ――爆発直前の現場に駆けつけ、乗客のハーバート・カニンガム教授と○○○・△△△を救助していたことが分かっている。


 ここで、やや踏み込んだ表現が使われる。


 ――三名は発見時、火傷や重度の外傷は確認されておらず、

 ――関係者の間では「まるでコミックヒーローのようだ」として話題になっている。


 欄外の短いコラムには、読者の興味を煽る一文。


 ――彼は日本からの留学生および関係者であり、

 ――近年、各地で報告されている

 ――“日本人特有の身体的特性”との関連を指摘する声もある。


 だが、最後はいつもの締めだ。


 ――警察および大学側は、

 ――「今回の事件は運転手の錯乱による凶悪な事故であり、

 ――それ以上の憶測は控えるように」とコメントしている。



 同日の朝。

 ワシントン州南部、西アーカム。

 ミスカトニック大学西アーカム分校、男子寮――ヒナタの部屋。


少女の姿になったヒナタがパジャマ姿でソファーに座る○○○の膝の上に収まり、

触手で腰や腕に絡みつきながら、甘えるように体重を預けて二人並んで新聞に目を落としていた。


ヒナタは小さく息をつき、安心しきったように○○○の胸元に額を預けた。


 ――コン、コン。


 控えめなノック音が、部屋の静けさを叩いた。


 二人は同時に顔を上げる。


「……誰だろう?」

「この時間に?」


 ヒナタが首を傾げた、その瞬間。


「○○○君、いるかい?」


 扉の向こうから、聞き慣れた――いや、聞き慣れてはいないが、間違えようのない声がした。


 ○○○の背筋が、音を立てて固まる。


「……父さん?」


 次の瞬間、少し上ずった別の声が重なった。


「○○○!? 本当に無事なの!?」

「お母さんまで!?」


 ヒナタの思考が、完全に停止した。


 ――え?

 ――今の、親?

 ――しかも、二人?


 その間にも、廊下では別の声が楽しげに割り込む。


「あらあら、やっぱりここでしたか」

「寮母さん……」


 鍵が開く音。

 そして、何の前触れもなく扉が開いた。


「失礼しますね――」


 開いた扉の向こう。


 そこには、スーツ姿で落ち着いた表情を保とうとしている父親と、

 明らかに顔色が悪く、目を潤ませた母親。

 そして――状況を完全に理解した上で愉快そうな寮母が立っていた。


 その全員の視線が、一点に集まる。


 ソファー。

 ○○○の膝の上。

 パジャマ姿の少女――ヒナタが、密着するように座って触手で絡みついている光景に。


「……………………」


 一拍。


 二拍。


 母親の口が、わなわなと動いた。


「……○○○?」

「え、ええと……」

「新聞に名前が載って……無事だって分かって……」

「……うん」


 視線が、ゆっくりヒナタに移る。


「……その……その子は……?」


 父親が、咳払い一つで場を整えようとする。


「……落ち着こう。まずは話を――」


「落ち着いていられるわけないでしょう!」

「母さん、声が大きい」


 母親は一歩前に出て、震える声で続けた。


「だって新聞には“留学生が命を救った”って……」

「……ええ」

「しかも……その……日本人は性別を自由に……って……」


 言葉が、途中で止まる。


 視線は、ヒナタの姿に釘付けだった。


 ヒナタは、ようやく我に返った。


「――っ!?」


 一瞬で○○○から離れようとして、逆に絡まった触手がもつれる。


「ち、違っ……!これは、その……!」

「ヒナタ、落ち着いて!」


 ヒナタの顔が、見る見るうちに赤くなる。


 ――最悪だ。

 ――最っっ悪だ。


 男子寮で女の子の姿。

 朝。

 膝の上。

 親御さんフルセット。


「……あらあら」


 その空気を、楽しそうに切ったのは寮母だった。


「噂通りですね」

「噂!?」

「付き合ってるって話、学生の間じゃ有名ですよ?」

「え!?」

「ほら、入り浸りだって」


 ○○○の母親が、目を見開く。


「……付き合って……?」

「……入り浸り……?」


 父親は、額に手を当てて深く息を吐いた。


「……なるほど。新聞だけじゃ分からなかったが……そういう関係なんだな」

「あなた、何が“なるほど”なのよ!」


 父親は視線をヒナタに向け、静かに頭を下げた。


「……君が、息子の命の恩人だと聞いている」

「……は、はい」


 ヒナタは、条件反射で姿勢を正す。


「まずは礼を言わせてほしい。ありがとう」

「い、いえ……その……」


 だが、母親はまだ立ち直れていない。


「で、でも……朝から……膝の上で……」

「母さん」

「だって新聞では“英雄”で……」

「母さん」


 寮母が、肩をすくめて笑う。


「まあまあ。若いっていいじゃありませんか」

「よくないです!」


 ヒナタは、限界だった。


「……あの!」

 全員の視線が集まる。


「……これは……その……」

「うん」

「……説明すると……」

「うん?」


 ヒナタは一度、深呼吸してから、そのままの声で答えた。


「……付き合ってます」


 ――沈黙。


 ○○○の父が、ゆっくりと目を閉じた。


 母親は、完全に頭を抱えた。


 寮母だけが、満足そうに頷いていた。


 沈黙を破ったのは、父親だった。


 深く息を吐き、目を開ける。


「……安心したよ」

「え……?」

「新聞を読んだ時は正直、胸が冷えた」

「でも、こうして顔を見て、話して……無事だと分かった」


 視線は、○○○に向けられている。


「それで、目的は果たせた。今日はそれだけで十分だ」


 母親が、はっと顔を上げた。


「……そ、そうね」

「え?」

「そうよ……無事なのは分かったし……」


 母親は、気まずそうに視線を逸らす。


「……こっちが勝手に来て、しかも……」


 ちらりと、ソファーの方を見る。


「……邪魔をしたみたいだし……」

「母さん」

「だって……いちゃついてるところに……」


 語尾が弱くなった。


 ○○○が、困ったように頭を掻く。


「その……ごめん」

「謝らなくていいわよ……」


 母親は一度咳払いをし、姿勢を正す。


 そして、ヒナタに向き直った。


「……ヒナタさん、だったわね」

「は、はい」


 ヒナタは、背筋を伸ばしたまま答える。


「新聞のことも、大学から聞いた話も……全部合わせると」

「あなたが、あの状況でうちの子を助けるために、戻ったのは……分かるわ」


 一瞬、言葉を選ぶように間が空く。


「……普通の覚悟じゃ、できない」


 母親は、ゆっくりと頭を下げた。


「本当に……ありがとう」


「……っ」


 ヒナタは、驚いたように目を瞬かせたあと、慌てて頭を下げ返す。


「い、いえ……当たり前のことを……」

「当たり前じゃないわよ」


 父親が、静かに続ける。


「命を賭けて、他人を助けられる人間は多くない」

「ましてや、息子だ」


 父親は一歩前に出て、ヒナタをまっすぐに見た。


「……だから」

 一拍置いて。

「息子を、よろしく頼む」


 空気が、一瞬止まる。


「……え?」


 ヒナタの声が、裏返った。


「え、えっと……その……」

「聞こえた通りだよ」


 父親は、わずかに口元を緩める。


「反対する理由が、どこにもない」

「命を救ってもらった上に……」

 ちらりと○○○を見る。

「この顔だ。よほど大事にされているのが分かる」


「父さん!」

「事実だろう」


 母親が、深く息をついてから、観念したように頷いた。


「……そうね」

「正直、心の準備は全然できてないけど……」

「でも……」


 視線が、ヒナタの手――触手が絡んでいた名残のある○○○の腕に向く。


「……あの子、あなたのそばだと、すごく安心した顔をしてる」

「親として、それを否定するのは……できないわ」


 ヒナタの頭が、処理落ちしたように止まった。


「え……?」

「え……?」


 ○○○も、同じ顔をしている。


「……だから」

 母親は、少しだけ照れたように言った。

「公認、ってことで……いいのよね?」


「……は、はい!」


 ヒナタは、思い切り頭を下げた。


「大事にします!」

「命に代えても守ります!」

「重い!」


 ○○○が即座に突っ込む。


 父親が、小さく笑った。


「そのくらいでいい」

「……ただし」


 今度は、○○○に向けて指を立てる。


「調子に乗るな」

「分かってるよ!」


「母さんも同じ意見よ」

「はい……」


 一連のやり取りを、少し離れた位置で眺めながら、寮母が満足そうに頷く。


「いやあ、いいものを見せてもらいました」

「……寮母さん」

「大丈夫大丈夫。余計なことは言いませんよ」

「ワインも、これまで通りで」


 ヒナタが、ぴくっと反応した。


「……ありがとうございます」


「じゃあ」

 父親が踵を返す。

「用件は済んだ」

「これ以上いると、本当に邪魔だからな」


 母親が、名残惜しそうに○○○を見る。


「ちゃんと連絡しなさいよ」

「分かってる」

「写真も送って」

「それは考える」


 扉の前で、母親がふと思い出したように振り返る。


「……ヒナタさん」

「は、はい」

「今度、ちゃんとした形で挨拶に来てちょうだい」

「その時は……」

 一瞬、微笑んで。

「お茶でも、ワインでも」


「……はい!」


 扉が閉まる。


 足音が、廊下の奥へ遠ざかっていった。


 静寂。


 数秒後。


「……夢?」

「現実だと思う」


 ヒナタが、ゆっくりと○○○の方を見る。


「……公認、もらった……?」

「もらったな」


 次の瞬間。


 ヒナタは、勢いよく○○○に抱きついた。


「――よかったぁぁぁ……!」

「ちょ、ヒナタ!」


 触手が、さっきよりも強く絡みつく。


 扉の外から、寮母の声が聞こえた。


「ほどほどにねー」

「寮母さん!」


 ヒナタは、耳まで赤くしながら、それでも離れなかった。


Q.なんでヒナタは普段、少年になっているの?


A.乙女モードになってる時の自分が面倒臭い自覚があるからです。

普段は男友達の距離感で付き合って、○○○がそういう気分になった時だけヒナタに頼んで乙女モードになって貰ってます。

ヒナタも喜んで付き合ってるので、ほぼプレイの一環になってます。


Q.寮母さんの「ワインも、これまで通りで」ってなに?


A.酒の密造の口止め料として○○○の提案で隔週でワインを渡してました。

口止め料が増えずに済んだみたいです。

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