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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
リメイク版

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14/57

号外“怪物役で脚光を浴びた日系人、実は人間ではなかった”

ストーリーが動かなくて続きを書けなかったので色々変更してリメイクしました。


Q.西アーカムのミスカトニック大学西アーカム分校とは一体なんですか?


A.ニャルラトホテプの仕業です。

 ここはアメリカ、ワシントン州南部の太平洋に面した地域、西アーカムのミスカトニック大学西アーカム分校の研究棟。

 最上階は、表の喧騒が嘘のように静まり、研究機材の匂いと消毒液が支配していた。

 

 ○○○は、真鍮の取っ手がついた重い鉄扉に手をかけた。

 ──この建物には珍しい“防音仕様の部屋”だ。

 

 軋む音を立て文化人類学研究室の扉を押し開けた瞬間、室内から妙に艶めいた息遣いと、カニンガム教授の浮かれた声が飛び出した。

 

「おお、いいぞヒナタ君! その“ワニ人間”の姿はそこらの映画よりずっと本物らしい。やはり生き物の肌は違うな。

 約束通り、とっておきの赤を開けよう。ブロックじゃないちゃんとしたワインさ。

君の部屋まで私自ら届けに行こう。」

 

 研究室中央には、簡易ステージが据え付けられている。

 ワニ人間の身体はその上でほどけ、中から髪の毛に擬態した触手を束ねて局部を覆った“裸の少女”が現れた。

 

「カニンガム教授、そろそろ終わりますか?

 約束の時間ですよ。」

 

 ○○○の声に、カニンガム教授は新聞の山を手で払いながら笑った。

 新聞には数日前の記事


──“怪物役で脚光を浴びた日系人、実は人間ではなかった”──


の見出しが躍っている。

 

「もうすぐ終わる所だよ。○○○君。

 ところで、これを見たまえ。映画界は大騒ぎだ。

 本物そっくりの怪物がスクリーンに出ていると思ったら……実際に“本物”だったというわけだ。

 おかげで街はパニック、黄色系(イエロー)は外を歩けば石を投げられる始末。

 ヒナタ君は白人の少年に擬態していなければ、外出すらできんだろう?」

 

 ○○○はため息をつきつつ、ヒナタに目を向けた。

 

「……まあ、そのおかげで最近は僕が“買い物担当”ですよ。

 ヒナタは擬態だと見た目は完璧ですけど、喋ると発音でバレますので。」

 

 ヒナタは照れたように肩をすぼめ、触手で胸元を押さえながら小声で返した。

 

「訛りはどうしようもないですよ。」

 

 カニンガム教授はハンドライトを構え、ヒナタの背中に角度をつけて照射した。

 

「さあ、最後に○○○君へご挨拶だ。“彼の姿”で」

 

 ヒナタはしばし目を閉じ、胸を小さく上下させる。

 次の瞬間、体表に波紋が走り、骨格が内側からごく微かに軋む音がなり、髪の毛に擬態していた触手が伸びて広がり彼女の身体を覆い、青年のシルエットを形作った。

 

 触手表面の模様が変わり、白い光の下、○○○と寸分違わぬ大きさで全身タイツのような服を着たように見える別の“○○○”が立っていた。

 触手を束ねた黒い結び目だけが、元の姿の名残のように揺れている。

 

「──どう?」

 

 その声はヒナタのものだった。声までは弄っていないようだ。

 ○○○は、目の前の自分と寸分違わぬ姿の男が全身タイツのような服を着ているマヌケな光景に、なんとも言えない微妙な感情を覚えた。

 

「俺に化けるならもっとマトモな服を着てくれ。」

 

 ヒナタの“コピー”の身体が解けて服を着たヒナタが現れる。ワイシャツにジャケット、ズボンに靴。いつもの“彼”の格好だ。

 多分、○○○に擬態する際にこっそりステージ脇に置いている自分の服を回収していたのだろう。

 それにしても、服を着替えるくらいのノリで性転換できるとは便利な生き物である。

 

「ゴメン○○○、面倒だから全身タイツにしちゃった。

 そうだ、ところでカニンガム教授、せっかくのブロックじゃない赤なんです。

 パテを何種類か準備してあるので一緒に部屋で飲んで行きませんか?」

 

 カニンガム教授は満足げに眼鏡を押し上げ、手元のスケッチブックを閉じた。

 ページには、擬態の変化を逐一書き留めた細密な鉛筆画がびっしり並んでいる。

 

「良いね。レバーのパテはあるかね?

赤に合わせるならやはり肉が良いからね。」

 

「もちろんありますよ。本物の赤を開けると聞いて○○○と準備してたんです。」

 

 ○○○はヒナタに近づき、わしゃわしゃと頭を撫でた。

 

「二人とも気を抜き過ぎですよ。パニックでみんな引き金が軽くなってるんです。

日本人が襲撃されて銃で撃たれたなんて事件まで起きてるんですよ。」

 

 カニンガム教授は肩をすくめ、机の上の新聞を一部ひったくるように掴んだ。

 

「この事件の事かね?見たまえ、これを見てヒナタ君を心配できるかね?」

 

 新聞の一面には、自前のショットガンで道路を撃ち、跳弾と道路の破片で大怪我を負った男の名前が載っていた。

 拘束された姿を遠巻きに撮った粗い写真の下で、記者の煽る文章が黒々と踊っている。

 

“事件後対応に批判集中 なぜ救急は間に合わなかったのか”

 

 ○○○は紙面を覗き込んだ。日本人を襲撃した男が引き金を引く瞬間に触手の足払いで転ばされ、間違えて自分の真下を撃ってしまった為に跳弾と道路の破片で大怪我した旨が記載されていた。

 自爆した襲撃者の為に襲われた日本人が救急車を呼んだ所、交換手が日本人だからと話を聞かずに後回しにした為、治療が遅れて重い後遺症が残ったらしい。

襲撃者は病院と交換手を訴えるつもりだとか。

 この記事の日本人はヒナタではない。彼が襲われたならカニンガム教授とのこんなやり取りは無いだろう。やるまでもなく知っている筈である。

 

「うっわ……」

 

 ○○○は渋面を浮かべた。

 

「ヒナタ君なら変装せずに外を歩いても死ぬようなことは無いから大丈夫さ。」

 

 カニンガム教授は指先で机をとんとんと叩き、二人を交互に見る。

 

「少ない可能性に悩むくらいなら酒を嗜む方が健全さ。気にすることじゃないとも。」

 

 カニンガム教授は隠し保管庫からワインを取り出し、自分の鞄にそっとしまった。

 

「それじゃあ行きましょうか。

 パテは逃げないけど、警察にワインが見つかったらおあずけですし。」

 

 ヒナタのその言葉に、○○○は返事の代わりに小さく笑った。

 

 カニンガム教授が立ち上がる。

 作業台の奥へ向かいながら、片手でステージのライトを落とした。

 

「よし、今日はここまで。

 ワインと共に君の部屋に向かおうか、ヒナタ君。

 ──禁酒法の国で“正体不明の怪物”と酒を飲むなんて、学者冥利に尽きるじゃないか。」

 

 その冗談めいた声とは裏腹に、部屋に射し込む夕陽は長い影を伸ばし

 研究棟の重い空気は、街のざわつきとは無縁の不穏な静けさをまとっていた。

Q.ブロックじゃないワインって何?


A.ごく一般的なコルク栓付きの瓶に入ったワインです。


禁酒法時代、大っぴらにワインを作れなくなったワイン農家はワイン用のブドウを濃縮してブロック状にする事を思いつきました。

これを水に溶かしてジュースにした後、数日放置すると発酵してワインになる為

この濃縮ブドウブロックは当時、俗称でワインブロックと呼ばれていたのです。


作中ではこのワインブロックを使ったワインをブロックワインと表現しています。

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