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霧の街のヒナタ  作者: 下駄ロボ
プロトタイプ版

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11/58

鮭と熊とヘラジカと

 冬の名残がまだ色濃く残る、三月のアーカム。

 街では雪がすっかり姿を消したが、郊外の森となれば話は別だ。

 踏み固められた雪の表面に、霜がきらきらと光を返している。


 「いいだろう、この感じ。春が来るような、まだ来ないような。こういう境目の季節」


 カニンガム教授は、いつもの古いコートに毛糸の帽子を被り、年季の入った革鞄を背負って上機嫌だった。

 ストックを突きながら歩く姿は、それなりに年配のはずなのに、子どもの遠足のように軽い。


 「境目、ですか?」


 「季節のはざま、土地と土地のあいだ、夢と現実の境い目――人はだいたい、そういう場所で妙なものを見るものでね」


 「その“妙なもの”を探しに来たんですか?」


 「いいや。私はただ、空気を嗅ぎにきただけさ。記録の材料が勝手に転がっていれば拾うし、なければそれはそれで、静かな休日を楽しめる」


 この人が真面目なのか冗談なのか、いまだによく分からない。

 ただ、観察者というのは、たいていこういう顔をしている気がする。


 「そういえば今日は、ヒナタ君は一緒じゃないのかね?」


 「誘われたんです。“鮭がいい感じだから一緒にどう?”って」


 「いい感じ……なるほど、今日は大漁かな?」


 「でも断りました。こっちに同行する予定だったんで」


 「それは、それは。誠実だ。学生の鑑だよ、君は」


 教授は帽子を押さえながら笑う。

 小さな雪の粒が帽子の上で弾けた。


 「彼は、“たくさん獲ってくるから楽しみにしててね”って言ってましたけど……」


 「ふむ。鮭だけじゃすまないかもしれないね。」


 「鮭以外に何を取るんですか?」


 「ヒナタ君なら熊やヘラジカもついでに仕留めても驚かないよ」


 軽口とも本音ともつかない言いぶりだった。

 「ヒナタならやるでしょうね」

俺が確信と共に答えると、教授はストックの先で雪をつつきながら

 「大学に剥製を置くスペースを増やさないといけないな」


 そう言って、肩をすくめた。



 森が開けた。

 雪をかき分けて下っていくと、ぬかるんだ地面の先に、わずかに開けた川辺が広がっていた。

 冷たい霧の向こうに、水面がきらりと光る。川の流れは思いのほか静かで、そのくせ水音だけは妙に耳に残るほど澄んでいた。


 「……ん?」


 教授が足を止めた。俺もその背に倣って目を凝らす。

 次の瞬間、視界に映った光景に、俺は思わず声を詰まらせた。


 川のほとりに、鮭が跳ねている。

 数えて十匹ほど――川を遡上するには少し早い気がするが、たしかに、鮭だ。

 それだけならいい。いや、それだけならよかった。


 問題は、その川辺に――首の折れたヘラジカの死骸が転がっていて、

 さらにその上空で、ヒナタの髪の毛に吊られた熊が宙ぶらりんになっていたことだ。


 「……は?」


 「……ヒナタ君か」


 教授は帽子を押さえながらため息をついた。


 熊は、明らかに混乱していた。

 四肢をバタつかせながら空中で揺れ、低く唸っている。

 その巨体を支えているのは、ヒナタの頭から伸びた、黒くてしなやかな髪の束だった。


 髪は何本も束になり、熊の首と胴と両前脚を巧みに巻きつけている。

 まるで蜘蛛の糸のように張りつめながら、ヒナタの背後から風にたなびいていた。


 「こら、暴れんなってば。落ちたら危ないでしょ、君が」


 ヒナタはごく自然な口調でそう言い、髪をさらに一段巻き直す。


 「なあ教授……これって……目を疑ってもいいやつですよね?」


 「いや、むしろ目を逸らすべきだろう。こういうときは」


 「文化的な観点ですか」


 「文化的な観点です」


 熊が空中で諦めたように足をぷらんと下げ、低く唸る。

 ヒナタはようやくこちらに気づいた。


 「あ、来てたんだ! 偶然だね」


 「偶然にしては騒がしいわ!」


 「いやあ、ちょっとね。この子が横取りしようとしてさ」


 と、頭で下を指す。その先には、首の角度がおかしなヘラジカの死骸が転がっていた。


 「君が仕留めたのか、それ」


 「うん、たまたま通ったから」


 “たまたま”のスケールが森林生態系を破壊しそうな勢いだ。


 「ま、とりあえず。鮭、いい感じに来てるよ。

 たくさん獲れそうだから、君のぶんもあるよ」


 ヒナタは、まるで休日のピクニックのようににっこり笑った。

 その髪の先で、熊から鈍い音が鳴り、力を失った脚が吊られたままぶらんと揺れていた。

唸り声はもう聞こえなかった。


---


 森の中に火を起こすのは、それなりに苦労した。


 とはいえ、教授が持参した携帯式ストーブと圧縮薪のおかげで、思ったよりは早く湯が沸いた。ヒナタがいつの間にか手際よく石を積んで即席のかまどをつくっていて、俺たちはその隣に腰を下ろすことになった。


 熊は、川の対岸に転がされていた。

 「落ち着いたら返してあげるから」とヒナタは言っていたが、その“返す”の意味は、どうやら食材としての解体を含んでいたらしい。

 最後に見たとき、首の角度が明らかにおかしくなっていたのは、きっと気のせいではない。


 「それでヒナタ君、それは?」


 教授が指さしたのは、ヒナタの膝に乗せられたバスケットだった。

 中には、赤やオレンジ、茶色のキノコが数種類。斑点のあるもの、傘がぬめっているもの、地味で枯れ葉と見分けがつかないようなものも混じっている。


 「キノコ。こっちの森でもいいのが採れるね。柄が短くて、色が濃くて、虫が少ないのが当たりかな」


 「……ヒナタ、それ、ベニテングタケとドクツルタケと……あと、イヌセンボンタケだろ」


 「うん。どれも美味しそうだったから」


 「いや、ちょっと待て。どれも食べたらまずいっていうか、普通は死ぬぞ」


 ヒナタは少しだけ考える素振りを見せてから、あっさりと返した。


 「じゃあ全部僕が食べるよ。混ざるといけないから串焼きかな」


 「……お前なあ……」


 「うん、料理する前に確認しておいて良かった。危うく分けるの忘れるとこだった」


 そこに悪意はなかった。ただ、根本的に感覚が違うだけだった。

 ヒナタにとって“食べられるかどうか”は、毒性の有無ではなく「味の良さ」と「体に合うかどうか」で判断されるらしい。


 「毒って……いや、もういい……。とにかく、俺たちは一切手を出さないからな」


 「わかった。熊も分ける?」


 「分けない。ていうか分けたくない。というか、分ける前提で解体しないでくれ……」


 ヒナタは一瞬、目をぱちくりさせた。


  「……熊にも毒があったの?」


 「いやそうじゃなくて……そういう問題じゃないの……」

 熊――食材というより、野生そのものの象徴みたいな存在。

 俺にとってそれは、せいぜい博物館の剥製や新聞の狩猟記事で見るだけの“遠いもの”だった。

 それを目の前でバラして火にかけるなんて――正直、胃のあたりがざわざわする。


 「都会育ちだなあ」と言われれば、たぶんその通りだ。

 俺の育った町では、肉といえばパックに入ってラベルが貼られてるもので、命の形なんて想像もしなかった。

 ヘラジカも熊も、動物園の向こうか、テレビの中の存在だったのに。



 俺が額を押さえている間に、教授がすっと身を乗り出した。


 「熊肉ねぇ。実はアメリカでも地域によってはよく食べられているんだ。

 特にブラックベアなんかは、ラードや燻製用に好まれるし――ただし、トリヒナの心配があるから、火はしっかり通すこと。あと、脂が強くて部位によっては獣臭がすごい。調理には技術が要る肉だよ」


 「……じゃあ、なんでそんなに食べたそうなんですか教授」


 「そういう困難な食材だからこそ、文化的価値があるのさ。現地民俗の記録ってのは、こういう“扱いが難しいけど捨てがたい”ところに詰まっているからね」


 「文化人類学がだいぶ食道楽寄りに聞こえる……」


 ヒナタと教授が熊肉の部位の話で盛り上がっている横で、俺はそっと視線をずらした。

 倒れているヘラジカの方を見たくなかったからだ。


 すると案の定、ヒナタがふと思い出したように振り返る。


 「そういえば、さっきのヘラジカもあるけど……そっちは分ける?」


 「分けない!」


 即答だった。


 「そっちは特に分けないでください! というか、あれも解体するのか?」


 「うん。首が外れたから、あとは剥ぐだけだよ」


 「首が“外れた”じゃねえよ、外したんだろ……」


 教授は紅茶をすすりながら、ぼそりと補足した。


 「ムース――ヘラジカも州によっては狩猟が合法で、ハンターには通好みの獲物でね。

 肉質は赤身がちで少し硬いけど、旨味は濃い。丁寧に下処理して熟成させれば、ステーキでもシチューでも上等な味になる」


 「……教授、なんでそんなに詳しいんですか」


 「“知ってる”と“やる”は違うのさ。私は文化の研究者。食べるかどうかは別問題だよ。多分」


 「“多分”つけるのやめてください」 




 焚火の炎が落ち着き、薪が赤く燃えはじめる頃。

 ヒナタは地面にしゃがみ込み、足元の小枝を手に取った。


 「串が足りないな……ああ、いい感じのが落ちてる。これで何本か作れるよ」


 そう言ってナイフを取り出し、器用な手つきで枝の皮を削ぎ落としていく。先端を尖らせ、焦げ防止に炙り、即席の串を数本作り上げた。


 「まずは熊の肩肉から。脂が多いから、じっくり焼いた方が美味しいと思うんだよね。皮も使う?」


 「聞いてない聞いてない聞いてない」


 「じゃあ、僕が使うね」


 ヒナタは鮮やかな手つきで熊肉を薄く削ぎ、さっき拾ったイヌセンボンタケやベニテングタケのかけらを間に挟みながら串に刺していく。

 それを焚火の脇にくいっと立てかけ、炭の熱でじっくり火を通し始めた。


 その隣で、教授がポーチを開き、いそいそと調味料を取り出している。

 中には岩塩の瓶、黒胡椒の缶、そして束ねた乾燥セージ。


 「おお、良いね良いね。こういう脂の強い肉にはセージがよく合う。あとで擦り込ませていただこうか」


 「……教授、アウトドアに慣れすぎてません?」


 「いやいや。文化研究というのは味覚を通じて現地と通じ合うものでもあるのだよ。現場主義だよ、現場主義」


 一方の俺は、そんな二人と距離を置くように、鮭の切り身を丁寧に枝に刺していた。

 これだ。これが正解。皮が焼けて弾ける音も、香ばしい匂いも、人間としての安心感をくれる。熊でもヘラジカでもない、“店で売ってる魚”の味。


 ぱちぱちと、脂が音を立てる。


 「お、焼けた」


 ヒナタが最初の串を持ち上げる。

 焼けた熊肉の脂が香ばしく煙を上げ、毒々しい模様のキノコがふっくらと膨らんでいた。


 「串焼き、完成。……いただきます」


 ぱくり、と一口。


 「……うん、うまい。やっぱりキノコの香りが強いから、脂の風味がちゃんとまとまるんだ。筋張ってる部位だったけど、繊維の間に味が残ってて、これはこれで正解だね」


 教授が眼鏡を押し上げた。


 「うーん、君の味覚は人間に近いけれど、やはり……許容範囲が違いすぎる。いや、むしろ別種の文化体系だな……“おいしい”の定義が拡張されているというか……」


 「教授、食べます?」


 「いただこうか」


 「やめましょう! 教授!」


 「大丈夫。加熱していれば、だいたいは死なないから」


 「“だいたい”が怖いんですってば!」


 どうして俺の周りには、誰も止まらないやつばかりが集まるんだろうか。


---


 ヒナタは熊とキノコの串を見守りながら、もう一本の串をくるりと返した。

 それは、熊肉だけを刺した串焼きだった。毒キノコの色も斑点もなく、焦げ目がついて香ばしく焼けていた。


 「これは、君用に。教授の分と同じようにキノコ抜きにしておいたよ。食べられる部分だけ。……よかったら」


 俺は一瞬、答えに詰まった。


 ありがたい気遣いだったし、香りも正直うまそうだった。けれど――


 脳裏によぎったのは、ついさっきの光景だ。

 教授が興味津々に熊肉の串を受け取り、

 「塩とセージだけでこれとは……」などと感心しながら口に運び、

 ヒナタはその横で鮭と熊の焼き具合を交互に確認していた。


 そして俺は紅茶だけを啜っていた。


 このまま「いらない」と言っても、ヒナタはきっと気にしない。

 でも――ここまでして“分けてくれた”んだ。


 「……じゃあ、一口だけ。骨がなければ」


 そう言うと、ヒナタはにっこり笑って串を差し出した。


 焦げ目のついた熊肉は、想像よりもずっと柔らかく、脂がほんのり甘かった。

 肉の繊維がしっかりしているせいで嚙みごたえはあるが、臭みは意外なほど少ない。

 セージと塩の香りが効いていて、どこかジンギスカンに近いような、でももっと野性味があるような――


 「……あれ、うま……」


 気づけば、二口目をいきかけていた。慌てて串を引いた。


 「ほらね? 熊も案外いけるんだよ」


 ヒナタが嬉しそうに笑う。

 どこか誇らしげで、でも無理に押しつけるわけでもなく、ただ“分け合えてうれしい”という表情だった。


 ――その背中を、見なければ。


 焚火の灯りに照らされた彼の背中が視界に入る。

 ごく普通の後ろ姿――のはずだったのに、肩甲骨のあたりが、かすかにぬらりと動いた。


 まるで、魚の皮膚が水を弾くような。

 いや、海辺で見たイカの、ぬめるような質感の皮膜が、わずかに“浮いて”、また肌に吸いついたような。


 何かが、一瞬だけめくれかけて、すぐに元に戻った。

 火の影が、そう見えたのだと信じたい。


 「寒いね」とヒナタが言って、薪を一つくべる。

 ぱちりと爆ぜた火の光が彼を明るく照らす。


 ――何も見なかった。

 そう決めて、俺も串を少し持ち上げ、残った肉を小さくかじった。



 夜が明けた。

 森の温度が、ゆっくりと上がっていく。空気がやわらかく湿り、朝霧が川面に薄く立ちのぼっている。


 昨夜までいた獣たちの気配は、もうほとんど残っていなかった。

 焚火の灰が白くなり、枝にかけられた干し肉がわずかに揺れる。風が、まだ冬と春のあいだをさまよっている。


 「鮭、持って帰る?」


 ヒナタが手際よく削った広葉樹の樹皮に包んだ鮭の切り身を差し出してくる。

 昨夜の残りを、炙って保存用に仕上げたものらしい。


 「ありがたくもらっとく。教授の分もある?」


 「うん、荷物に入れておいたよ。教授、鮭の方もちゃんと味わってたからね」


 教授は、すでにノートを鞄にしまいながら起き上がっていた。目元にはまだ眠気が残っているのに、手元だけはしっかりしている。


 「いやあ、実に文化的に豊かな1日だったよ」


 三人で手短に片付けを済ませ、熊の骨と皮は穴を掘って埋められ、残った枝や焼き串も灰にしてから散らした。

 ヒナタは、埋めた地点の上に石を三つ並べて何かの印にしていたが、意味は聞かなかった。


 森の入り口までは、三人で並んで歩いた。


 途中、教授は別ルートで資料の調査があるとかで、地図を片手に分かれていった。

 「午後にはバスで戻るつもりだよ。途中で面白そうな物を拾ったらお土産にしようか」

 などと軽口を残して、ぬかるんだ獣道を一人で進んでいった。


 そして、川沿いの道を戻る俺とヒナタの二人。


 「また森、来たいな」


 ヒナタがぽつりとつぶやいた。


 「……また熊、相手すんの?」


 「今度は鹿にするよ。あ、あと渡り鳥もいいな。脂がのってるから」


 「どこまで本気で言ってるんだ?」


 笑い合いながら、舗装された小道が見えてきた。

 森を抜ける。足元に、春がやってきていた。

 雪はすでに影にしか残っておらず、枯葉の間から青い芽が顔を出している。


 この森で起きたことは、どこにも記録されない。

 けれど、俺の記憶には残った。


 夜の焚火。ヒナタの背中。熊肉の、意外な旨さ。

 そして、イカみたいにぬるりと動いたあの“背びれ”。


 人に話すようなことじゃない。でも、忘れることもない。



 数日後。アーカムの寮に戻った俺は、荷物の奥にしまっておいた包みを取り出した。

 削った広葉樹の樹皮で丁寧に包まれた中には、炙って軽く燻された鮭の切り身と、干されたままの一夜干し鮭が数枚。

 ヒナタは火から少し離れた木の枝を使って、器用に風通しの良い干場を作っていた。

 「鮭は干すと旨味が凝縮するんだよ」

 と、あの満足げな口ぶりが耳の奥に残る。


 その奥には、熊の干し肉もあった。

 脂を丁寧に削ぎ、筋を外したものを、ヒナタが部位ごとに折りたたんで小包にしてくれていた。

 火のそばで乾かしていた姿はさまになっていた。

 「これは保存用。炒めてもスープでもいけるよ」と、ごく自然な調子で言ってのけるのが、むしろ怖い。


 そして――


 見落としていた小瓶がひとつ。

 中には、うっすら橙色にきらめく粒。イクラだった。


 小さなラベルには、鉛筆で「塩だけ。しょっぱいよ」とだけ走り書きされている。


 思い出す。

 あの晩、内臓処理をしていたヒナタが、鮭の腹を開いて、

 「あ、筋子入ってた。イクラにしよう」と、何でもない顔で言っていた。

 教授から塩を借り、川辺で冷たい水を使いながら、手早く膜から卵をほぐしていたのを、焚火の光の中でぼんやりと見ていた。


 どうしても捨てたくなかったんだろう。鮭の“全部”を、使い切りたかったんだと思う。


 ふと、ラジオからニュースが流れた。


 > 「アーカム近郊の森で、春先にかけての野生動物による被害が例年よりも著しく減少――関係者によれば、『熊や鹿の行動パターンに不自然な変化が見られる』とのことです……」


 ラジオを消す。

 窓の外では春の雨が降り始めていた。冷たいはずの風が、なぜか湿った旨味のような匂いを連れてくる。


 熊。鹿。鮭。そして、干し肉と塩イクラ。


 今ここにあるのは、どれも“食べられるもの”として俺の目の前にある。

 けれどあの夜、森で焚火を囲んだときに感じた、あの背びれのようなもの――

 あれだけは、いまだに喉の奥で引っかかっている。


 ヒナタは、何者なんだろう。

 そう問いかけるには、あまりにも“日常”すぎる顔をして笑うから、俺は今日も聞かずにいる。


 俺は鮭を一切れだけ切り取り、瓶からイクラをひとさじ載せて、フライパンを温めた。


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