8. 森の奥へ行ってみました
「では、今日から魔獣と戦う実践を行っていきますわ」
「はい…」 『いきますわ』とか言われても…緊張感が失せる。
「そんな顔をしないで、ルイ。初めは小さな魔獣から戦っていきますからそんなに心配しなくても大丈夫ですよ。魔獣を倒した後の魔核は必ず拾ってくださいね。換金できますから」
ウェンティアは、私の緊張感がなくなった顔を見て、どうやら怖がっていると思ったようだ。お互いの微妙なズレにますます緊張感が遠くへ行ってしまった。
「あの、私はどうやって戦ったらいいの? 剣とか持ってないんだけど。あの金属バットを持って行った方がいいかな?」
「きんぞくばっと? あー、あそこに飾ってある棒ですか? 入口に置いてあるし、魔除けかおまじないの道具かと思っていましたが違いましたか」
「まぁあそこに置いてあるだけだから、そう思われてもしょうがないけど。あれは本来、球を打つものなんだけど、硬いからちょっとした武器になるんだよ。あれを持って行った方がいい?」
「何も持っていないよりは何か持っていた方がいいかもしれませんが。ルイは、魔獣とはいえ、獣をあの棒で叩いて殺すことはできますか?」
「え、そ、それは…どうかな。やったことがないから何とも言えないけど」
「ルイの場合は、直接叩いたり切ったりするより、魔法で遠隔に戦う方がいいと思うのです。ルイが持つなら、杖とかですわねぇ」
そうか、私は光属性で戦闘には向いていないから、持つとしたら杖なのか。そのあたりの木の棒を持っても意味ないかな。“オーブ” とかあるって言ってたから、魔力増幅の玉が付いた杖とかもあるんだろうか。
「じゃあ、必要ないかな」
「そう、ですわね…でも、小さな魔獣は弱いですが素早いです。突然目の前に現れたりすると魔法で対応できないこともありますから、一応持って行ってみてもいいかもしれませんね」
「魔法では対応できないか…、まぁ手ぶらもなんだし、心構えとして持って行ってみようかな」
洞穴にあるものはほとんど全部リュックに入れた。ホントに便利だな、マジックバッグ。このリュックさえあれば、遅くなって今日ここに帰ってこれなくても、別の場所でも同じような生活ができる。というか、わざわざここに戻ってこなくてもいいぐらいだ。
リュックを背負い、金属バットを片手に洞穴を出た。1時間ぐらいのところまでは行ったことがあるけど、それ以上は私にとっては未知の場所だ。不安と期待で足を進める。
魔獣と普通の獣との違いは、容姿では角があるかどうからしい。だからすぐにわかるそうだ。とにかく顔面から付きだす角があれば魔獣なので、その時は遠慮なく魔法を放つようにと言われた。こんな森の中では火の魔法は使えない。火属性以外を使ってとも言われたけど、ウェンティアと一緒に練習する機会が多い風の魔法が一番使いやすいんだよね。私の貧弱な魔法にウェンティアの持つ風の魔法の力もプラスされるとかなりの威力になるのだ。とはいえ、今回は実践練習だからいろいろ試してみよう。
『前方に3つの魔力を感知しました。この弱さではマッドラビットでしょうか。耳がいいので音に反応して素早く攻撃してきます』
『わかったわ。3体同時にくるのかな? そうなるとちょっとたいへんかも』
『マッドラビットは群れでは移動しません。3体別々のところにいますが、1体目が攻撃してくると音を聞いて他の2体も襲ってきますから1体やっつけたからと言って油断すると大変ですよ』
『了解』
契約した者たちは念話で会話することができるそうだ。魔獣に声が響かないように念話でウェンティアと話をする。これも実践の練習の一つだけど、便利とはいえ慣れるまでちょっと苦労しそう。言葉を思うだけって結構大変なんだ!
『来ます!』
言われた方向からすごい勢いで走ってくる物体がある。風魔法をえいっと放つ。
しゅぱん
カッターのように放たれた風魔法で、マッドラビットの体が2つになった。
うぇー、切れた後の様子はちょっと慣れるまで見られないな。
そう思っているうちに他の2体が向かってきた。持っていたバッドを離して両手で魔法を放つ。
しゅぱん しゅぱん
両手から放った風魔法でそれぞれ倒した。ふー、焦る。初めにウェンティアから教えてもらっていたから対処できたけど、自分一人では対応できないな。
「すごいわ、ルイ! 完璧ですわ。忘れずに魔核を回収しましょう」
「ウェンティアから3匹来るって教えてもらっていたからね、初戦にしては上手にできたかな! 魔核ってどうやって見つける…あれ、魔核しかない。倒した体はどこへ行ったの?」
魔獣を倒した場所に行ってみると魔核しか残っていなくて、本体がなかった。まぁ2つに分かれた体を見たくなかったからこちらとしては良かったけど。
「魔獣は、魔核を中心にして体に魔素を巡らしています。体を切られて魔素の供給ができなくなってしまった体は霧散してまた魔素に戻るのです。魔獣を倒した場所には魔核だけが残りますわ。強い魔獣ほど大きな魔核を持っていて、大きな魔核ほど値段も高くなるのは説明しなくてもわかりますわね」
「同じマッドラビットなのに魔核の色は様々だね。きれいだな」
「人の魔法の属性がいろいろあるように、魔獣もそれぞれ個々に属性があるようです。なぜか、魔獣には光属性が少なくて、白い魔核は貴重で他の属性より3割増しぐらいで売れますよ。それと、白い魔核よりもっと貴重な黒い魔核もあります。これは魔獣にしか持てない闇属性と言われています。この魔核は2倍、3倍など、大きさによって破格の値段になるそうですわ」
「そんな魔核もあるの? なんかギャンブルみたいだね。一攫千金を狙う人もいるんじゃない?」
「そうなんです。冒険者になる人は結構そういう、当ててみようっていう人が多いらしいです。もちろん危険も大きいですから命がけですけど、他の職業にはないロマンを求める人が多いですわね」
冒険者って自由な生き方を好む人が就く職業だと思っていたけど、それだけじゃないんだな。危険と背中合わせの職業だけど、一発逆転もあるから冒険者になりたい人が多いのもわかるなぁ。
私たちは休憩をはさみながら森の奥へ進んだ。他にもレッドフォックスや猫とライオンの中間ぐらいの大きさのマーブルリンクスなど、あまり群れをつくらない魔獣を倒していった。
「ちょっと止まってください。なんか、違う気配がします…」
「魔獣じゃないの?」
「いえ、魔獣ですけど薄いっていうか、でも小さいし弱っている感じもありますわね…」
「小さくて弱っているって、それ、瀕死の子供じゃない! 行ってみよう」
「ええ、でも気を付けてください。弱っている子供とはいえ魔獣なんですから」
ウェンティアにその弱弱しい気配をたどってもらい、私たちは森の奥へと進んで行った。
◇◆◇
ローモンド王国の王都にある陛下の住まい、リーガル城の一室。陛下とその娘と、文官が一人。そして少し離れたところに、書類に囲まれている宰相が聞き耳を立てていた。
「陛下、姫様、次の選ばれし者様が現れました!」
「何! やっと現れたか。まだあと二人、見つかっていないのだ。早く名乗り出て欲しいぞ」
「お父様、時間はまだまだあるのよ。今回見つかった方もこのお城へ来るのはもう少し先の話になります。必ず現れますから、ゆっくり待ちましょう」
「そう言われてもなぁ、心配なのだよ」
ローモンド王国は前回の結界を張ってから4年が経とうとしていた。まだ時間はあるものの、国を統べる者にとっては結界を張ってくれる選ばれし者が5人そろって、目の前に現れてくれるまでは安心できないのである。
今は3人の選ばれし者が現れている。そして今日、もう一人の選ばれし者が新たに見つかったという報告である。国王としては一日でも早く王宮に来て欲しいと願わずにはいられないのだ。
「新たな選ばれし者様は、これから魔力コントロールの指導を精霊から受け、それから王宮に来られるでしょう。ですので私どもは最後の、5人目の選ばれし者様の占いに専念致します」
「そうだな。4人目の選ばれし者に関しては、我々はあとは王宮に来るのを待つだけだ。結界対策庁は5人目の捜索へと移行してくれ」
「これから魔力コントロールの練習となると、王宮に来られるのは半月、いえ、道のりを考えるとひと月後位でしょうか。本格的な冬が始まる前には会えるかしら」
そう話す3人は、すぐにでも新しい選ばれし者に会えると信じていた。
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