4. マジックバッグ
ひとしきり泣いて、お腹も少し満たされて、だいぶ気持ちが落ち着いた。今は残っていたクッキーを1枚ずつウェンティアと分け合って食べている。ウェンティアは『こんなにおいしいクッキーは食べたことがない』と大満足そう。
腕時計を見ると夕方の6時半。予定だと今頃は電車に乗って家に帰っているころだ。あー、今日の山登りから帰ったら食べようと思っていた、ちょっと奮発して買ったコンビニのプリン。あれ、食べられないのか…地味にショックだな。
そんなことを思っていると腕にまとわりつく何か…と思ったら、ウェンティアが腕時計をいじっていた。
「これ、これ、動いていますわよ! これは何ですの?」
「これ? これは腕時計だよ。今の時間がわかる…」
今の時刻だと思って見ていたけど、この時間って前の世界の時間なんだよね。こっちの景色と同じ時間の移り変わりだから、何も考えずに確認したけど。明日の朝になったら時間がずれているのかな。
「こんなに小さいもので今の時間がわかるんですか?! 不思議だけどすごいですわ! ルイの持っている物はすべて知らないものだらけですね。やはりルイはこの世界の人ではないのですね」
「そうね。私は精霊のあなたを見ているだけで違う世界に来てしまったと思えるけど、私はウェンティアから見たら普通の人間に見えるの?」
「はい、この世界の人と変わりありませんわ。黒髪を持つ人は珍しいですけど全くいないわけではないし。うーん、見た目だけでは全然わかりませんね」
こっちの世界がどんな風なのかはわからない。だってまだこの森の中のことしか知らないし。でも魔法が使えるみたいだし、精霊もいるし、よくあるファンタジー物の世界と思っていていいのかな。
「ねぇ、ルイは何か聞きたいことはありませんか?」
「え、聞きたいことはたくさんあり過ぎるけど、それを聞いていると眠れなくなりそう。そうね…ウェンティアはさっき、私と同じものを食べたけど、いつもはどんなものを食べているの?」
「私ですか? 私は普通、漂っている魔素を体に取り込んでいます。でも結界の中では魔素はそんなにたくさんあるわけではないので、木の実とか花とか草とかも食べていますね。でも人の食べるものも同じように食べられます。これからはルイの魔力を体に取り込めますから、本当は何も食べなくても問題はないのですが、さっき頂いたクッキーのように美味しいものが食べられるのなら、少し分けてもらえるととっても、とっても嬉しいですわ!」
「精霊は契約した人の魔力を取り込むんだ」
「そうです。魔力コントロールを教える代わりと言っては何ですが、私たち精霊はその方から魔力を頂きます。ルイは魔力が多いので、私も力を存分に発揮できます」
なぜ精霊が国のために力を貸してくれるのかわからなかったけど、国のためというよりは、自分たちに魔力をもらうためっていうことね。お互いにメリットがあることに納得がいった。
「あと、その…気になっていたんだけど、そのお嬢様チックな話し方は精霊特有のものなの?」
「え、話し方? この話し方は今回、私はお嬢様を意識していますの。ウフフ。精霊はもともと姿のない、ぼわーっとした淡い光なのです。でもそれではわかりにくいし個性もないので、自分で考えたものに姿を変えることができるのです。他の精霊たちも気に入ったものになっていますよ」
「今回は、っていうことは今までも誰かと契約していたの?」
「ええ、私はルイが3人目ですね」
「その契約って、結界を張り終わったら終わりなの?」
「いいえ、精霊の方が寿命が長いので、選ばれた方の一生が終わるまで一緒にいます」
「じゃあ、私もずっと一緒にいてくれるの?」
「もちろんですわ。ルイが生きている間はずっと一緒にいますわ」
両親が亡くなってからは、一人というわけではなかったけれど気持ちは一人だった。それなのにこれから先、ずっと一緒にいてくれる人がいるなんて。たとえそれが精霊だとしてもそう言ってくれる存在があるのはなんとなく嬉しいと思ってしまう。
「では、これからよろしくお願いします。その話し方にも慣れなくちゃね!」
「まぁ、この話し方、変ですか? 自分ではとても気に入っているのですが…。ぜひ慣れてください。改めて、よろしくお願いしますね、ルイ!」
初めは契約なんてどうしようかと思ったけど、こんなところに一人放り出されて生きていけるのかもわからない。そう思えばこの精霊と出会えたのはラッキーだったのかもしれない。ウェンティアと出会ってからまだ半日しか経ってないのに、この精霊を信用している自分が変だと思っている気持ちも反面あるけど。
「今日からこの洞穴で寝泊まりしましょう。私はいつも葉っぱを敷いて寝ていますけど、ルイはどうします? この辺りに寝てもらってもいいですか?」
「ここに?! あー、野宿か! ですよね~」
全然思い付かなかった! そうだ、ここで野宿しないといけないんだ。こんなことなら寝袋もリュックに入れておくんだった。まぁそんなこと、朝は思いもしなかったけど。
と思ったら、リュックから “ぽさっ” と音がした。思わず肩がビクッとした。
「今の音は何かしら? ルイのバッグからしたみたいだけど…」
「そ、そうね、そういえばこのリュックのことも聞きたかったんだ」
私は恐る恐るリュックに近づいて中を覗き込んだ。中にはなんと、寝袋が入っていた。
「あれ~、寝袋だ! え、どうして? どうしてここにあるの?」
確かに寝袋は今日は持ってきてなかったはずだ。なのにここに入っている…もしかして!
今度は絶対持ってくるはずはないだろう、フライパンを思い浮かべながらリュックに手を入れた。
“すぱっ”
フライパンの取ってらしきものが手に触った。持ち上げてみると、確かに家で使っているフライパンだった。
「うわ~、このリュック、私の家ともつながっているんだ!」
「どうしたんですの? 何か入っていたの?」
「大丈夫よ。ねぇ、こっちの世界にも “アイテムボックス” ってあるのかな?」
「 “アイテムボックス” ? とは何ですの?」
「その言葉がわからないか…えーと、ちょっとこのリュックの中を見て!」
暗く、渦を巻いているリュックの中をウェンティアに見せた。
「これは! マジックバッグですわね。凄いですわ、私も久しぶりに見ました!」
「ウェンティアが久しぶり、ということは、あるけど稀なものってことだね」
「そうですわ、大成功した商人か、大成功した冒険者か、あるいは皇族か、という人たちのさらに一部しか持てないような希少な物ですわね。本当にルイは珍しい物ばかり持っていますわ」
そうなのね、じゃあ、あまり人には見せない方がいい物ってことか。いずれは街に行くだろうから、人に会う時は気を付けないと。
でも、家と繋がっているのはすごくありがたい。明日の朝ごはんもどうしようか困っていたから。家のものが手に取れるということは1ヶ月くらいは食べ物は大丈夫そうかなぁ。今日から野宿だって言ってたけど、家のものが使えるなら生活していくには何とかなりかも。そう思うとかなりホッとした。
試してみたけど、リュックから取り出せるものは大丈夫みたい。ファスナーが脇から開くタイプだからかなり大きく開くけど、さすがに机とか椅子とかは取り出せなかった。折り畳み自転車が何とかがんばって出せたのが最大かな。
寝床を作るのに、まずはエアマットを出して空気を入れて大きくする。これで硬くて眠れないことはないだろう。次に寝袋を敷いて、家で使っている枕も出した。枕が変わると眠れないタイプではないけれど気持ち的にね。あと、護身用に買った金属バッドも出してみた。役に立つか、というか私が使えるかどうかわからないけど、これも気持ち的にね。
そして、ウェンティアにはタオルを敷いてあげた。葉っぱよりはいいだろう。これを使ってと言ってあげたら、こんなフカフカな布は初めてだと本当に喜んでいたので、こちらの方がこんなタオルで恐縮だった。そのうち余裕ができたらいろいろ揃えてあげよう。ちょっとドールハウスっぽくできるかも。
寝床も整えて、歯を磨こうと外に出た。夜だというのに結構明るい気がした。森の中だから真っ暗なんだけど、淡い光が差し込んで周りの景色が見渡せる。空を見上げると…
「あ”~ ゲフッゲフッ」
なんと、空には2つの月が輝いていた!
口をゆすいで、ウェンティアを呼ぶ。
「ねぇ、ねぇ、月が2つあるよ、どういうこと?」
「え? 2つあるのは普通ですわよ? ツキって何ですの? あれはポーラとエラよ。あら~すばらしいですわ! 今日は2つ並んで、それも真ん丸に輝いていますね! 吉兆ですよ」
こっちの世界には月が2つもあるんだ…少し前に落ち着いたと思ったばかりだけど、やっぱりここは紛れもない異世界だということを思い知らされた。
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