3. 選ばれし者
風の精霊、ウェンティアは、地面にうつぶせになって何かを考えているようだった。
そのうち手足をバタバタとしたかと思うと、仰向けになり “大” の字になって目を瞑っていた。しばらく経ってぱっと目を開いたかと思うと、むくっと起き上がって仁王立ちになった。
「いいわ、全部受け止めてあげるわ! そうよ、もう契約しちゃったんだもの。しょうがないじゃない。それに悪いことなんて一つもないのよ。スゴいことだらけで私の想像の域を超えてしまっただけですから。だから私が受け入れればいいことなのよ!」
私に対して言っているというよりは、自分自身に言い聞かせているという様子だ。彼女の慌てぶりが手に取るようにわかる。スゴイ勢いでしゃべっているけど、小さいので可愛らしく思ってしまう。それにしても契約した途端、私の個人情報がウェンティアにもわかってしまうのがちょっと怖い。
「あの…ウェンティア?」
「ルイは、この世界の人ではなかったのね。だから何も知らないんだわ。ようやくわかりました。これは説明しがいがあるってものね。でも、どうやってここに来たのかしら?」
「それが…起きたらここにいて…」
私は自分の身に起こったことを簡単に話した。気が付いたらここで寝ていて、どうやってここまで来たのか全然わからないことを伝えた。
「そうなの…でも私も他の世界の人っていうのは初めて見たわ。だからあなたを帰す方法とかわからない。それに帰って欲しくないわ」
「どうして?」
「私たち精霊が契約する人は “選ばれし者” と呼ばれていて…あなたには、他に選ばれた4人と一緒に、この国に結界を張って欲しいの」
そして、ウェンティアの長い話が始まった。
この世界の中心には “イニティラウム” という孤島があり、そこにある “コロルニゲル” と呼ばれる山々から魔素が噴出しているという。魔素は世界を覆いつくしていて、いろいろなことに影響を及ぼす。魔素が人体に溜まると、弱ってしまい病気になりやすく、そのうち動くことができなくなり死に至るという。
獣の場合はまた別だ。獣には二種類あり、普通の獣と、もう一つは体の中に魔核を持っているものがいる。普通の獣は人と同じような影響を受けるが、魔核を持っている獣は “魔獣” と呼ばれ、反対に魔素を魔核に取り込んでいき狂暴化、かつ巨大化していく。
国ごとに結界を張って魔素の影響を受けないようにするが、結界は永久的なモノではなく年月とともに薄れてしまう。一定の期間ごとに結界を張りなおす必要があるのだ。
また、国と国の境にはそれぞれ大森林が広がっている。その部分は結界が張られていないところで、魔獣の宝庫である。魔獣を倒すと魔核を落とす。魔核は魔道具を使うためには必要なエネルギー源であり、魔核を持つ魔獣もまた必要なモノなのだ。
そして話は元に戻るが、どうやら私はその “選ばれし者” の一人になり、この国の結界を張るために他の人たちと力を合わせてこの国を守って欲しいということらしい。
「そ、そんなこと聞いてないよ…」
「ええ、私もまさかあなたがこの世界の人ではないとは思わなかったから、当然この世界の仕組みはわかっていると思って話さなかったのは悪かったけど…」
だます方もそうとは知らずに結果的にだましてしまった、というような詐欺にあった感じだ。精霊と契約するということは国を守る人に選ばれるということであり、この世界では常識なのだろう。その常識が通用しないのが私であり、そんなことはウェンティアにもわからなかったというのも当然な話なんだけど、納得がいかなかった。
「私は、この国の人間でもないし、ここがどこかもわからないし、まずその守ろうとする国の名前すらも知らないのに、私はその国のために結界とやらを張らなくちゃいけないの?」
「ルイ…ごめんなさい」
ウェンティアが、本当にすまなそうな顔をしてしょぼくれている。ウェンティアを悪く思うのは筋違いだと思うのはわかるけど、わかっているけど! この心のモヤモヤがなくなるまでは素直に “はい” と答えることはできない気がした。
「はー、でも、もう契約して選ばれちゃったんだからどうしても結界を張る一人にならなくちゃいけないんだよね…納得するまでに時間をください」
「! ええ、時間はたっぷりあるからゆっくり考えて欲しいわ。私もあなたがその気になってくれるように協力するし。どんなことでも聞いてね。ちゃんと答えるから」
「とりあえず、ありがとう、かな。会えた精霊がウェンティアでよかったよ。いろいろ聞きたいことはあるけど、でも今日は疲れちゃったから明日から始めるということでいいかな?」
「そうしましょう。もう歩けるかしら? この少し先に洞穴っていうのかしら、窪んだところがあるから、今日はそこで休みましょう」
立ち上がっても気持ち悪さはもうなかったのでウェンティアに大丈夫だと伝えた。地面に転がっていたリュックを背負った。薪を拾った方がいいと言われ、拾いながらウェンティアについて行く。
しばらく歩くと、山肌にぽっかりと穴の開いた場所があった。動物の住処って感じだけど、それでも雨や風は防いでくれそうだ。
囲まれた空間に座ると人心地が着いた。リュックからペットボトルを取り出して一口飲むと、空腹だったことに気が付いた。でもその前に、じっとこちらを見る目が気になる…
「あの…あなたも飲む?」
「え、いいの? とても不思議な入れ物だけどその中には飲み物が入っているの?」
そうか、こっちの世界にはペットボトルはないんだね。ウェンティアが飲めるようなコップがない…私が口飲みしちゃってるけど、気にしないで欲しい。
私はペットボトルのキャップに少し注いでウェンティアに差し出した。
「どうぞ、飲んでみて。お口に合えばいいんだけど」
「ありがとう」
そう言ってウェンティアは飲み干した。
「これはお茶? ちょっと苦いけど、後味がすっきりして美味しいわね」
「そう、これは緑茶と言って、ほら、緑色をしているでしょ? お茶は全般的に好きだけど、やっぱり緑茶を一番飲んでるかな」
ペットボトルをかざして見せる。まだ色が見えるけどそろそろ日も暮れそうだった。拾ってきた薪に火をつけようと思い『マッチはリュックに入れたかな』と考えながら手を入れるとスパッと手の中に入ってきたので取り出してみるとマッチだったのでほっとした。私、準備いいじゃん!
マッチに火をつけて薪にかざす。私は火をつけるのが下手なので、4,5本マッチを使ってやっと薪に火が付き始めた。
「ねえ、さっきあなた、魔法が使えないって言ったのにどうして火が着くの?」
「これは魔法じゃないよ。マッチと言って、火を起こす道具だね」
ウェンティアは、初めて見るのか、マッチ箱に興味津々だ。マッチ箱と戯れる精霊の女の子なんて、ちょっとシュールだ。
空腹だったことに気が付くと、途端に何かを食べたくなってきた。お昼用に作ってきたサンドイッチはまだ食べられるかなぁ? でもそれしか食べるものは持ってないからしょうがない、取り出してみよう。サンドイッチを思い浮かべながらリュックに手を入れると、サンドイッチの入った包みが手の中に入ってきた。
「んん? なぜか冷たい…」
取り出して包みを開くと、ごろんと保冷剤が倒れた。おお、保冷剤がまだ冷たい! こ、これはよくある、アイテムボックスの空間は時間が止まっているというヤツか!
サンドイッチは変な臭いもなく食べれそうだ。これしかないから食べちゃおう。と、やっぱりじっとこちらを見る目が気になる。まぁそうだよね。私だけ食べるなんてそれはないか!
「これはお昼用に作ってきたサンドイッチだけど、食べてみる?」
「え、いいのですか! できれば少しいただきたいです…」
申し訳なさそうにもじもじしているウェンティアもめちゃ可愛い。ツナときゅうりのマヨ和えのサンドイッチを少しちぎって、ティッシュに乗せて、サンドイッチを包んできたランチクロスを敷いたところに置いた。
「いただきます」
「??いただきます?」
なぜかつられて言っているウェンティアをやっぱり可愛いと思いながら、サンドイッチをほおばる。空腹に染み渡る美味しさと、これを作っていた今朝はまさかこんなことが起ころうとは思いもよらなかっただろうなという気持ちで涙が出てきた。
「ど、どうしたんですか? どこか痛みますか?」
「うん、ちょっと心が痛むかな」
「心、ですか…それは私には治せませんが、ルイのそばにいますから」
座っている私の腿に乗ってきたウェンティアのかすかな温もりが優しかった。私は泣きながらサンドイッチをほおばった。
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