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穴から落ちたソコは異世界でした  作者: 森都 めい
第1章 森の中で
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10. ミカヅキ


 朝、顔にフガフガとかかる鼻息で目が覚めた。薄目を開けるとクリクリっとしたオレンジ色の瞳が目に入った。それと同時にペロンと私のほっぺをなめられた。なめた方は “してやったり” という満足げな顔だ。ちょっと混乱してこの状況に頭が追い付かない。

 ゆっくり体を起こして頭を抱えた。


「あなた、もしかしてミカヅキなの? 昨日は目も開けなかったし、ずっと寝ていたじゃない…。元気になったのかな? そんな可愛い目だったんだ…魔獣っていうからどんな狂暴な顔をしているのかと思った…」

 寝起きのぼやーっとした頭で、ブツブツと独り言ちてしまった。当の本人は『何言ってんのかな』という顔をして首をかしげ、くぅ~んと鳴いている。悔しいが可愛い。


「おはよう、ルイ。良く眠っていましたわね」

「おはよう、ウェンティア。こんな場所なのにすっかり熟睡してしまったよ。私ってかなり図太い神経なのかな。ははは」

「昨日はしょうがないと思うわ。慣れない道無き道を歩いて、魔獣とも戦ったし。それに契約と治癒でも魔力を使ったから疲れていたのよ」

「そう言ってくれると少し報われる。ありがと! ミカヅキってこんなに可愛い顔をしていたんだね。ちょっとびっくりしちゃった」

「その子ですか? まだ子供ですからね。もう少し大きくなるとブラックウルフっぽくなってくるかもしれませんね」


 自分のことを言われているのがわかるのか、ミカヅキがこっちをじっと見ている。ウェンティアの方にも視線が行くので、どうやらウェンティアも見えているらしい。


「おはよう、ミカヅキ」

「ウォフ!」『おはよう』


 んん? 今頭の中に言葉が響いたような…


「あれ?! ミカヅキって話せるの?」

「えぇ、契約したので念話で会話が可能ですわ」

「へ~、すごいな! 話ができるんだ! じゃあ改めて。私はルイだよ。この精霊はウェンティア。そしてあなたの名前はミカヅキだよ」

『僕はミカヅキ! えーと、ルイとウェンティア!』


 ミカヅキはウォフウォフと鳴いているだけだが、ちゃんと頭の中には言葉が響いてくるから念話になっている。嬉しいのか、ぴょんぴょん飛び跳ねている。その行動は無駄な体力を使っているとしか思えないが、まぁ本人が良ければやりたいようにさせておこう。

 朝ごはんは、ここに来る前に焼いておいたパン。前の世界の家に強力粉があったので焼いてみた。1週間分くらいの量をマジックバッグに入れてある。以前、一人キャンプでやってみようと道具も買っておいたのがこんなところで役に立つとは…! そのパンを3人で分ける。


 食べているときにミカヅキを鑑定してみた。今は4カ月ぐらい。げっ、レベル4の火属性だって。かなり高いじゃない? ウェンティアに聞いてみると、やはり魔獣の中でも高いレベルらしい。ブラックウルフは単体ではレベル2強ぐらい。群れで襲って来るのでレベル3ほどになる。混血がプラスに向いてレベルが高くなったのではないかと言っていた。それ以外にも従魔になり、私の力も少し影響しているんじゃないかと…。とにかくレベル5の人間なんて初めてだから未知なことが多いのよ、とちょっと投げやりで言われたけど。


 ミカヅキは、昨日は丸まっていたから黒い塊にしか見えなかったけど、よく見ると白い毛も混じっていて日が当たるところでは少し濃い目の赤褐色に見える。顔の額にある小さな角は白い。その周りの毛が黒っぽいので角が目立つ。鼻筋にかけて茶色い毛も混じり、鼻の周りは白っぽい。オレンジ色の目がまだ子供のあどけなさを含んでいる。牙も特に大きくなっている様子もないし、大きさもまだ柴犬くらいで、ちょっと角の生えた犬みたいだ。まだまだ子供で好奇心旺盛な感じ。


「今日もこの森を探索してみましょう。ミカヅキも加わったことですし、魔獣に出会ったらどうするか、ですけど」

『僕も戦ってもいいの?』 嬉しいのか、しっぽを振っている。可愛い…

「ルイも私も魔法で戦うので、ミカヅキには魔獣に向かって行って戦ってほしいですね。理想はミカヅキが主戦力で、私たちが魔法でサポートする、というところでしょうか」

「一番小さい子に主戦力をやらせるなんて…ごめんね、ミカヅキ」

『僕、戦うよ!』 さらにしっぽの振りが大きくなった。可愛い…

「この森は、そんなに強い魔獣はいないので、今日のところはミカヅキがやりたいようにやってもらって、私たちがどれだけサポートできるか確認していきましょう」



 話がまとまり、支度を整えて森の奥へと進む。魔力探知ができるのか、小さな魔獣はミカヅキがどんどん倒してくれる。途中で遭遇したレッドボアは、私とウェンティアの魔法で足を狙って動きを止めてからミカヅキが向かって行く。そのあとは私たちの魔法でも弱らせて、ミカヅキがとどめを刺す、という感じで倒すことができた。

 ミカヅキの攻撃は、噛んだり前足の爪で引っかいたり。爪には火属性をまとわりつかせているので、より深いダメージが与えられる。大きくなって足腰が強くなったら蹴りもいい攻撃になるだろう。将来が楽しみだけど、可愛らしさも残っていて欲しい。


『ねぇ、戻ってきてって言われたらすぐに来るから、僕、いろいろ見ながら行ってもいい?』

「え、一人で走り回るってこと?」

『そう、そうだよ。僕、もっといろいろ見たいな。あと、小さい魔獣はどんどん倒してもいい?』

 ウェンティアの方を見るとうなづいたから、私も了解した。

「でも、怪我をしたらすぐに戻ってきてね。治してあげられるから」

『うん、わかった!』


 お昼休憩の時にミカヅキが何を話しだすかと思ったら、どうやら私とちまちま歩いているのはつまらなかったみたいだ。歩きなれない森の中なのでどうしても私の進み方はゆっくりになってしまう。念話もできるし、先ほどの攻撃なら大丈夫だろう。


「子供って、体力が有り余ってますからね。一緒について行くとこっちがばててしまいます。ある程度は好きにさせてもいいと思いますわ」

「そうだね、大きな魔獣がいればちゃんと教えてくれるし、魔核も回収してくれるし、小さいのに頼りがいがあるよ。ミカヅキ、いい子だな!」


 そんなミカヅキは、小枝をかじっている。図鑑で、犬の歯は4カ月ぐらいから生え変わり、その時かゆくなるのかいろいろな物をかじりたがるので、何かかじるものを与えた方がいいと書いてあったのを思い出す。かじるのが楽しいのか、ゆらゆらとしっぽをゆらし、鼻歌でもしていそうな感じだ。



 その日の夜はミカヅキが見つけた木の根元の洞で過ごした。3人一緒に寄り添って眠る。木々の葉の間から、今日ははんぶんのポーラの星が夜空に浮かんでいた。昨日と違って黄金の淡い光の中に薄っすらと周りの景色が見える。冷たさを含んできた夜の空気は澄んでいて、暗闇の怖さより幻想的な雰囲気に見とれて気持ちが和らぐ。




 次の日から3人で戦う練習を重ねていった。小さな魔獣ならミカヅキがどんどん倒してくれるので、私はその間は薬草採取に精を出した。

 1週間ほどたったある日、ウェンティアが今後について話をした。


「これから先の奥の森は結界の端にあたります。森の木々も様子が変わり、どんどん大型で強い魔獣が増えていきます。私たちはそこまでは行かずに、今日はお昼まで探索したらそのあとは帰りましょう」

「帰るのはあの洞穴にまた戻るってこと?」

「ルイは、あの洞穴にまた行きたいですか?」

「それでもいいけど、置いてあるものもないし、特にあの洞穴にこだわることもないよ」

「では、そろそろ寒くなってきましたし、街の方へ行きましょう」

「そうだね、野宿はそろそろ寒いかな。ミカヅキもいるからちょっと暖かくなったけど」

『僕もルイと一緒に寝るの、好きだよ!』


 今日も森の中を進む。私の森歩きも慣れてきてペースも前よりは早くなったと思う。森の奥へと進んでいるせいか大型の魔獣に遭遇する確率が高くなってきているけど、3人の連携もうまくかみ合ってきたようで難なく倒せている。でも結構戦ってる気がするけど、森の奥ってこんなに魔獣がいるの?!


「おかしいですわね…この辺りではまだ、これほど大型の魔獣は現れたりはしないんですが…」

「やっぱり多いんだ。森の奥はこんなに大型の魔獣に出会うものなんだと思っていたけど、違うのね。どうしてだろう? 結界が弱くなってるの?」

「いえ、この辺りはまだちゃんと結界は張られていますわ」


 ウェンティアと話をしていると、前を走っていたミカヅキが戻ってきた。

『この向こうに嫌な感じがあったよ。僕、ちょっとだけ怖くなっちゃって、行きたくなくて戻ってきたけど、あれって何?』



 ミカヅキの言葉で、私たちの足が止まった。



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