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7. やはり、バレてた


 夕方の秋風は、冷たい。ローブのフードを被っていても、少し寒気を覚えたマナは、無意識に自分で自分の二の腕をさすった。

 そのようなマナの仕草を見たメルギウスは、少し早口で切り出す。

 

「早速、打ち合わせだけど。もしマナが()()()()を知られたくないのなら、僕が前衛になろう」

「良いのですか」

「もちろん。あとね、レンゼンは、口が堅い。僕の命令は絶対だ。不測の事態に備えて、情報共有しておくべきだと思うのだけど、どうだろうか」


 当然、マナは躊躇う。闇の精霊ヘラとの契約を打ち明けるということは、自分の目的を暴露するのと同義だと思われたからだ。

 

「無理にとは、言わない。()()()()()()

「メル……その言い方は、まるで」

「マナ。君も口は堅いよね?」


 頷きかけたマナの背筋に、ぞわりと強烈な寒気が走った。秋風のせいではない。腕どころか、全身の肌が粟立つ。何かが、近くにいる。何者かは分からないが、怖気が止まらないぐらいに強いのだけは、確かだ。

 その証拠に、耳元でヘラが『まさか……冗談じゃないわよ!』と焦っている。

 

「なぜ僕には分かったのか。君にも分かるよ」

「わたしにも、分かる……」


 ゾワゾワと恐怖が足から立ち上り、マナの水色の髪を逆立てさせる。マナではない、おそらくヘラの恐怖心だ。


()が、ぜひ君に挨拶したいって」

 

 メルギウスの目は、真っ直ぐにマナを見つめている。一方レンゼンは、静かに頭を下げた。騎士にとって無防備に頭を下げることは、相手への最大限の敬意を表す。

 その敬意の対象は――


『やあ。はじめまして』


 肩まで伸ばされた漆黒の髪に、真っ赤な虹彩。華奢でマナと変わらないぐらいの背丈で、真っ白なローブに身を包んだ男性だ。

 ベンチの前に姿を現した彼は、動く度に周囲にキラキラと黄金のオーラを放つ。明らかに人ではない。が、マナはその存在を認識することができた。


「精霊……?」

『うん。余は、精霊王オベロン。よろしくね』

「っ‼︎」

 

 その名前を聞くや否や、マナは急いで地面に両膝を突き、フードを背後に落として顔を露わにしてから、首を捧げるようにして伏せた。

 

「精霊王、オベロン……! っ様。ご、ご拝謁の機会を賜り、大変光栄にございます。マナと申します」


 精霊王というのは、知識としてしか知らない、伝説の存在である。精霊『王』というからには、すべての精霊を統べる存在だ。そして間違いなく、メルギウスと契約している。その証が、頭の周囲に光のサークレットとして現れている。


『挨拶は、受け取った。メルの友人として認めよう、マナ。さあ、立って?』


 恐る恐る頭を上げると、にっこり微笑むオベロンと目が合い、すぐにその姿はかき消えた。儚い光だけが、その場所をキラキラと彩っている。

 マナはその光を確かめるように手を伸ばしながら立ち上がった。手に温かい感触が触れ、強い魔力の残滓(ざんし)だと分かる。

 

「そうか……! だから、暗殺を目論ん……あっ」


 独りごちたマナが、しまったという顔でメルギウスを振り返ると、面白そうに見上げている。

 

「うん、きっと勘づかれたんだ。ジラルダの『魔性』に」

「魔性? あー……確かに。全然年取らないし、我が母ながら気持ち悪」

「えっ⁉︎」

「げっ」


 またも、失言である。


「てことは、マナって皇女なの?」

「いやーそのーえー」


 ちろりとレンゼンを振り返ると、驚きに目を見開きつつ、口を引き絞っている。口角が気の毒なぐらいプルプル震えていた。

 

「レンゼンのことなら安心して。僕に害が及ばない限り、口も手も出すなって言ってある」

 

 マナはすでに、降参の思いだ。

 メルギウスが伝説の精霊王との契約者ならば、何をどうやっても勝てる相手ではない。例え魔法使いの素質がなくても、誰もが逃げ出す事実である。


「わたしは……正確には、皇女ではありません。あくまで公妾の娘というだけなので、身分はありません。政治利用されるために、便宜上皇女と呼ばれているだけです」

「なるほど。確か皇国は、一夫一妻制だったね」

「はい。天の御使の血筋であらせられる皇帝陛下が、不義を働いてはなりませんから」


 少し離れた場所に立っているレンゼンの口から、ふぐぐと声がする。何か言いたいのを我慢しているのだろう。気の毒に思いつつ、マナはメルギウスとの話を続けることにする。先ほどまでのことで、一気に脱力したからだ。ベンチに背中を投げ出すようにして再び腰掛けると、メルギウスの目線と合った。

 

「あーあ。ずるいなあ」


 肩の力が抜けたマナは、もうどうにでもなれの精神で言葉を吐き出す。

 

「え⁉︎」

「だって。あんなの見せられたら、降参するしかないもん」

「えー? あー、そっか……いやほら、一緒だー! って思ったら、我慢できなくって。ほんとに、それだけだよ?」

「はあ」

「それに。こんな時になんだけど、フードかぶってないマナが見られて嬉しいし」

「はあ?」

「いっつも顔隠してるじゃないか。水色の髪の毛、もっと見てみたいと思ってたし。目の色、緑なんだ。綺麗だね」

「……いやその、それはそうだけど。捕縛とか、しない感じ?」


 メルギウスが、すぐ隣でキョトンとした。


「捕縛? なんで?」

「なんでって。さっき、暗殺って」

「僕、別に何もされてないし」


 今度は、マナがキョトンとした。


「ええ……?」

 

 レンゼンとメルギウスを交互に見てみるが、二人とも動く気配はない。


「はあ。もう、降参」

「え⁉︎」

「ヘラ! 挨拶!」


 半ば投げやりで闇の精霊を呼ぶと、渋々その姿を現した。

 黒くて長い髪に、濡れたような黒い目は切れ長で、まつ毛がびっしり。口元は紅を引いたように鮮やかで、露出度の高い衣装が豊満な胸とくびれた腰を露わにしている。

 

『んもぅ、まさかオベロン様がいらっしゃるだなんて』

「はは。初めてオベロン以外の精霊を見たよ。よろしくね、ヘラ」

『……オベロン様の契約者であらせられるメルギウス様。光栄にございます。いつでもこの身、ご利用くださいませ』


 ヘラの艶やかなカーテシーにメルギウスは頷きを返し、レンゼンが目を奪われている一方、マナは冷たい目をしている。

 

「嬉しいよ。ありがとう」

「ちょっとヘラ? 仮契約とはいえ、わたし、そんな丁寧な挨拶されたことない」

『あら、そうだったかしら。今度してあげるわ。今日はびっくりして疲れちゃったから、またね〜』


 じわりと黒い霧が発生したかと思うと、ヘラもまたすぐに姿を消した。精霊たちは、あまり現世に姿を現したがらない。いたずらに人間の目に映りたくないのだそうだ。


「全く勝手なんだから。えーと、というわけで。改めまして……わたしはジラルダ皇国公妾の娘で、闇の精霊ヘラと共に送り込まれた、暗殺者です」

「うん。それで、後衛でいい?」

 

 あっさり頷くメルギウスの態度に、思わずずるり、とマナがベンチから滑り落ちると、レンゼンが駆け寄り地面にへたり込んだマナの手を取った。


「えぇ……?」

「諦めろ、マナ殿。殿下にとって全ては、些末(さまつ)なことであるらしい」


 レンゼンが呆れた声を出したので、マナは大人しくベンチに座り直した。

 

「どうやら、本当にそうみたいですね。はい、わたしが後衛で、メルが前衛で良いと思います。魔法は、習ったものに限って。アイテムは……薬草ぐらい?」

「ふふふ。結局全部言わせちゃったね。ごめんね?」

「メル……それ、謝ってないよね?」

「うわ、バレた」

 

 メルギウスが心底おもしろそうにニコニコ笑っているのを見て、マナは本当の意味で全身の力を抜いた。


(全部バレちゃったなら……もう、気楽だな。あとは死ぬまで楽しく過ごしたい)

 

 

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