6. バレてた
進級試験まで、席順はペア同士、ダンジョンに潜る順となる。
クラスルーム内には、十組のペアができた。その中で、メルギウスとペアを組んだマナは一番後方窓際に座っている。横に四人縦に五列の並びで、今生徒たちは皆、教壇に立つドグラスの説明を真面目に聞いている。
マナとメルギウスの横には、セストとルルが座っていた。
ダンジョンに入る順番がまるで夜会の入場順のように、ほぼ身分で決まったことに、マナは疑問を隠しきれない。
(実力とか成績ならまだしも、身分って。変なの)
初級ダンジョンならあまり気にする必要はないかもしれないが、先行するパーティが道筋を作る、というようなことはよくある。敵を倒し罠を潰し、安全を確保しながら進むため、強いパーティが先に入るのは常識だ。
ところが、進級試験ではそういった状況よりも身分が勝るものらしい。
「ではこれから、お互いの役割分担を決めてください。こちらに名前と一緒に書いて、今日中に提出。それで受験登録となります」
紙を配り終えたドグラスが椅子に腰を下ろすと、生徒たちは周囲に目を配りながら会話を開始する。
早速申請書へ先に目を通したメルギウスが、独り言のように呟いた。
「前衛か、後方支援か。所持する武器とアイテムの申請。それから使う予定の魔法。ふむ……えーっとマナさんは」
「マナで良いです、殿下」
するとメルギウスは、体ごとマナに向き直る。
「んじゃ僕のことも、メル。敬語もなし」
「えっ」
マナが驚いて顔を上げると、メルギウスはニコニコしているし、背後のレンゼンはまた目頭を指で押さえている。
「恐れ多いです」
「そんなことない。同じ、魔法学院の生徒なんだから」
ふ、と目線を下げるメルギウスの表情に、マナは憂いを感じた。注意深く見てみれば、こうして感情も魔力も、察することができる。
今までメルギウス自身に興味を持たなかったことはもちろん、周囲がポンコツだ、王子らしくないと揶揄する態度を鵜呑みにしていたことを、マナは改めて反省する。
「じゃあ……メル」
「うん。マナはどちらがいい? 前衛と後衛。どっちもできるよね」
「え、と。どっちでも? って、なんで、知って」
「だって」
メルギウスは声を限界まで低くし、レンゼンにも聞こえないように配慮したのか、身を乗り出してからマナの耳元で囁いた。
「契約してるよね? 闇の」
「ギャ!」
マナは、椅子から体が少し飛び上がるぐらいに驚いた。
あまりの勢いにレンゼンが思わず剣の柄に手を掛けたので、マナは慌てて首を横に振る。
「ああああの」
「ふふ。ごめん、僕がからかっただけだよ、レンゼン」
メルギウスが穏やかに言うと、眉間に皺を寄せた護衛騎士が、咳払いをして姿勢を正す。
その様子をチラリと横目で見たメルギウスは、手元の紙へ目を戻し提案した。
「さて……マナ。これ、今日中に出す必要があるんだけど、ここではちょっと相談しづらい、よね?」
「あーうん。えっとね」
ちろりとマナがレンゼンを振り返ると、黙って頷かれる。
いつもランチを食べている裏庭のベンチは、人けがない。そこで話すのが一番だろう。
「良い場所があります。授業が終わってから、そこで話しませんか」
「それは良かった。……敬語は、なしだよ」
「うっ」
楽しそうなメルギウスの表情に、マナは首を傾げる。
「魔王になるとは思えない」
「ん?」
「いえ。なんでも」
★★★
裏庭の奥にひっそりと置いてあるベンチは、夕方となるとさらに薄暗く、雑草が生い茂る花壇からはカサカサと葉が擦れる音がする。
「このような場所があったとは」
周囲をざっと確認したレンゼンが、驚きと呆れの混じった声を出す。
護衛騎士であれば学院内はすべて把握して然るべきだろうが、知らなかったということか、とマナはほっと息を吐く。自分の選定が正しかったのが証明されたからだ。
「わたしも、人目を避けているうちに偶然見つけたのです」
「なぜ避ける必要が?」
「レンゼン様……改めて聞かれると、辛いですね」
こう言えば、人の良さそうな騎士は踏み込んでこないだろう、というマナの狡猾さを、側で見ていたメルギウスはどう思ったのか。
「心配いらないよ、マナ。レンゼンは、良い騎士だよ」
念押しのように、レンゼンを褒めた。
「殿下、それはどういった意味で……?」
「お気になさらず、レンゼン様。良い騎士でいらっしゃいます」
少なくともレンゼンは、メルギウスの学友としてマナを扱っている。メルギウスの言う通り、公平な騎士だ、とマナは感じていた。
貴族の子女というのは、負の誇りの塊のような存在だ、とマナは過去を振り返る。
自尊心を満たすためならば、どのような残酷な振る舞いにも躊躇いがない。少しでも上位の者に覚えめでたくなるためには、媚びるのも厭わない。
そんな中で、いつも微笑みをたたえている王子は『ポンコツ』と簡単に評価できるが――
「殿下――メルも、すごいです」
マナは改めて感嘆の思いを抱いた。悪意も媚びもすべて受け流し続けたということだからだ。
「なんで褒められたんだろう?」
「本心を隠し、穏やかな態度を維持する努力。わたしにはできないから」
ライトグレーの目が、大きくぱちぱちと瞬いてから、ふっと細くなった。
「バレてたか」
「今、バレましたね。さ、座って打ち合わせしましょう」
「うん。どうやったら敬語じゃなくなるのかなぁ」
「うえ、っと。慣れかと」
「そっかあ」
ベンチにメルギウスと並んで座ると、レンゼンがまた目頭を押さえている。マナは、たちまち訝しげな顔になってしまった。
「今、泣くとこありました?」
「うう。マナ殿。殿下が。あの殿下が。ご友人と並んで座ってらっしゃるのだぞ」
「わあ。感激屋さんですね」
するとメルギウスが、お腹を抱えて爆笑し始めた。
「あっはっは! 騎士団最強とか言われてるレンゼンが、感激屋さんだって! あっはっは!」
「はあああ! 殿下が、心から笑ってらっしゃる!」
「ええ……?」
戸惑うマナだが、不思議とこのような時間を心地よく感じ始めていた。