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4. 決意と準備


「ねえヘラ。さっき怒ってるって言ってたよね。ポンコツ王子、怒ってたの?」


 裏庭の奥にひっそりと置いてあるベンチが、マナが昼食を食べる定位置だった。日陰で薄暗く、目の前には雑草が生い茂る手入れの行き届いていない花壇。

 普通なら近寄らないだろうが、マナにとっては居心地の良い場所だ。


 ハンカチーフで包んで持ってきた食堂のサンドイッチを片手に、マナはベンチに座って空を見上げる。秋空は、澄んでいて高く見え、時々鳥が気持ちよさそうに飛んでいく。


『そりゃ〜小馬鹿にされたら、誰でも怒るでしょ〜に』

「でも、いっつも微笑んでるよね」

『本心出さないだけでしょ。何、今ごろ気づいたの? 変なの〜』

 

 ケラケラ笑うヘラの姿は、見えない。基本は、声だけである。

 マナが囁けば、気分によって返事をする。気まぐれで残酷な精霊だ。

 確かに、死んで戻る前までは、気づかなかったメルギウスの様子。ヘラとの契約は、死ぬ前にも成り立っていた。ランクSなのは変わらないが、闇の精霊との絆が強まったのだろうか、とマナは自分の中で仮説を立てる。


「ヘラ……わたし、死んだよね。なんで時間、戻ってるの?」

『え〜? 何それ? いよいよ頭、変になった?』


 小馬鹿にするような口調で呆れるヘラの本心は、声音で判断するしかない。今、嘘をついているような雰囲気は、マナには感じられなかった。

 

「変じゃない。正気よ」

『安心しなよ〜。契約通り、気が向いたらさ。王子、殺してあげるから』


 卒業するまで、ヘラの気が向かなかったということだろうか、とマナは首を捻る。

 少なくとも、あと一年は生きられる。魔王が降臨した世界に、マナの契約は意味のないものになる。ならばあと一年、魔法学院生活を精一杯楽しむのも、悪くないかもしれない。

 

(あんな強大な存在、わたしが何をしようと、どうにかなるものでもないし。世界滅亡が決まってるのなら、死ぬまで楽しむっていうのも有りだよね……本国に戻ったところで、魔王並みに恐ろしいお母様に殺されるだけだろうし)

 

「うん。ありがとう」

『アタシにお礼なんて、やっぱ頭おかしくなった?』

「そうかも」


 確かに、戻る前までマナはヘラに毎日恨み言を放っていた。自分の境遇や運命を呪って。ヘラにとってはそれが極上のおやつだと言っていた。今はどうだろうか。

 

「ねえ。わたしにして欲しいこと、あったら言って」

『うん、おかしくなったね。こわ〜』

「失礼だよそれ」


 反論してみたが、ヘラの気配は消えていた。


「あと一年……楽しむ……ふふ。()()()()()には、贅沢すぎる時間だわ」


 終わりが見えている、というのはなんと楽なことだろうか、とマナはまた秋空を見上げる。

 隣国王子の暗殺命令という、自分で引き受けるには大きすぎるものを背負い、自分以外の命も背負い、必死だった。王子を殺さなければ、本国――ジラルダ皇国に置いてきた双子の妹ミーナが殺される。実の母親は皇后ではなく、公妾(こうしょう)と呼ばれる、皇帝の妾で身分を持たない立場である。一夫一妻制の王国において、女性関係が奔放な皇帝のために作られた、逃げの制度だ。

 

 身分はない。が、皇帝の寵愛は絶対に離さない。母親の妄執は、たとえ実子であっても利用するような狂気となった。

 

 マナの国では、女児の双子は呪われた子とみなされる。呪われた子が成人する時に、その呪いは闇の精霊を呼び、契約の機会を得る。双子の妹の命でもってヘラと契約しようとした母親を遮り、マナは自分の命を捧げることを申し出た。

 ところがヘラが『誰の命でも良い』と囁いたことから、状況は一変。隣国の勢力を削ぐため、第四王子メルギウスの暗殺を命令された。つまり今、ヘラとは仮契約状態だ。だから気まぐれにやってきたり、消えたりする。


「一年後、みんな死んじゃうなら。うん。思いっきり、楽しんじゃおう!」

 

 マナはそうして決意を声に出し、サンドイッチにかぶりつきながら、独りごちる。

 

「そうと決まれば、進級試験の準備ちゃんとしよう」


 根は真面目なマナは、意外と学院での勉強を楽しんでいたことを思い出す。真っ当に留学していたなら、知りたかったことややってみたかったことが、たくさんあった。

 

「ペアを組んで初級ダンジョンに潜って、先生が張ってある罠を解除しながら、戦利品の宝箱の中身を持って帰る。ちゃんと取り組んだら、楽しそうだった……わたし、余った人と適当に組んで、ヘラに頼んだだけだったもんね」

 

 

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