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魔王様には、ならないで! 〜死にループした暗殺者の皇女は、魔法学院で王子と精霊に溺愛されました〜  作者: 卯崎瑛珠
三章 未来を変えるには、強引に行きます

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23. ループの真実


(思い出した――メルギウスが魔王になったのは、わたしが、殺したからだった……)


 マナの脳内に、過去の記憶が鮮明に浮かび上がってきた。自分が死んだことはどうでも良かった。だがマナは、メルギウスを殺し魔王にしたということに、強い後悔と未練があった。


   ★★★

 

 地面に仰向けに横たわるマナのすぐ側で、冷たく赤い目をしたメルギウスが、見下ろすように立っている。

 

 真っ黒なロング丈のローブに身を包み、長い黒髪は風に揺れるがままで、よく見ると頭頂には黒い角が二本生えていた。

 メルギウスはなぜか、頬を涙で濡らしている。


「が、ふ……ごめ、なさ……こうす、る、しか」

「なるほど、君は忌み子か。オベロンに愛された僕が忌み子に殺されることで、魔王に成る。よくできた呪いだ」

「……もう、終わらせ、たい」


 メルギウスは、マナを恨むどころか、慈愛を込めた目を向ける。

  

「賛成する。このような世界など、要らぬな」


 メルギウスが独り言のように放った瞬間、全身を真っ黒な炎が取り巻いた。メキメキと音を立て、背中に黒い翼、指には黒い爪が生えていく――その姿はまるで。

 

「ま、おう……おね、がい、ヘラを……」


 マナが吐息のように呟くと、それを聞いたメルギウスは、自嘲気味に笑った。

 

「ああ。全て滅ぼしてしまうから。安心して……そのまま死ね」

 

 微笑みを浮かべたマナが自身の魂から手を放すと、メルギウスの体は暗雲立ち込める空へ、ゆっくりと浮き上がっていく。


「すべての精霊よ、見ただろう? 精霊と人間を繋ぐ愛しき者は、死んだ。ならば」


 ――我等諸共、消えてしまおう。


 全精霊を引き連れ姿を消した魔王の後には、魔力を失った人間と大地だけが残る。

 精霊の恩恵を失った人の営みは貧しく、衰退の一途を辿るしかない。まさに、世界の終焉だ。


   ★★★


 真っ暗闇の中、マナは仰向けに横たわったまま、浮かんでいる。

 周囲は何も見えないが、闇の精霊ヘラの存在だけは感じることができることに、マナは安心する。

 

「ヘラ……()()()()、ヘラもメルも……失いたくないよ……」

『都合良すぎるんじゃない?』


 嘲るようなヘラの声が、マナの胸を抉る。

 

「わたし……選べない……()()()()なんて……だから」

『まだわからない? そうやって一人で宿命を背負い込んだら、()()()()()()になるわよ』


 今度は呆れ声になったヘラが、ふん、と大きく息を吐く。

 

『忌み子は思考力も知識も、感情も愛情も、すべて奪われるから、しょうがないかもしれないけど。そうして、呪い(ヘラ)と強力に結ばれるものだからね』

「だから全部わたしが、引き受けようって」

『今は、一人じゃないでしょう?』


 マナは、目を見開いた。


「ああ、そうか。だからヘラは……!」

『世界の終わりに、忌み子の死をこれでもかって呪ってみたの。まさか、()()()()()()()だなんて、あたしもなかなかやると思わない? おかげで力のほとんど失っちゃったけど』


 マナから溢れる涙に、眩しくキラキラと光る何かが、反射している。


『ほら。早く、戻りなさい。あなたは、忌み子なんかじゃないんだから』

「ヘラ……必ず、助けるから……!」


 照れて笑う闇の精霊は、とても美しかった――

 

   ★★★

 

 目を覚ましたマナは、地面に横たわった自分に気づき、急いで上体を起こす。

 呪いに侵された体の一部は黒く染まり、重たい。周囲を見れば、狼の群れと戦うレンゼンと、ボスと対峙するメルギウス。セストは苦しげに呻き、やがてルルの隣に並ぶようにして、地面に倒れ伏した。

 それほど時間は経っていないようだ。


 マナは宙に浮かんでいるヘラを見上げる。


「思い出したよ! ヘラ!」


 闇の精霊は、妖艶な笑みを湛えたままだ。


「忌み子は、人間の課した呪いなんだ……なら!」


 マナは立ち上がり両腕を洞窟の天井へ向けて広げた。

  

「やってみる!」

「マナッ、何をする気だ!」


 メルギウスが慌てて止めようとするが、火の精霊を出しながらボスを牽制していて、身動きが取れない。

 レンゼンもまた、群れの残党へとどめを刺していて、こちらへ来られそうもない。


「|呪いの全てを、わたしへ《カース・インヘイル》」

「マナ!」


 焦るメルギウスが叫んでも、マナは耳を貸さず必死に腕を上へ伸ばす。

 

『ぐるぁああああ』


 ボスが、明らかに苦しみ始める。体の表面から黒い(もや)が生まれたかと思うと、じわじわと渦を巻いてマナに吸い込まれていく。

 ボスの体からだけではない。洞窟全体から呪いの素のようなものが、どんどんマナへ収束していくのだ。


「マナ! だめだ!」


 メルギウスが、悲鳴のような声を上げた。


「オベロン! なんとかしろっ!」

『いくら余でも、集まった呪いをどうにかなんて、できないよ? ねえ、ヘラ。力は、貸してあげるけどね』


 光を振り撒きながら憎まれ口を叩くオベロンの態度は、いつも通りだ。

 宙に浮いていたヘラは苦笑し、腕を組む。


『王にそう言われちゃ、ね』

 

 それからマナへ近づくと、後ろから両手を肩へ載せるようにして寄り添った。


『いっつも一人で、頑張っちゃうんだから』

「ヘラ……」

『良かったね。オベロン、助けてくれるって』

「えっ」

『あたしのために、ありがとね』


 ヘラは、マナを背後から優しく抱きしめる。


 ――途端に、マナの体に吸い込まれていく呪いの渦が、ヘラへと移っていく。


『んふふ。呪いってほんっと、ドロドロで救いようがないわね〜。美味しいけど』

「ヘラ! 大丈夫なの⁉︎」

『ええ。今のあたしたちには、精霊王の祝福がある。あの時とは、違う。全部、受け入れられるわ』

「そっか」


 マナは背後から抱きしめるヘラの腕へ、そっと手を添える。まるで仲の良い姉妹のように見える仕草に、メルギウスの焦燥感は収まっていく。ダンジョン内の空気もまた、清らかなものに変わっていくようだ。

 

「うおおおお、全部倒したぞオオオオオ!」


 勝どきを上げながら、レンゼンが剣を持ったまま走って戻ってくるのに、メルギウスが怒号を浴びせる。


「レンゼン! こっちもさっさととどめを刺せ!」

「は!」


 あちこちある切り傷から血を流しながら、王国の最強騎士は戦闘後とは思えない素早い動きで、メルギウスの命令に従う。体のほとんどが焼け焦げた、巨大なカースドウルフの首の根へ、レンゼンは振りかぶった剣を、思い切り振り下ろした。

 

 ボキッという鈍い音と共に、ボスの首が地面にゴロンと落ちるのを見たマナは、膝から力が抜ける。


「よか、た」

『ええ、マナ。もう大丈夫だから。……眠りなさい』


 闇の精霊に抱きしめられながら、マナは静かに、目を閉じた。

 

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