表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様には、ならないで! 〜死にループした暗殺者の皇女は、魔法学院で王子と精霊に溺愛されました〜  作者: 卯崎瑛珠
三章 未来を変えるには、強引に行きます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/25

22. 呪いと記憶



「ルル、だったんだ」


 マナはてっきりセストが進級試験の妨害をしたと思い込んでいた。だが今までの言動を見るに、どうやらメリル・ルグランが犯人だったようだ。


「……()は、止めた」


 巨大なサラマンダーを前に、諦めて逆に冷静になったのか、セストは静かに肯定した。侯爵家としての体裁も忘れ、素で話している様子だ。

 そういえば、進級した途端ルルと距離を取っていたな、とマナは思い返す。

 

「僕もセストだと思っていた。謝ろう」

「いや。クラスルーム内で散々俺を持ち上げ、殿下を下げるような連中に同調していたのは、紛れもない事実だ。謝罪の必要はないし、こちらが謝罪しなければならない」

「なるほど、あれらも全てメリル・ルグランの仕業か」


 メルギウスが断定すると、ルビが心底汚いものを見るような顔をする。

 

『呪いを呼んだの、この子の欲深さだ』

「なんで! わたくしは、わたくしに相応しいものを得ようとしただけよ!」

『オラ、ずっと嫌だっただよ。周りを操ったり傷つけたりして、欲しいものを手に入れようとするのが』

「そんなのしてない! 欲しいって言っただけ!」


 マナは本国にいる自身の母を、まざまざと思い出していた。もっと残虐で手の込んだ方法を取るが、生き物として同種だからだ。皇宮の権力を意のままにしようと画策し、人を操り蹴落とし、欲しいと思ったものを手に入れるまで止まらない。

 

(あれに比べたら、全然可愛いけどね)


 マナがそう思えるのは、精霊王という莫大な力を持ち、優しく寄り添ってくれるメルギウスがいるからだ。

 改めて感謝の気持ちが湧き上がり、胸の中が温かくなる。


「ルビ、悲しかったね。でも、それで人を傷つけちゃったら、今度はわたしが悲しいよ」

『主……』

「戻ってきて。そんな熱かったら、すりすりできないじゃない?」


 手を差し伸べるマナの優しさが、ルビの理性を取り戻そうとしている。

 だが――


「殿下!」

 

 手には抜き身の剣を握り、頬を土埃で汚したレンゼンが、焦った様子で走り込んできた。サラマンダーの背後から、叫んでいる。


「危険です!」

「どうした!」

「カースドウルフを確認っ!」


 マナが首を傾げると、メルギウスがサラサラと早口でその特徴を語った。


「呪いの魔法生物で、ダークウルフの進化系だ。巨大で凶暴な狼のモンスター。おそらくそいつがダンジョンのボスだな」

「うわぁ」

「狼なら、鼻が効く。その辺からふらりと紛れ込んで、呪いを吸い込んで進化したと言われたら納得だ」


 マナはぎゅっと唇を噛み締めてから、下腹部に力を入れて叫んだ。

 

「ルビ! ボスが出たの! 一緒に戦ってくれる?」

『うぐ……でも、オラっ』

「わかるよ。許せないよね。でも、無事に外へ出てから決着つけよう? 約束する」

『……わかっただ。逃げたら、承知しないだよ』


 びくりとルルの肩が波打つと、サラマンダーは渋々その体を小さくし、マナの肩へ戻ってきた。

 頬を擦り寄せ、口からは長い舌をチロチロ出して甘えている。


「ありがと、ルビ」

「なによ! 勝手にこのわたくしを悪者にしたこと、絶対ゆるさないっ」

「いいよ。無事出られたらね……見てあれ」


 レンゼンが剣を構えながらジリジリとこちらへ後退してくる、その剣先に捉えていたのは――真っ赤な目を見開く、巨大な黒い狼だった。足元には通常サイズの狼の群れがいる。


 長い口蓋からはダラダラと唾液を垂らし、鋭い爪でギリギリと石畳を削りながら歩いてくると、ミシミシと壁からも悲鳴が上がる。

 見上げるほどの大きさを誇る体躯は、重さも計り知れない。

 

『ぐるるるる』

「な、な、なんなのよあれええ!」


 地を這うような呻き声に恐怖を感じたルルが喚くと、

「黙れ、刺激するな」

 メルギウスが警告を発する。だが、素直に頷くルルではない。


「早く倒して! 命じられたんでしょう!」


 逆上し、さらに大声で喚いたルルへ、カースドウルフは目を向け――


『がおおおん!』


 咆哮を放った。


「しまっ」


 メルギウスは、咄嗟にルルのローブの袖を引こうと手を伸ばしたが、間に合わずルルは全身に声の波動を浴び、 

「ギャッ」

 と短い悲鳴を上げ仰向けに倒れた。


 セストが駆け寄り起こそうとするのを、メルギウスが「触るな!」と止める。

 白目を剥いてピクピクと全身が波打ち、よく見ると耳の辺りの肌が黒く染まっていた。

 

「呪いだっ!」


 セストはそう叫ぶと、後ろへ飛ぶようにして後ずさる。

 メルギウスは前へ向き直り、狼の群れを牽制するように、派手な火魔法で地面に線引きをした。今にも飛びかかりそうだった狼たちは、ウロウロその場を歩いて隙を窺っている。


「助け出すにしても、ああも出口に居座られてしまっては、倒すしかなさそうだな……レンゼン」

「は。いつでも」

「風の精霊よ、我が騎士を守れ」

  

 レンゼンが剣を構えると、身を守るように風の壁が取り巻いているのが見えた。


「すごい……!」


 素直に感心するマナに、メルギウスは先ほどまでと正反対の、優しい目を向ける。

 

「マナにもできるよ。戻ったら、教えよう」

「うん!」

「セスト! 何もしなくて良いが、よく見ておいてくれ。我が国最強の騎士を」

「承知した」


 メルギウスの嫌味も、セストは一礼と共に受け止めた。以前までの彼とは違うかもしれない、とマナが思っていると、メルギウスが苦笑した。


「だから厄介だなって思ったんだ……さて、レンゼン! ボスを殲滅しろ!」

「は!」


 躊躇いなく剣を振るうレンゼンの殺気に気圧されることなく、カースドウルフは咆哮を放ちながら噛み付こうとし、爪を振るう。

 レンゼンは素早い身のこなしでそれらのすべてを避け、飛び上がり、何度も剣で斬りつけた。


 手強い相手に分が悪いと悟ったのか、ボスはマナたちへ顔を向け、


「まあ、そう来ると思った」


 ニヤリと口角を上げるメルギウスは、バトルを楽しんでいるように見える。


炎の巨人(イフリート)よ、なぎ倒せ」

 

 穏やかな声に従って、火の精霊が巨人の姿で現れた。悠然と闇を照らし、カースドウルフを見下ろすと、大きく右腕を振りかぶって殴る動作をする――それだけで、前方へ炎の柱が噴き出た。

 熱波がマナたちへ襲いかかり、咄嗟に両腕で顔を庇う。


『グラアアアアアアアアアア』


 全身のほとんどが焼け爛れたダンジョンのボスは、天井を仰ぎ断末魔の咆哮をあげる。ビリビリと鼓膜を震わせる音の恐怖が、マナたちから血の気を奪っていく。

 

「ぐ、は」


 セストが地面に片膝を突いてゼエゼエと肩で呼吸をし、額から脂汗を垂らす。マナも同様に両膝を地面に突いて、自分で自分の両肩を抱きしめる。

 メルギウスは気丈に立ったままだが、腕の一部が黒く染まっている。全員、呪いを受けてしまった。

 レンゼンは単独で狼の群れを押し留めていて、数に太刀打ちするのが精一杯だ。

 

 メルギウスが、悔しげに歯軋りをする。

 

ハウリング・ホラー(恐怖の咆哮)とは! この規模のダンジョンのボスで、なぜここまで強力な呪いが?」

「……そっか、ヘラは、これを……言いたくて……」

 

 マナの脳裏に浮かび上がるのは、魔王となったメルギウスの顔だ。

 

『きっかけなんて、あらゆる場所に。そう、誘惑は常に側に』


 じんわりと紫の光を纏ったヘラが姿を現すと、マナたちの頭上にふわりと浮かび上がった。

 

『精霊王の主が呪われたなら、あとは待つだけ。ふふ』

「ヘラ! だめ!」

『あら、どうして? メルギウスの暗殺。願ってもないことでしょう?』

「いやよ! わたしの……大事な人だもん! もう、失いたくない。絶対、失いたくないの!」


(思い出した――メルギウスが魔王になったのは、わたしが、殺したからだった……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ