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20. 夢の警告、そして無茶振り


 洞窟の岩肌を、黒霧がじわじわと覆い尽くしていく。

 暗闇の中、闇の精霊ヘラが難しい顔をして、ぼんやりと紫の光を放ちながら空中に立って浮かんでいる。

 

『想定より侵食が早いようね……このままでは、危ないわ』


 くるりとこちらを振り向いたヘラは、青白い頬に長い黒髪を張り付かせ、妖艶に微笑む。


『でもまだ、間に合う……あなたなら』


   ★★★

 

 マナは、王宮に用意された天蓋付きベッドの上で目を覚まし、上体を起こした。


「ヘラ?」

 

 先ほどまで見ていたのは夢に間違いない。が、内容を鮮明に覚えていた。闇の精霊ヘラが、進級試験で訪れたダンジョンの中にいたのを。


「わたしなら、間に合う……?」


 寝ぼけ(まなこ)で独り言を放つと、もそもそと学院へ行く準備をした。

 何度もヘラを呼ぶが、闇の精霊はマナの声に応えない。今までならめんどくさそうな返事ぐらいはあったのに、とマナは不安を感じながら、部屋から廊下へ出る。

 

「わたしは一人で悩むと、ろくなことにならない。()()()()()()()()()()

 

 勝手に口をついて出てきた言葉に、自分で驚く。


「今、なんて言った……? イッ!」


 こめかみを刺すような痛みが瞬間で駆け抜け、思わず床に片膝を突いたマナに、ちょうど迎えに来たメルギウスとレンゼンが駆け寄る。


「マナ!」

「マナ殿!」


 心配そうに寄り添う二人にマナは、軽く首を振ってから立ち上がった。


「わたしは、大丈夫。それより、ダンジョンが危ない。すぐ、先生に報告を!」

「わかった。とりあえず、学院へ急ごう。話は馬車の中で聞く」


 メルギウスの温かい手を取ったマナは、心からホッとし素直に従う。

 いつもなら、馬車にはメルギウスとマナの二人が乗るが、マナはレンゼンにも同乗するように言い、レンゼンも快諾した。


「どうしたんだ、マナ」


 心配そうなメルギウスのライトグレーの目が、キャビン向かいの席からマナを見つめている。その隣の護衛騎士も、緊張した面持ちだ。

 王宮から学院まで、馬車ならすぐ着いてしまう。急いで説明しなければ、とマナは躊躇いなく口を開いた。


「実は……夢にヘラが出てきたの。ご存知の通り、闇の精霊とわたしは、仮契約中で。夢に出る時は、必ず悪い知らせなの」

「闇の精霊の夢は、悪い知らせ……」

「はい。おそらくダンジョンに、呪いが広まっている」


 マナの言葉で、二人は息を呑んだ。しばらく、馬車を引く馬の蹄の音と、車輪の音しか聞こえてこない。


「なるほど……オベロン」


 メルギウスが呼ぶと、いかにも怠惰な表情の少年が、マナの隣にじんわりと姿を現した。


『やれやれ。人間の欲望と過ちで、闇の生物を呼んじゃったってことだろ。精霊の住処というのは、魔法生物にとっても住み心地が良い。主のいなくなったダンジョンで好き勝手したなら、当然の結果だろう』

 

 まるで突き放すかのような言い方に、マナの胸は痛んだ。


「オベロン様。それって、どうにもできないのでしょうか?」

『余は精霊王だ。人のもたらした欲を滅すべきも、人ではないのかな』


 勝手にやっておいて、都合よく使おうとするなよ、と言外に匂わせるオベロンの言葉に、マナは慌てて頭を下げた。


「ごめんなさい! 焦ってしまって。そうですよね、人の過ちは、人が正さないと……!」

『ふふ。さすがメルが夢中になるだけある。良い子だね』


 オベロンは、マナの頭をよしよしするように優しく撫でてから、またじんわりと姿を消した。


「うーわ。精霊王だからって僕の婚約者に勝手に触った!」 

「あーそのー、状況はなんとなく把握した。近衛に申し送りをしよう。大丈夫だ、マナ殿。我が国の騎士団と魔導師団は優秀だからな」


 メルギウスとレンゼンがいつも通りなのを見て、マナはようやく深呼吸することができた。

 

   ★★★


「なんということを……!」


 担任のドグラスは、自身の控え室を訪れたメルギウスとマナから状況を聞くや否や、絶句した。

 まさか自分の受け持つ生徒たちが、無断でダンジョンに潜っているとは考えてもいなかったのだろう。


「あれほど、危険性を教えていたのに……私の指導力不足で、大変申し訳ないっ」


 椅子から立ち上がるや、床に両膝を突く勢いのドグラスを、レンゼンが慌てて腕を持って立ち上がらせる。

 

「先生。この件は僕の振る舞いもよくなかった。周囲を煽り、いち早く功をと焦らせることになってしまった。今後については学院長を交えて話し合いをせねばと思うが、まずはダンジョンをどうにかしなければ」

「……確実なのは、主を戻すことです」


 よろめいているドグラスは、レンゼンに支えられてかろうじて立ちながら、すがるようにマナを見つめる。

 だがマナは、申し訳なさそうに首を横に振った。


「ルビは、戻れないと言っています。わたしと契約してしまったから」

「ああ、そうか。そうでした。ならば早急に騎士団と魔導師団でダンジョン踏破をし、新たな主を殲滅してから封印する方法が良いでしょう」


 ドグラスの提案に、渋い顔を作ったのはメルギウスだ。


「そうなると、学院内の初級ダンジョンは今後使えなくなる」

「呪いが本当ならば、新たなよき精霊が住み着く場所に戻るとは考えにくいですよ、殿下」

「……そう、か」


 一度呪われた場所に、心の清らかな精霊が住むようになるまで、何十年もかかる。


「近衛騎士には殿下の名で申し送りをした。早ければ昼過ぎには、先行部隊が到着するだろうが、嫌な予感がする」


 レンゼンが硬い声を出すと同時に、扉がノックされ、入ってきたのは書記担当者だ。


「あの、王宮から至急通達だそうです。メルギウス殿下へ」

「僕? わかった」


 メルギウスが頷くと、レンゼンがドグラスからゆっくりと手を放してから届いた手紙を受け取り、素早く封筒を開けると中身へさっと目を通す。

 みるみる眉間に深い皺が刻まれるのを、マナは不思議な気持ちで眺めていた。


 仏頂面で差し出された紙を受け取ったメルギウスも、中の文字を追うなりどんどん渋い表情になる。

 

「はあ〜。レンゼンの嫌な予感、当たったね。魔導師団長エリゼオから通達。『学院内ダンジョンの件、残念ながら人手不足により、支援要請。メルギウス・レンゼン・マナの三人による解決を願う』だってさ」


 マナは驚きで思わずビョン! と跳ね上がった。


「はい⁉︎」

「なお追記。『メルと最強騎士と婚約者殿の実力を遺憾無く発揮し、雑音を滅せよ。以上』……ったく、あの兄が言いそうなことだ」


 ドグラスが、大きく眉尻を下げながら何度も首を縦に振る。


「実は私も、その方がいいと思っていた。規格外だと見せつけることで、事態を収束させようと師団長は考えられたのじゃないかな。学院長へは、私が報告しよう」

 

 

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