2. やっぱり、過去だ
マナが、『時間が巻き戻っている』と確信した理由は二つある。
一つめはここ、『ソードベリ王国』の『ソードベリ王立魔法学院』敷地内、学生寮の自室に寝ていたこと。寮生として過ごしていた期間は、母国を出てから魔王誕生の直前まで。
二つめは、枕元に『進級課題』のノートがあったこと。マナは真面目に日付と授業内容をメモしていて、その日付が過去で止まっている。これを昨日の日付とみなすと――今は自分が記憶している過去、という結論に至った。当然、その先の授業内容を覚えているからだ。
「なんで、そんなことが……」
授業のカリキュラムは、厳格に定められたものであり、日付と連動していた。自分の認識が正しいか否かは、学院に登校すればすぐに答えが出る。
ベッドの上で考えているうちに、遠くからゴーン、と鐘の音が聞こえてきた。三回は予鈴で、二回鳴ると本鈴の一つ前、一回が本鈴で授業の始まりの合図だ。今は、三回鳴っている。
「やば!」
マナはベッドから滑り落ちるように降り、開きっぱなしのクロゼットに吊るしてある制服を着て上からローブを羽織る。髪の毛は寝癖でグジャグジャだが、いつものことなので気にしない。
フードの中に頭ごと押し込むようにして被り、授業ノートをバッグに詰め、走り出した。
★★★
クラスルームの中には、二十人ほどの生徒がいる。それぞれ朝の挨拶を交わしたり、本を読んだりして、授業開始に備えている様子だ。
(まに、あった……!)
息を切らせてクラスルームに走り込んできたマナを、振り返る生徒は誰もいなかった。それもそのはず、マナは常々、目立たず地味をモットーに過ごしてきた。『根暗』な『劣等生』に、貴族子女が通うエリート魔法学院の生徒たちは、まるで関心を持たない。
マナはローブのフードを被ったまま、廊下側一番後ろのいつもの席に着いた。一人に一組割り当てられた木製机と椅子はシンプルな作りで、ところどころ傷や凹みがある。油断すると肌や指に傷が付くし、ノートを取る時ペン先が取られる。
気持ちに余裕のないマナは、机の隅に袖を引っ掛けてしまい、少しほつれた。落ち着こうと自分に言い聞かせつつ、布の四隅を縫っただけのぺたんこなバッグから度なしメガネを取り出して掛け、申し訳程度に前髪を整える。
(ええと、メルギウス王子は……)
席に着いて真っ先に気にしたのは、魔王となったメルギウスのことだ。ここ、ソードベリ王国の第四王子で、ブルーグレイの髪色と、ライトグレーの瞳。いつも眉尻が下がっている温和な顔立ちをしている。魔王と髪も目も色は異なるが、顔立ちは完全に彼だ、とマナは思った。
王子の背後には、ガタイの良い護衛騎士が一人、いつも侍っている。赤い短髪にアンバーの瞳でレンゼンという名の彼は、鋭い目つきでクラスルームを絶え間なく観察していて、迫力がある。さすが護衛、近寄りがたい。
ポンコツ王子と、ゴリラ騎士――陰でそう揶揄されている二人をチラチラ眺めるマナは、完全に挙動不審だ。結局ギロリとレンゼンに睨まれてビクッと肩を揺らし、基礎魔法のテキストを開いて顔を隠す。
(こわっ! でも、変なところはなさそう……夢だったのかな……でもな)
二回鳴る鐘の音の後に入ってきた、担任の教師であるドグラスが、オドオドと告げる。
「席に着いて、み、みなさん。あ、あの。進級試験まで、あと二十日しかありません。きょ、今日もしっかりと勉強していきましょう」
マナは、今度こそ確信した。
やはり今は、『過去』なのだ、と。