22 冒険者としての格
(……マジかッ!?)
あまりこんな考え方はしたくはないが、冒険者としての格においてジーンとアヤはほぼ同格と言っても良いだろう。
だからこそジーンの攻撃がそれ相応に重い事は分かっている。
レインが後衛として優秀だと思うアヤと同格の冒険者。
そして前衛だ。
例えレインの薬を飲まずとも、並みの冒険者ではその攻撃を止められない。
少なくともレインなら腕が上がらなくなるだろう。
それを……アスカは軽々と止めたのだ。
自分の事を大した事が無いと言っていたにも関わらず。
「レインさんの肩から手を離してください。この人は今、色々有って体調が良くないんです」
アスカの言葉に対し、ジーンは言われた通りにレインの肩から手を離す。
(……いや、違う!)
離されたその手は、アスカの方へと向けられていた。
拳を止められ指図された事に対する怒りをぶつけるように……血の上った表情で。
「このガキ!」
「アス──」
だがレインが視界に捉えて声を発し切る前には、既に状況は動いていた。
掴んでいた拳を振り払い、そのまま流れるようにも片方の拳も躱す。
そしてレインとの距離を離させるようにジーンの腹部に蹴りを放った。
「ガッ!?」
その一撃を受けてジーンは床を転がる。
対するアスカはレインやアヤの盾になるように二人の前で綺麗な構えを取った。
「引いてください。周りの人に迷惑ですから此処で暴れたくありません」
そう言うアスカの後ろで、驚いた様子のアヤがレインに言う。
「あの、アスカちゃんがどの程度やれるのか確認取れてなかったっすけど、これ……」
「ああ、うん…………とんでもねえ格上じゃねぇ?」
明らかに動きのキレが自分達とは……ジーンとは違う。
「人の喧嘩に首突っ込むなよクソガキが……ふざけやがって」
だけど対するジーンも軟じゃない。
「不意に喰らって驚いたが調子乗んなよ。軽いんだわてめえの蹴り」
ゆっくりと立ち上がって構えを取る。
そんなジーンに視線を向けて構えたまま、アスカがこちらに聞いて来る。
「向こうからやってきた攻撃に軽く反撃する位なら、色々と大丈夫ですよね」
「そ、そうっすね……」
「やりすぎなければ……大丈夫だと思う」
「ていうかそもそも……ジーンが先に手を出したのも、周りの人が見てるっすからね」
血が上っているジーン本人が認識できているかは分からないが、今の構図は質の悪い暴れ出した男を華奢な女の子が止めようとしている図だ。
目撃者がこの喧嘩に対し普通にギャラリーになっている事に関しては、観てないで止めろよとは思うが、この見ている連中が見届け人だ。
今の蹴りを含めて放たれた暴力の正当性を証明してくれる。
そう、心配だったのは此処から先にもう一発二発と拳が振るわれていく中での、客観的な正当性の証明。
アスカが物理的に危ないという認識は、もう無かった。
「こんなガキに舐められてたまるか! 分からせてやる!」
「……」
そう叫んでジーンがアスカに距離を詰めて飛び掛かった次の瞬間、アスカの拳がジーンの顎に叩き付けられた……ように見えた。
そういう曖昧な表現しかできないのは、早すぎてその動きの解釈に確証が持てなかったからと言ってもいい。
空中でジーンの体が遠心力を纏って回転し……そして床に叩き付けられ転がった。
「ガ…………ぁ?」
脳が揺れた事もあり、起き上がって来る様子は無い。
(…………なんとなく、昨日の事に納得がいったな)
アスカについて一つ疑問が有った。
昨日アスカはヘルデッドスネークの毒に対処する為の抗毒血清が原因で死に至る寸前まで追い込まれていた。
だが徐々に体調が悪化していった事を踏まえて最初は体が動いていたのだとしても、とにかくそれでも一人で帰って来れている。
果たしてそんな事は可能なのだろうか。
普通は帰還前にどこかで倒れたりするのではないだろうか。
だがアスカは無事ではないにせよ帰還を果たしている。その理由の一端がこれだ。
「次は本気でいきます」
人間として強いのだ。
そしてその強さがそのまま──、
「……えっと、アスカ。お前の居た冒険者パーティって何ランクだったんだ?」
「Cランクです。結成してあんまり時間が経っていなかったんで…………あんな事が無ければ……あのままシエスタさん達と頑張れてたら、どこまで行けたんですかね」
──冒険者の格として表れている。
そしてどうやら今だ底を見せていないアスカの攻撃を喰らったジーンからは、もはや格の違いを見せつけられたように完全に戦意が消えているようで……その表情から発せられるのは畏怖の感情だ。
自分達が視覚的に感じ取れたものよりもずっと重い一撃だったのかもしれない。
そしてそんなジーンにアスカはぶつける。
「とにかく……もうこの二人には関わらないでください。お願いします」
そんな、あまりにも圧が強いお願いを。
「わ、分かった。分かったから! もう……もう関わらねえ!」
「そうしてくれると助かります」
「…………クソ、なんで薬剤師なんて底辺野郎にこんな化け物が……ッ」
「もう一発喰らいたいですか? ボクはまだ続けてもいいんですよ?」
「……ッ!」
ジーンはアスカに怯えるように情けない表情を浮かべて、それからレインを一瞬睨みつける。
そしてその行動に対してアスカがどんな表情を浮かべたのかはこちらからは見えないが、それで尚更畏怖の表情が強くなり、なんとか立ち上がりながらその場から走り去っていった。
自分達の、なんて言っていいのかは分からないが、少なくともアスカの完勝ではあるだろう。
(……しかし賢者の下位互換、ね)
先程ジーンにそう言われた事で改めて気づく。
(そういやさっきのリライタルは、賢者の下位とは言ってたけど互換とは言わなかったな)
……今回の件でほんの少しは考えを改めたのかもしれない。
だとすれば人間性的に嫌悪しかわかない相手同士だとしても、自分にとってはジーンよりはまともな人間なのかもしれない。
碌でもないクズとどうしようもないクズを比較しても仕方がない事だとは思うし、そもそもただのニュアンスの違いで、考えている事は同じかもしれないけれど。
(……いや、アイツの場合本当にニュアンス違いで考えている事は同じな気がしてきたな)
もっともあんな人格破綻者にどう思われようと、どうだって良いわけで。
とりあえず今はどうでもいい連中の事よりもアスカの事だ。
「お、お疲れアスカ。ありがとな」
「もうこれで大丈夫だとは思いますけど、また何かあるようならボクに言ってください。うまくやるので」
「そ……その時はよろしくお願いします」
うまくやるなんて曖昧な言葉が妙な怖さを感じさせるのは気になったが、その時は頼らせてもらおうと思う。
そしてそれ以外にも……本当にこれから色々と頼ることになると思う。
「しかし凄かったな……冒険者としては俺達より圧倒的に格上だぞお前。何が大した事ねえだよ謙遜しやがって」
「こんな事言うのアレっすけど、良かったんすか? 私達と組んで」
「良いに決まってるじゃないですか」
アスカは笑みを浮かべて言う。
「レインさんやシエスタさんの目標を成就させたい。それが今のモチベーションですから……ボクは医療の事は何も分からないですけど、それ以外の事だったらいくらでも頼ってください」
「……ほんと、心強いよ。ありがとうアスカ」
「はい!」
そう言うレイン達の隣でアヤが言う。
「あれ? これアスカちゃんが大活躍しまくって私やれる事全然無いみたいな事にならないっすかね……いや別にいいんすけど大丈夫っすか私の立場……」
「当然アヤも滅茶苦茶頼りにしてるからな。よろしく頼むよ」
「はいっす! うわぁマジで頑張らないと」
……とまあ色々と、再会したくない相手との再会は続いたわけだけれど。
最終的に悪くない時間だとは思えた。
……特にジーンの件についてはスカっとした。
ざまあみろと、そう思った。
あまり性格がいいような感情の動きだとは思えないから、口には出さなかったけれど。
本当に、悪い気分じゃない。




