センの全力
数日後、エムとセン、デルタとアルファは軍の演習場に来た。アルファの部下の3名も同行する。普段の演習場には管理者もいるが、この7名以外は立ち入り禁止とした。
「ここで君の全力を見せてほしい」
アルファから言われて、センはエムを見た。エムはうなずく。
「わかりました」
エムたちは、石造りの建物に入り、墨を塗ったメガネをかけた。事前にセンから必要だと言われていたのだった。
センは、ゆっくりと5mほど浮き上がった。
「飛べるのか!」
両手を前に伸ばす。
「いきます」
センの両手から青白い光の束が発射された。
それは数キロ先の的にあたる。一瞬、眩いくらいに光り、最初は小さな赤い点に見えたものがグンとふくらみ直径が50メートルはあろうという大火球となった。
一呼吸置いて、建物がガタガタと大きく揺れ出した。
「な、何だ?」
「衝撃波です」
「強力だな」
「爆風が来ます」
爆風が、さらに建物を大きく揺らした。地震のように地面も揺れている。
誰も、何も言えない。
みな、プルプルと震えている。
「なんという火力だ……」
アルファがため息交じりに言う。まだ震えがとまらない。
そこにセンが戻ってきた。
「これが全力か」
「おそらく」
「今まで使ったことは?」
「ありませんが、どのくらいの威力なのか、どれくらいの魔力を必要とするのか、そしてどれくらい距離をとったらいいのか、わかるのです」
「これは何回も打てるのか?」
「これくらいだと、1回打つと、魔力の回復に1時間は必要です」
「それでも、一日に何回も打てるのか……」
「第9世代もこれくらいの力はあるのか?」
「第9世代やそれ以下では、これくらいの火力はありません。最大でもこの30%くらいです。ただ、人数をかけて一斉に打たれると、同じくらいの火力になります。低い世代では、魔力の回復に時間がかかりますから、全力攻撃をすることは、しないと思います」
「これぐらいの攻撃なら、1体ずつなら確実に倒せるな」
「いえ、これでも第5世代以上であれば、全力でシールドを展開すれば防がれます」
「これを防げるのか……」
「ただ、シールドは防いだ後に消失します。それは、これより弱い攻撃でもです。これを打ってしまうと、次を打つまで時間がかかるので、実際の戦闘では、もっと弱い攻撃でシールドを消失させて、次の攻撃で倒すようにします。魔力を温存しつつ戦うのが基本です」
「なるほど……」
「そういうことも、プログラムされているのか?」
「おそらくそうだと思います。なぜかわかるようになっています」
1時間ほど話をしてから爆心地へ向かった。
焼けた地面がまだ熱い。
的は、かけらも残っていない。的から10mおきに置いていた金属板も50mまで溶けてしまっていた。この範囲が数千度の熱にさらされたということだ。
これを街で放ったとしたらどうなるのか。改めて恐怖で心臓をつかまれたような気分がした。
*****
翌日は、軍の闘技場に呼ばれた。
待っていたのはビクター中隊長。軍の格闘技の教官も務める凄腕だ。
「彼と全力で戦ってほしい。ただし魔法は無しだ」
「全力?大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。これまでも2回、マギロイドと戦った。勝てなかったけど、負けはしなかったよ」
ビクターは自信満々に言う。
「でも……」
ビクターが戦ったのはおそらく旧世代だ。センの力は、そのはるか上をいく。
「大丈夫だ。安心してみていろ」
センとビクターは向かい合って立つ。
「はじめろ」
アルファの声で、センが動いた。
(速い!)
あっという間に距離をつめて、右腕を振り上げて殴りかかった。
ビクターはギリギリでかわして、腕をとって、センを振り回す。
体勢が崩されたセンの背後にビクターがまわって、首筋に指をあてた。
「俺の勝ちだな。これがナイフならば首を落とせたな」
それから3回戦ったが、いずれもビクターの勝ちだった。
「さすがだな。これくらい戦えれば、マギロイドにも勝てるんじゃないのか?」
「いや、そういうわけにはいかないんだ」
そう言った瞬間にビクターはナイフを出してセンの頬を切った。
「何を!」
エムは驚いてビクターに詰め寄ろうとする。
「心配するな。見ろ」
ビクターがそう言うと、センの傷は、もう回復していた。頬についた血を拭うと、傷跡もない。
「これが、マギロイドの本当のおそろしさだ。魔力、体力の強さもあるが、一番やっかいのは、この回復力だ」
マギロイドには自己修復のスキルがそなわっていた。普通の切り傷くらなら一瞬で治る。腕を切り落とされても、すぐにくっつければ元通りになる。落とされた腕がなくても、半日もあれば再生する。
「俺が戦ったときも、首を落としたが、自分で拾ってくっつけやがった。剣や槍では、もうどうしようもない。だから首や腕を落として、その修復のすきに逃げたんだ」
つまりは、剣や槍などの物理攻撃で傷つけることができても、倒すことはできないのだ。
唯一の方法は、細胞のすべてを焼き尽くすことだけだった。
*****
それから、しばらくはセンはエムと魔術研究所で実験をする日々をすごした。デルタと約束したとおり、人体実験はなかった。
主に、センに魔法を実演してもらって、その効果を調べるものだった。
防御用のシールドを各世代レベルで再現してもらい、王国の魔法、武器でどれくらい対応が可能なのか、この実験には一番時間をかけた。
*****
研究所での実験の合間には、闘技場でビクターとの格闘の訓練にも取り組んだ。
「お前の動きは正直すぎるんだ」
「正直?」
「そうだ。まっすぐ相手に突っ込んでいく。狙うのは、まず急所だ。狙いがわかればかわしやすい」
「よくわからない」
「レッスン1は、相手の予想しない攻撃をしろ。それは魔法でも同じだ。とにかくやってみよう。こい!」
センはビクターに突っ込む。ビクターは横に何かを投げた。
(何だ?武器か?)
センは、一瞬、その方向を見た。そのすきに距離を詰められ、ビクターの腕がセンの首を抱えた。
「例えば、こういうことだ」
センは記憶力もすごい、一度やられた攻撃は学習して自分のものにできた。ただ、ビクターの攻撃はそれを上回る。
センは、戸惑いながらもビクターの教えを身体に刻み込んでいく。
「レッスン2は、状況をよく見ろ」
「???」
「よし、こい!」
センは、突進するが、つまずく。よく見るとい床の上に何本もの細いワイヤーが張られていた。それに足を取られたのだ。ワイヤーは、ビクターがいつの間にか準備していたのだ。
「戦場では、条件が次々と変化する。常に状況を察知して戦え」
「はい」
「レッスン3、何でも使え」
センが、ビクターに突進した。ビクターの足下から砂が巻き上がる。会話をしながら、足の甲に砂をのせていたのだった。
センの目に砂が入る。センはすかさず探査に切り替えた。しかし、間に合わずビクターに取り押さえられてしまった。
センは、ビクターとの訓練で着実に力をつけていった。
「一回使った方法は、もう使えない。すぐに対応できるようになるんだ。あと数日で、俺もネタ切れだ。もうかなわなくなるな」
ビクターは、見学に来ていたアルファに、うれしそうに言った。弟子の成長を喜ぶように。