センというマギロイド
しばらく宿ですごして、センは、強力な魔力と体力があること以外は、ほぼ人間と一緒だということがわかった。
ご飯も食べるし、眠くなれば寝る。トイレにも行くし、喉も渇く。暑いと汗もかくし、寒さも感じていた。最初にトイレを教えるのには、少し苦労もした。
ただ、生まれてからずっと製造工場の培養カプセルの中で育てられ、言葉や知識、魔法の使い方は、インストールするように頭に刻み込まれていた。初めて目にした者に忠誠を誓う、そうしたプログラムも。
それも戦士として必要のためだった。戦争の道具としてしかみられていなかったのだ。
目を閉じたまま育てられたので、知識はあるが、実際とは結びついてはいなかった。この状況で街を歩くのは、動物図鑑を読んだだけでアフリカのサバンナに行くようなものだ。
(いろいろと教える必要があるわね……。そしてセンのことももっと知らなくては……)
エムは、それを優先すべきだと考えた。
そして、感情らしいものも感じられなかった。食事をしたときだけ、「美味しい」と顔をほころばす。それ以外に表情を崩すことはなかった。
わざと目の前で着替えて挑発してみたが、何も変化はない。怒ったり、悲しんだりしてみせたが、それにも反応はない。
エムの指示通りに動く、それだけだった。
******
二人は宿を出て、ソフィーネ王国へ向かう。
製造工場を爆破したこと、マギロイドの弱点は見つからなかったことなどは、すでにつなぎ役から王国に知らされている。ただ、センのことはまだ伝えなかった。
「ゆっくり行こう」
エムは馬車や馬ではなく、街道を歩いて行くことを選んだ。
センにとっては見るものすべてが初めてだった。王国に戻るまで、教えなければならないことがたくさんある。
「あれが鳥ね。空の白いのは雲。雲から雨が降るわ」
エムの説明を不思議そうに聞く。言葉は知っているが、実際に見たのは初めてだ。
「あれ何?」
センはエムを質問攻めにした。
その表情は明るい。知ることがうれしかったのだ。
センに新しい感情が芽生えてきた。
エムも、そんなセンの変化を感じて、優しい目で見ていた。
*****
その日は、街道をはずれて山道へ入った。ここでセンの力をみたいと思った。
「今日は、ここで野宿するから、何か食べ物をとってこれる?」
「ちょっと待って」
センは目をつむってじっとしている。
「この方向に、何か大きな動物がいる」
探査のスキルだろう。獣道をかき分け進むと、そこには大きなイノシシがいた。
二人を見つけて、興奮したようだ。今にも向かってきそうだ。
「あれを獲って」
その瞬間にイノシシの首が落ちてバタリと倒れた。
何があったのかもわからない。
「何をしたの」
「魔法で首を落とした」
「どんな魔法?」
「風の力を使うやつ」
「ほかに何ができる?」
「それじゃあ」
イノシシが燃え上がる。肉が焼ける匂いがしてきた。
「これは?」
「火の力を使うやつ」
「魔法の技には名前がないの?」
「あるけど、名前は使わない。思うだけでできる」
「無詠唱か……」
イノシシのそばに座って、ナイフで焼けた肉を切り取りながら食べた。
食べるときのセンは、また笑顔だ。
「美味しい。美味しい……」
「ほかにどんな魔法が使えるの?」
「雷の力を使うやつ、水の力を使うやつ、氷の力をつかうやつかな」
「全部戦闘のためね」
「そう、僕はそのために造られた」
(やはり、センは兵器なんだ。でも人間らしいところもある……。でも、人間らしいってなんだ?)
結局、センの力はすごい、それしかわからなかった。エムの頭の中には疑問ばかりが残ることになった。
(あとは王国に帰ってからの調査だな)
*****
王国へ通じる街道の最後の街に来た。王国侵攻の最前線でもあり、帝国兵があちこちにいる。
二人は隠蔽のスキルを使って、街を通り抜けようとした。
そのとき、歩く兵士の前に小さな女の子が飛び出し、兵士に突き飛ばされた。
エムは、とっさにその子を助けようとしたとき、隠蔽のスキルが解除され、二人の姿が見えるようになった。
「気をつけろ……」
と言いかけた兵士の顔が青ざめる。
センの姿を見たからだった。マギロイドは全員が同じ顔をしている。最前線の兵士ならば、その顔は知っている。
「しっ、極秘任務なの。何もしないから黙っていて」
エムは、関係者を装って、兵士に口止めをした。兵士は震えながらうなずいた。
そして女の子に「大丈夫?」と声をかける。
どうやら大丈夫そうだ。二人は再び隠蔽のスキルで姿を消した。
*****
「なぜ助けたのだ。危険を避けることを優先しなければならないのに」
「だって、弱い子は助けなきゃ」
「弱い子は助けるのか?」
「そりゃそうよ」
「ここにいる全員が、僕より弱い。全員を助けるのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
(まだ理解できないな……)
エムは説明をあきらめた。
「でも、君って有名なのね。何か考えなきゃ」