帝国軍との決戦
戦場には、束の間の休息が訪れた。
戦闘がないので、センは魔法兵たちと魔法の練習をしていた。時折、センの笑い声も聞こえてくる。
「愛を知ると強くなれるか……」
その様子を見ていたエムがつぶやいた。
「女王陛下がおっしゃったことは、こういうことだったんだろう」
「そうですね」
「それとね。何人もの魔法兵と心が通じることで、魔力がアップしているんだ」
アルファは言う。
「調べてみるとセンの攻撃は、センひとりだけの魔力ではないんだ。おそらく、心が通じたことで、魔法兵や一般の兵士たちの魔力がセンにも流れている。女王陛下の結界も、宮廷の魔術師の魔力を女王陛下に送って、強化しているんだ。それと同じことがセンにも起きているんだろう」
「ただ、1つ気がかりなこともあります」
「何だ?」
「帝国のマギロイドは、センと同じ顔、同じ身体。センにとっては兄弟のようなものです。それで、センの中に、マギロイドを殺したくはない、という気持ちも出てきているんです。今は、命令だからと納得してくれていますが……」
「愛を知ると……、苦しみも生まれるんだな……」
エムはうなずいた。
*****
休息は、突然破られる。
帝国に潜入していた諜報員の報告が戦場を凍り付かせた。
北方の国々との戦争を縮小して、全マギロイドを王国との戦争につぎ込むという。
最前線の幕舎に、周辺の防衛隊の指揮官が集められた。
アルファのほかにデルタ、そしてセンとエムもいた。
「早くて2週間、遅くとも1月。諜報員の情報ではそうなっている」
「全マギロイド……。600体ほどか……。何日持ちこたえられる?」
「おそらく結界は数日。そしてその前に、ここの防衛隊は全滅です」
センの言葉に、その場にいた誰もが言葉がでない。
結論を出せず時間ばかりが経った。
「センの全力を帝国軍兵士にぶちかましますか?」
エムは提案する。
「確かにセンの攻撃なら万の兵士も消し飛ぶだろう。でも、あの皇帝にとって普通の兵士は捨て駒だ。兵士がどれだけ消耗しても、帝国で徴兵すればいいくらいにしか考えていない。マギロイドさえ無事なら、それでいいんだ。そんな皇帝だよ。そして我が女王陛下は、そんな戦闘は望まれない」
「それに、センの居場所がわかると、まず全マギロイドでセンを倒しにも来るだろう」
議論は行き詰まる。
「こうなったら、かねてから考えていた作戦しかないだろう」
「どんな?」
「女王陛下に出陣してもらう」
「いや、それはダメだ」
デルタが厳しい声で反対する。何人もの指揮官もデルタに同意する。
「戦場に来てもらうのではない。王宮で宮廷の魔術師と、魔力だけを送ってもらう。それで魔法兵の魔法を強化するんだ。そして陛下のお姿も投影させていただく」
「陛下のお姿で、兵士を鼓舞するというのか」
「そうだ。その力は大きいはずだ」
「陛下が戦場に出ないのであれば、いいだろう。むしろ、それしかないかも……」
「いつからすれば……」
「できるだけ早く」
一同は、黙ってうなずいた。
それから、王宮へ伝令が飛ばされた。
翌日の幕舎での軍議に、女王ソフィーネ13世が現れた。もちろん幻影だ。
「みなさん。今までありがとう。作戦は私も承知しました。私にできることはなんでもやります。でも、1つだけお願いがあります。犠牲者を出さないでください。負けてもいいですから、犠牲者が出る前に撤退してください」
そこにいた一同は、ひざまずいて頭を下げた。
*****
翌日から、ソフィーネ13世が出陣した。
戦場の後方、結界の手前に数十メートルの大きさのソフィーネ13世が現れた。
帝国の兵士はもちろん、王国の兵士もソフィーネ13世を見たことはなかった。
その大きさもあったが、みなを驚かせたのは、その美しさだった。
この世の者とは思えない美しさ。女神としか思えない美しさ。誰もがそう思った。
その姿を目にして、王国の兵士たちは歓声を上げる。誰もが力が漲るのを感じていた。
ソフィーネ13世が両手を開く。全身が白く輝き始め、その光は徐々に強くなる。
目には見えないが、大量の魔力が魔法兵へと送られているのだった。
センもソフィーネ13世から魔力を受け取っていた。
*****
3体のマギロイドが突撃してきたが、ソフィーネ13世から魔力を得たセンが瞬殺する。
普通ならば、1体で魔力が尽きるところだが、ソフィーネ13世から送られる魔力は強大だった。
(なんて温かい魔力だ)
その魔法から、センはソフィーネ13世の愛を感じていた。
帝国の地上兵も、王国の魔法兵の攻撃を受け、さらに突撃した兵士たちに蹂躙され、退却していく。圧勝だった。
それでも、帝国軍は本体ではない。帝国にとってはかすり傷程度のものだ。
そうした戦いが、数日続き、いずれも王国軍の勝利で終わった。
帝国軍は、少し下がったところに陣を敷く。本体を待つつもりのようだ。
できるだけ戦力を削ぎたい王国軍は、小さな戦いを挑み、小さな勝利を積み重ねた。
帝国軍はまた一歩下がることになった。
*****
ソフィーネ13世の出陣の効果は絶大だった。
ただ、それ以上に戦場に大きな変化があった。
ソフィーネ13世の美しさは、帝国領内でも「戦場の女神」として噂され、多くの帝国民が一目見ようと殺到した。
戦場を見渡せる帝国内の丘の上には、多くの見物者であふれていた。
屋台も出て、もうお祭りだ。
*****
そうこうするうちに帝国軍本体が前線に到着した。
マギロイドは625体。魔法兵は5千人。一般の兵士は10万いる。
将軍をはじめとして、帝国のほとんどの将官も集まっていた。
そして、大臣などの政府の高官も。
誰もが「戦場の女神」を見るためだった。
どうせ勝つ、そして安全だ。そういう雰囲気が帝国軍内に流れていた。
王国の兵士は、帝国軍の威容に息を飲む。
(勝てるのか)
誰もがそう思った。
これまでの小さな勝利で積み重ねた自信が吹き飛んだ。
*****
帝国軍の前に、いつものようにソフィーネ13世が姿を現した。
その美しさに、誰もが息を飲む。初めて見た帝国軍の多くの兵士も、これから戦争をするということも忘れて、その美しさにみとれた。
「何をしている。攻撃しろ」
ある将軍の一言で、我に返り、戦闘の準備にかかった。
すべてのマギロイドはソフィーネ13世の前に展開した。
帝国のマギロイドが、結界に向けて攻撃を始める。
雷撃、炎、巨大な氷の塊が結界に結界に向けて放たれる。
ソフィーネ13世の幻影を突き抜け、結界に直撃する。
結界の中では轟音が響く。
王国兵は、全員結界の中にいた。王都からの援軍もかなりいたが、それでも帝国軍の1割にもならない。
「魔法兵!結界が破られたら、すぐに修復するんだ!」
ミラー中尉の声が響く。中尉は階級は低いが、帝国との戦闘経験も豊富で、ここの指揮官に任じられていた。
「フェイルノート、アラクネの準備はいいな」
「はい、準備はできてます」
「結界が破られたら、入ってくるマギロイドを個別に撃破するんだ!」
ミラー中尉は、上を見上げた。
「マギロイドの攻撃が上部に集中している。空からくるぞ」
兵士たちも見上げて息を飲む。
「準備ができたら、担当以外は休め!」
「休んでなんていられません」
「いや、結界はすぐには破られない。長丁場にもなるだろう。だから休め!命令だ!」
そういわれて、若い兵士たちはすごすごと下がる。
(いつまでもつのか……)
結界は、まだまだ大丈夫そうだが、グオングオンと大きく響く音に不安を募らせるだけだった。休めと言われても休めない。どの兵士もそうだった。
*****
「いる?」
センとエム、アルファ、それと数人の魔法兵は、帝国軍の背後にある戦場を見渡せる丘の上にいた。まわりは戦場の女神を見に来た見物客だらけだ。
「いや、あれは影武者だ」
帝国軍本体の後方に、ひときわ目立つ馬車がいた。ぐるっと兵士が囲んでいる。
狙う敵はそこではない。そこにいるのは影武者だとセンは言う。
センは意識を集中して探査を続けた。
「あそこだけ探査無効の魔法がかかっている」
センの指さした方向をエムは見た。
影武者のいる馬車の100mほど横に、軍の頑丈そうな装甲馬車が停まっている。
(あそこだ!)
「セン、あの装甲馬車を破壊して」
「わかった」
ゆっくりと空中に浮かび上がった。まわりの見物人が驚いてみている。
センは両手を前に出して重ねた。その手の先が青白く光る。
強力なエネルギーを感知して、数体のマギロイドが、影武者の馬車のまわりにシールドを展開した。
センから放たれた光は、そのシールドの横を通り抜け、装甲馬車に命中した。青い光が装甲馬車を包む。
しかし、装甲馬車はびくともしない。
「防御魔法だ。我々の結界のようなもので、シールドよりもはるかに強力だ」
アルファが悔しそうにつぶやいた。
(みんな力を貸して)
センは結界の中の魔法兵たちに呼びかけた。
(了解)
心が通じている数百人の魔法兵から、そして万を越える一般の兵士たちからも、膨大な魔力が送られてきた。
センが狙ったのは帝国皇帝だった。「戦場の女神」を見物に出陣するという情報があったのだ。その皇帝がいるのが装甲馬車だ。
防御魔法で張られた結界は、センの光でジリジリと音を立てている。でも破れない。かまわず攻撃を続ける。
(魔法を制御するんだ)
装甲馬車にあたる光の点が徐々に小さくなっていく。
センの全力の魔法、兵たちの全力のエネルギーを1点に集中させて、ついに結界が破れた。
「やった!」
エムとアルファが同時に声を上げた。
しかし、装甲馬車にはもう一つの防御魔法による結界があった。
「まだあるのか!」
それでもかまわず、センは攻撃を続ける。
(魔力はもつのか)
〈セン、受け取りなさい〉
ソフィーネ13世がひときわ強く輝いた。ソフィーネ13世を通して、王国全土の魔力が集められる。
センの手の光が輝きを増す。
冷徹で残酷な皇帝を義務的に守る結界。そんなものに全王国民の愛が込められた魔法が負けるはずはない。
強さを増したセンの攻撃で二つ目の結界が消失した。
装甲馬車が青白く光った。
皇帝は、何を起きたのかもわからず、声を上げる間もなく、蒸発した。
それはひときわ大きな光だった。
帝国軍の兵士は、その方向を見るが、誰も何が起きたのかはわからない。
シールドで守られた馬車は、護衛の兵士と共に無傷だった。
帝国の指揮官も兵士も、たまたま一部が攻撃されたとしか思っていない。
装甲馬車の周辺だけが跡形もなく消滅していただけだ。
*****
ソフィーネ13世の前に展開していたマギロイドたちが、動きをとめた。
そして、それぞれの頭の中に、〈あの女性に従いなさい〉という命令が降りていた。
皇帝が死に、マギロイドはリセットされた。
「さあ、みんな帝国軍に向かって」
ソフィーネ13世の言葉に、マギロイドは一斉に向きを変えた。
戦場から音が消えたように思えた。
帝国軍の兵士からは余裕が消えた。
誰よりもマギロイドの怖さを知っているのは帝国兵だ。
呆然と、ソフィーネ13世と取り巻くマギロイドを見ているだけだった。
*****
「うまくいきましたね」
「ああ、こんなにうまくいくとは思わなかった」
「帝国のマギロイドの主が、皇帝だと知っていたんですか?」
エムがアルファにたずねた。
「いや、それは帝国でも極秘事項だった」
「それではなぜ?」
「皇帝の性格を考えると、それしかないだろう。あの猜疑心の塊のような皇帝が、たとえ王族であってもマギロイドを託すことは絶対にないからな」
エムはうなずく。
「マギロイドを無効化するには、主が死ぬしかなかったから、とにかく皇帝を倒すことを考えたんだ」
「だから、女王陛下に出陣いただいたんですね。」
「王城の奥にいる皇帝を引きずり出すにはこれしかなかった。それもあの場で言ったら、情報が漏れていたかもしれないから秘密だったんだ」
得意げな顔で言った。
「さあ、みなのところに戻ろう」
******
ソフィーネ13世の声が戦場に響く。
「帝国軍のみなさん。マギロイドは、リセットされて私の命令を聞くようになりました。皇帝も亡くなられたようです。それでも戦争を続けますか?撤退するのならば、私たちは、攻撃をしません」
結界内の王国兵士は歓声を上げて、喜び合っている。
帝国軍のひとりの将軍が前に進み出てきて、ソフィーネ13世の前にひざまずいた。
「皇帝陛下が亡くなられたのであれば、私がこの軍の最高指揮官になります。まだ、陛下が亡くなられたのは確認されておりませんが、マギロイドがリセットされたということからも、真実だと思われます。陛下の死が確認できましたら、全軍の撤退をお約束します。女王陛下におかれましては、我が軍の全兵士の安全をお約束いただきたくお願い申し上げます」
「約束しましょう」
それから将軍は、振り向いて、何人かに指示を出した。
帝国軍の兵士は、陣地内を走り回っている。
しばらくして再び将軍がソフィーネ13世の前に出てきてひざまずいた。
「まだ、皇帝陛下のご遺体は見つかってはおりません。しかし、今の状況を考えると、おそらく亡くなられたものと推察できます。全軍撤退をいたします」
「わかりました。それでは約束通り、帝国軍の安全を保証しましょう」
「ありがとうございます」
将軍は、立ち上がって振り向き、
「撤退だ」
と大きく宣言した。
統率の取れた帝国軍は、あっという間に撤退していった。600体のマギロイドを残して。
そして、ソフィーネ13世も、その姿を静かに消した。
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エムとセンは、結界内にいる王国兵のもとへ行く。
兵士たちは、お祭り騒ぎだ。あの強大な帝国軍を撤退させたのだ。
センは、たくさんの兵士に囲まれた。
「ありがとう!セン!」
「いや、みんなのおかげだ。みんなが送ってくれた魔力が、帝国を倒したのだ」
それから、宴会が始まった。 センと兵士たちの心が1つになる。たくさんの仲間たちと喜びを分かち合った。




