カプセルの中の少年
その少年は、大きな爆発音と熱風を感じて目を開けた。
視線の先には、小柄なメイド服の少女が立っている。
そのまわりは、機械のようなものから火が噴き出していた。
〈この娘に従いなさい〉
少年の頭の中に命令が降りてきた。
閉じ込められていたカプセルから出て、立ち上がる。
何も身につけていない。全裸だ。
身長は170センチくらい。年齢は14、5歳くらいに見える。一見普通の少年だ。
「マギロイド1000号が動き出したぞ!」
「どうしてだ!」
「爆発でカプセルが解放されたようだ」
マギロイドと呼ばれた少年は、少女に向かって歩き始める。
「しまった。マギロイドは、初めて目にした者に忠誠を誓うのだ」
「すぐに兵士を集めろ」
「しかし、どんなに兵士を集めても彼にはかなわない」
「だから、あの小娘を殺すのだ。そうすればリセットされる」
「とにかく兵士を集めろ!」
兵士たちは混乱して、駆けずり回る。
爆発音と怒号の中でもメイド服の少女は、冷静にその会話を聞いていた。
(なるほど、そういうことね。うれしい誤算だわ)
「私を連れて外へ出て」
そう言ったが、全裸の少年に近付かれて、少女は顔を赤く染めた。
少年は、少女を抱えて火の壁を飛び越えた。
そこには十人ほどの剣を手にした兵士がいる。弓を構えた者もいる。二人は瞬く間に囲まれた。
マギロイドと言われた少年は、片腕を前に突き出す。
手先から閃光がきらめき、兵士たちは目を押さえてうずくまった。
そのすきに、少女を抱えたまま高くジャンプして高窓を突き破り、場外へ出た。
「まずい、追いかけろ」
「魔法兵、結界を張れ!外に出すな!」
「詠唱が間に合いません!」
「ええい、なんとかしろ!」
兵士たちが、混乱して走り回り、叫びまくる。
「ふう、ここからは私の隠蔽・擬態のスキルが守ってくれる。これで大丈夫」
地上に降りた二人は、城の庭園を歩いて通り抜け、城下の街へ向かった。
少年は全裸のままだ。
通りですれ違う人たちも多くいたが、隠蔽のスキルで誰も二人には気づかない。
******
「ここが泊まっている宿よ」
そう言って、1軒の宿に入って、部屋に直行した。
「まず、これを腰に巻いて」
とタオルを渡した。少女の顔はまた赤い。
「顔が赤いが、病気か?」
「そんなんじゃない……」
「この服での潜入も終わったし、私も着替えるから、あっちを向いていて」
そう言われても、少年は動かない。
「恥ずかしいんだけど……」
「恥ずかしい?」
「そう、女の子は、裸や下着を見られたくないの」
と少年の頭を強引に逆に向けた。
「作戦が成功してよかった。あなたのおかげよ」
そう言われても少年は無表情だ。
「あたしはエム。あなたの名前は?」
着替えながら尋ねた。
「培養カプセルの中では、1000号と呼ばれていた」
「マギロイドって、名前がないのね。うーん、それじゃあ、あなたの名前はセン。これからセンと名乗ってね」
「セン、セン……」
センは、自分の新しい名前を何度も口ずさんだ。
******
「あなたも座って」
着替えが終わったエムはベッドに腰掛けた。センも横に並ぶ。
「これから少しお勉強ね。私たちの国のこと、この国のことをわかってほしいの」
センはうなずいた。
そうしてエムは、説明を始めた。
エムの国は、ソフィーネ王国といい、女王であるソフィーネ13世様が治めている。平和を愛する女王と国民により、長く平和が続いていた。
今いる国は、バルド帝国。以前はバルド王国といい、周辺国とも友好な関係をもっていた。それが数十年前に、一人の天才魔道士ゲオルクがマギロイドを生み出すことに成功した。
膨大な魔力を持ち、一体で一個大隊に匹敵する戦闘力をもつ。
これを手にしたバルド王国のゴデホク王は、その力を使い周辺国を次々と侵略し、領土を拡げた。そして皇帝を自称し、国号をバルド帝国とした。
数年前からはソフィーネ王国への侵攻を始めている。
皇帝ゴデホクは、冷酷、残忍な皇帝として知られていた。
噂だけでなく、実際にそうだろう。
おそらくマギロイド製造工場の守備兵は全員処刑されるだろう。かわいそうだが仕方がない。
ソフィーネ王国も侵略されると、王国民は全員奴隷とされる。
それだけは避けなければならない。
「とにかく、君たちマギロイドはとてつもなく強いから、その弱点を調べて、製造工場を破壊することが、私の任務だったの」
メイドとして城に仕えて、隠蔽・擬態のスキルを使って情報を収集して、製造工場を破壊したところだった。
魔道士ゲオルクはすでに亡くなっている。マギロイドに関する文献も工場と一緒に焼き払った。これでもう一度造れるようになるまでにはかなりの時間が必要なはずだ。
「それにしても、あなたが1000ということは、もう999もいるのね」
話を聞きながらもセンは無表情だった。
「私が調べてもわからなかったけど、何か弱点はあるの?」
センは首をふる。
「それは教えられていない」
それを見て、エムはため息をついた。
「それじゃあ、あなたの服を手に入れてくるから、ちょっと待ってて……」
エムは、外に出て、センの服を一式買ってきた。
「とりあえず、これを着て」
その服を手に、ただ立っている。
「ああ……、こうして着るのよ」
エムは、センから目をそらしながらも、タオルを取り、服を着せ、靴をはかせた。
「顔が赤いけど……」
「大丈夫だから……。もう気にしないで」
******
「お腹はすいた?そろそろご飯の時間だけど」
センは、腹に手を当て、しばらく考えてからうなずいた。
食堂のテーブルに向かい合って座った。センは知識はあるようだが、実際には料理が何か、食べ物とは何かがわからない。それでエムが注文をした。
料理がテーブルに並べられた。エムの見よう見まねでナイフとフォークを手にした。
「ご飯を食べたことはあったの?」
センは首をふる。
「じゃあ、どうしてたの」
「必要なものは管で、直接腕に入れてた」
「そう。それじゃあ、これが肉を焼いたもの、これは魚、そして野菜のスープにパン」
これからすべてが勉強だと、一つ一つ教えながら食事を始めた。
一口食べたセンの顔からは笑みがこぼれた。出会って初めて見た表情の変化だ。
「口の中が、不思議な感じだ」
「これが美味しい、ということよ」
「美味しい……。これが……」
「そう、美味しい」
それから、魚やパン、次々と口に放り込んだ。
一口食べては、「美味しい、美味しい」を繰り返す。
あっという間にテーブルの料理は消えてしまった。
それから部屋に戻り、二人はそれぞれのベッドにもぐり込んで、ぐっすりと寝た。