開いててよかった!深夜のなんでもショップ 店主は元SS級冒険者、神速の剣聖アムピム・ローソン
「おい、ここじゃないか?」
「そうみたいだな。本当に夜中でもやってるんだな」
「ああ、開いてて良かった」
最近は治安が良くなって来たとはいえ、全く犯罪が無いわけではないこの王都で、夜中に開いている雑貨屋があるなんて、噂では聞いていたがデマなんじゃないかと疑っていた二人は、驚きつつも灯りに安堵しながら店の前にやって来た。
この世界にある5つの大陸の一つ、フーラン・チャ・イーズ大陸。そこで最大の勢力を誇る国チョクエーテン王国。その国の中心でもある王都の東門に近い地区にその店はあった。
看板には『コンビニエンスSS ドドンキ 王都東門本店』と書いてある。
透明な少し湾曲した壁の向こうには明るい店内が見えている。この透明な壁は巨大昆虫獣ムラサキオニヤンマの目で作られているのだろうか。
ムラサキオニヤンマは、時にはドラゴンすら群れで襲って餌にすると言われている体長5〜10メルトルの蜻蛉目鬼デカオニヤンマ亜種の上位種で、通常の鬼デカオニヤンマよりも更に巨大。ムラサキオニヤンマの体長は約35メルトル程。オスよりもメスの方が大きい。観測されている最大のメスは50メルトルらしい。
この透明な大きな壁のサイズを見ると、素材はかなり大きなムラサキオニヤンマの目なのだろう。討伐するのはほぼ無理な魔獣だが、成長が早い上に成虫になってからの寿命は2年ほどという事もあり、運良く死骸を見つけて採取できる素材ではある。数年前に国境付近で大きな素材が採れたて話題になったこともあった。その頃にSSランクのアムピムという冒険者がムラサキオニヤンマに乗って笑いながら飛んでいたという目撃談もあったが、さすがに信じる者は少なくその噂はすぐに消えた。
そんな大きな透明壁を通して、真新しい衛兵の制服を着ている二人の男が店内を覗いている。二人ともかなり若い。15〜16歳といった所か。どうやら成人したての新人兵士のようだ。
彼らは初めての夜勤中に、「夜回りの練習だと思ってちょっと行ってこい」と先輩からお使いを命じられ、「東のミミズク通りの34番地に夜中でも開いてる雑貨屋がある。近くまで行けば明るいからすぐわかる」と、深夜2の鐘が鳴ったばかりの真っ暗な人気のない夜の道に送り出されたのだ。
確かに近くというか、結構遠くからでもすぐにわかった。
「外まで中の明かりが漏れてて随分と明るい。ここだけまるで昼間みたいだ」
「ああ、この明るさは魔石灯の明るさじゃないな。あ、見ろよ。そこに取扱商品リストってのが貼ってあるぞ」
「…随分と色んな物が置いてあるな。これ本当かな?確かに店内には色んな物があるみたいだけど」
「これだと、なんか、雑貨屋ってより何でも屋って感じだな。ここだけで必要な物がほとんど揃っちゃいそうだぜ」
あまりにも明るい店内に何となく気後れしているのか、店の前で話していて中に入ろうとはしない二人。
「美味そうな匂いもするな。食べ物もあるみたいだぞ。それに知らない商品も書いてある」
「この灯り欲しいな。これも売ってるのかな?」
「どうだろう。あっても高いんじゃないか?」
ここは先月「夕暮れから朝7の鐘まで営業中!」というイレギュラーな営業時間を掲げて開店したらしい。兵舎でも話題になっていた。そして、ちょっと笑いの種にもなった。
何しろ、一般の者が仕事を終え帰宅をし、ほとんどの店が閉まる頃にオープンして、一般の店が開店し街が動き出す頃に閉店するというのだ。人通りはほとんど無くなる時間帯に店を開けるなんて意味があるのか。道楽にしても異色過ぎる、と。
または、何かよからぬ者が集う違法な店なのではないか?と警備をする者達の注目も集めた。しかし、上のお偉いさん達からの調査指示などは出ていない。それもあって二人はただの噂だろうと思っていた。
だが実際は酒場などでも話題になり、酔った連中が肝試し的に店を訪れては口を揃えて「あの店、良いよな」「ああ、助かるよな」「あの店がやってると思うと安心」等と言い始め、「話を聞いて子供が熱を出した時に思い切って行ってみたらすごくよかった!」という声も出て、街中ではどうやら中々良い店らしいと知られ始めている。
とはいえ、何しろ深夜営業だ。繁盛しているとは言い難い。余程の用事でもない限りは、やはりみんな夜中に出歩く事は滅多にないのだ。今の店内も客がいる様には見えない。
二人の若者は入り口に掛けられている札の文字に目を向ける。
◇◇
開いてて良かった!の一言が何よりのご褒美です!
深夜も安心お買い物! 何でも揃う便利なお店!
あなたの『ドドンキ』へようこそ!
◇◇
「…ドドンキか。入ってみるか」
「うん」
二人は意を決して横開きの扉を開けた。
♪ピロパロ ポンピン ピロポロぺ〜ン♪
「うわ!音が鳴った!」
軽快な音が二人を迎える。
「いらっしゃい!」
扉を開けた途端に音が鳴り驚いていると、左手のカウンターから男の声がした。見ると、そこには薄茶色の髪と髭の、ハンサムっぽいが目付きがやけに鋭い体格の良い男が二人に笑顔を向けていた。
「「(やべ、この人ちょっと怖い)」」
何故だか恐ろしい獣に睨まれた様な恐怖を感じて萎縮する二人。それを見て、カウンターの男は一瞬困った様な顔をし、おもむろに手のひらを上にして親指と人差し指と薬指を擦りながら差し出して二人に向かって言った。
「大丈夫だぞ、おいちゃんは怖くないからな。ほれ、とーとーとー。お前ら買い物に来たんだろ?夜中に来るくらいだ、急ぎなんじゃないのか?とーとーとー。よしよし、ほらな、飴をやるぞ、こっちへ来い。とーとー」
飴を差し出し「とーとー」言っている男に急ぎだろうと言われて「そうだった。俺たちは先輩に言われてお使いに来たのだった。怖がっている場合ではない」と二人は思い出す。そして、誘われるようにそろりそろりとカウンターに近づき、カウンターの上に差し出し置かれた飴を引ったくる様にもらって、怖さを払拭する様にその飴を口に放り込んだ。
「ははは、とーとーとーで寄って来るってことは、お前ら二人とも鳥との相性がいい様だな。鳥使いになれるかもしれんぞ」
男が笑うと、不思議と先程までの恐怖が和らいだ。確かにこのおいちゃんは怖くはないようだ。
「で、何を買いに来たんだ?お前らあれだな、衛兵見習いか?」
「お、俺たちは見習いじゃない。正規の衛兵だ。…なったばかりだけど。俺はジル・ダックだ」
「俺はイオ・スパロ。下痢の薬と替えの下着を買いに来た!おいちゃ…店主の言うように急ぎだ!」
「ああ、下痢の薬と替えの下着な…」
「無いのか?」
「あるよ」と笑って男は続ける。
「なにしろここは、食料品、日用品、衣料品、魔道具、魔石、医薬品、薬草、魔法薬、旅道具、携帯食、飼料、武器、防具、両替、軽食サービス、回復魔法、求人掲示板、大工道具、各種修理、伝書魔法送受信サービス、代筆サービス、異国語翻訳サービス、古語翻訳サービス、似顔絵サービス、あなたの為に詩を書きますサービス、…その他多数取り扱いだ。
とにかく様々なものが殆ど揃っちまうというすごい店。品揃えは豊富だし、超お手頃価格でのご提供…だけではなく、まさかの最高級レア商品までが揃う店「ドドンキ」だからな!」
「す、すごいな」
「だけじゃないドドンキ!」
「下痢の薬と替えの下着ってことは、お前らアントニオの使いだな?」
「な、何故それを!?」
「ふっ、そのくらいわかるさ。アントニオめ、どうせまたニンニクのオイル煮でも食ったんだろう?下痢の薬はゲリピタンの方でいいだろうが、一応スグトマールも持って行きな。下着は標準サイズだな。一枚でいいのか?」
「一枚と言われてる」
「はいよ。ほら、これだ。合わせて1480エーンヌだ。早く持って行ってやりな」
「ああ、ありがとう」
「お前ら、光球は使えるのか?」
「いや、俺たちは魔法は得意じゃなくて…」
「そうか。んじゃ、このチビ灯一個持って行きな。サービスだ。一晩は持つぜ。足元に気をつけて転ぶなよ」
「こ、子供じゃないぞ! …だが、ありがたく頂いて行こう」
「はいよ。何かあったらまた来な」
そして二人は「ドドンキ」を後にする。店が明るかったせいもあり、外に出ると闇が一層暗い気がした。もらった飴を口の中でころがしながら、もらったチビ灯で足元を照らしながら歩く。小さいがとても明るい明かりだ。
「これ、一晩しかもたないのかな?」
「俺も思った。ずっと使えると良いのにな」
「飴美味いな」
「うん。俺たちさ、二人とも鳥使いになれるって言われたな」
「そうだな。なんでかな」
「今度聞いてみようぜ」
「そうだな」
二人は夜道を急ぎ足で兵舎に戻る。今度はもっとゆっくりとあの店を訪れてみよう。見慣れない魔道具のようなものもたくさんあったし、すごく高そうな武器もあった。美味そうな匂いもしていたし、何と言っても、急に薬が必要になった時に夜中でも買うことが出来るなんてすごいじゃないか。
「おもしろい店だな」
「店主が怖かったけどな」
「先輩が言ってたのって本当なのかなって思ったよ」
「俺も!でも、まさかなあ」
ははは、と笑いながら歩く。
そう、先輩が言っていた。
あそこの店主は元SSランクの冒険者らしいと。急に引退して店を開くと宣言して色んな意味で世界を震撼させ、特にうちの国王様がショックを受け「考え直してくれ」と泣いて縋った時に「あんまり駄々を捏ねるな。俺の人生なんだから好きにさせてくれ。だが、どうしても俺の力が必要になった時には出動するから心配するな」と上から目線で約束をしたという噂があると。「誰もが寝静まるような時間帯でも開いていて、困った時に駆け込めて、いつでも安心して買い物が出来る店」を開店させた男なのだと。
聞いた時はそんなのあるわけないと思った。兵舎でもその話を信じている者は少ないだろう。でも、実際に店主に会うと本当かもしれないと思う。怖い事があってもあそこに逃げ込めば大丈夫なんじゃないかな。笑いながら助けてくれそうな気がする。そんな事を思って歩く二人だった。
これを書こうと思ったのは確か2年くらい前。ちょうどその頃のランキングにコンビニものが幾つか出て来た時で、ある意味で世の中の流れに乗っているのか?と思いながらも、何となく掲載はしないで引っ込めました。
そして昨日、久しぶりに何か短編をと思った時に一番に思い出したのがこの話だったので、手直ししつつ出してみました。
幾つか続きがあるので、また機会があったら続けるかもしれません。
それにしても、もうampmが無いのだと思うと今だに寂しい。24時間ソフトクリームマシンがスタンバイしていた素敵なコンビニでしたね…。