第一話「転移」②
「指から……炎が?」
見間違いじゃない、よな?
確かに念じただけで、心で唱えただけで、何も無いところから――正確には指先から――小さな火球が現れた。そして、望む通りまっすぐ飛んで薪の火種となった。
呆然とするしかなかった。
一連の動作は他でもない自分が行っていたのに、全くもって眼前の光景には現実味がない。自分でもなぜあんな事が出来たのか分からなかった。何となく、できるような気がしてやったら出来てしまった。操られているように身体が動いて、火の玉を生み出した。
「――って、火が消えちまう!」
はっと我に返ると、火種は線香花火のように小さくなっていた。危うく消えるところであった。火をつけただけではダメらしい。急いで息を吹いたり、乾いた葉を入れる。
「頼むから消えないでくれ……」
とりあえず木と枯れ葉が焚き火になった。まさか火起こし一つがこんなにも大変で、かつ重要な存在だとは知らなかった。
ライターやマッチ、スイッチを押せば暖かくも涼しくもなるエアコンというのは、なんて便利なのだろう。俺は、四つん這いの形で咽るまで焚き火に息を吹き入れているのだ。普通につらい。
「よし、持ち直してきたぞ……!」
少しずつ、火が勢いを増してきた。何度か加減が分からずに消えかけたものの、上手くいきそうだ。四つん這いで色々していたから、膝が痛い。手も痛い。
しかし、火を絶やす訳にはいかないので、薪をいくつか集めにいかなければいけない。俺はのっそりと立ち上がって、焚き火の灯りを頼りに辺りを探し回る。
火がついてから何だか安心感が凄い。これで夜越せるだろ、と感じ始めてから急に疲れが来た。日中の行軍に加え、火との格闘で身体はヘトヘトなようだ。俺の脳内は、
『さっきの火の玉出現について考えようぜ!あれスゲえよ!』
と騒いでいるように感じるが、嫌だ。シンプルに眠い。無理。寝たい。明日にしよう。
何とかいい感じに薪が集まったので、大木に腰を下ろす。眼前にメラメラと燃える炎を見つめる。ちょうどいい距離感だ。暑すぎず寒すぎず、頼もしい暖かさだ。
俺はそのままごろんと横になった。ベッドの様な心地よさこそ無いが、落ち葉布団は疲れた体を包み込んでくれる。昔の人はこうやって、厳しい自然を生き抜いていたのだろうか。先祖様すげえ。
徐々に思考も遠のいていく。虚ろ虚ろになっていく意識。気持ちよく……寝られそうだ。
……………………
うぅ……眩しい。朝日……か?
落ち葉……の上? 森?
そうだ……俺は森で迷って、寝てたんだ。
身体痛ぇ。あんまし……疲れとれてねえ、な。
そろそろ起き――
刹那、眼 に入ってくる黒い何か。
目のピントが徐々に合ってくる。一定間隔を開けて、それらは配置されている。1,2,3……6はいるだろうか?
四本脚の犬のような……
「お、狼!?」
夢うつつから現実にぐっと引き戻される。さっきまでの気だるさが嘘のように、眠気が完全に吹き飛んだ。な、なんだ? 狼? 昨日まで動物なんて殆ど見なかったぞ?
しかも、例によってコイツらも狼のようだが狼ではない。大きさは個体によるが、デカいやつは熊くらいある。目は刃物のように鋭くて赤い。おでこからはお決まりのように角が生えている。剥き出しの犬歯はサーベルタイガーのようだ。
グルルルル……
誰の目にも明らかな威嚇の姿勢。昨日の無害なネコモドキとは違う。
『殺される』
本気でそう思った。焦りとも、血の気が引いていくのとも違う生命の危機感。身体が警告する。戦ってはいけない、と。
「ど、とうすれば……」
とりあえず後退りするしか無かった。走らずゆっくり、距離を取る。少しずつ、少しずつ。
一方で、彼らも同じだけ距離を詰めてくる。俺と同じ様に着実に一歩ずつ。そして恐ろしいことに、その距離は徐々に狭まっていた。彼らは間合を詰めるのがとても上手いのである。
狼との間はどんどん縮まっていく。周りを囲まれていく。それでも、下がり続けるしかない。一度止まってしまえば――
『あ』
その瞬間は、スローモーションのようだった。
木の根か何かに踵がぶつかり、ほんの短い間だけよろけた。体勢を崩すなど人間にはよくあること。しかし、彼らのような野生生物にとっては十分な隙だったようだ。
狼が強靭な足で地面を蹴るのが見えた。落ち葉が舞う。飛びかかってくる狼。身体は――動かない。
『俺、死ぬんだ』
脳は意外と冷静らしい。このまま喉に噛みつかれて即死だろうか、と呑気に思考している。死ぬ前に見るとやらの走馬灯は――見えなかった。
俺はこうやって死ぬのか。なんと呆気ない。でも……記憶喪失で良かった。もし大切な人とか居たら、悲しいだろうしな。
狼がまもなく俺の身体に触れる。どう殺されるかは予測できないけれど、痛くない方がいい……かな?
そういえば、指の先から火が出たのはどんな仕組みだったんだろうか。
目をぐっと閉じる。最期にグロいのは見たくないから。
「「 アイズベルグ!!! 」」
ズドンッ!
声と共に、大きな音が聞こえた。
思わず飛び起きる。なんだ、一体。辺りを見渡すと、さっきまで俺に襲いかからんとしていた3,4頭の狼がぐったりしている。
やけにひんやりとした空気。霜らしきものが降りていて、ここだけ少しの間冬だったような、変な感じだ。
そして、凛と一人の女性が立っていた。残る2頭の狼は唸りながら、彼女に向かって牙を向いていた。
「そこのあなた、大丈夫?」
しかし彼女は、そんな狼のことを気にも留めていない様子で、すらっと細い身体を翻す。
綺麗な黒髪。ハーフアップがよく似合っている。上品な雰囲気で、シンプルにかわい――
「グワァルルッ!!!」
って、そんな悠長に観察してる場合ではなかった。一瞬の隙を見て狼が彼女に飛び掛かる。
「あぶな――」
とっさに彼女を庇おうと動き出そうとした瞬間、いやそれよりも早く、彼女は既に動いていた。
彼女が慣れた手つきで何かを素早く取り出して、「何か」をすると、狼は吹っ飛び木にぶつかって倒れた。
手には、軽く握られた30cmほどの……杖。ここから、何かをしたのだろうか。
すべてが一瞬で、そして多くの事が一斉に起こりすぎて整理がつかない。一体なにが起こって……
「ねぇ、聞こえてる? おーい、もしもーし」
すっと透き通る、凛々しい女性の声。
意識が我に返ると、顔の前に手のひらがあった。座り込んでいる俺を覗き込んで、怪訝そうな顔をしていた。
「こんなところで何してるの? ずいぶん軽装備だけど、この辺の人? だったら聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
とりあえずひと段落、
質問が多いな。そういえば、狼に俺って
「え、何をしてるか……?」
「そう。もしこの辺に詳しいならアズカ村……?までの行き方教えてほしいのよね」
「というか日本語、通じてるのか? 日本人の顔じゃないよな……?」
「ん? ニホン? 何言ってるの? 私の話聞いてる?」
ぐっと顎を掴まれる。
「まず質問に答えてよ。あなたこの辺りに住んでるの?」
近くに顔をぐっと寄せられる。思わずドキッとした。
「す、住んで………ない」
日本人の顔ではない。
目、鼻、耳に至るまですべてのパーツが整っている。人形のような顔立ち、というのは本当に存在するんだと思った。
「え? じゃあどうやってここまで来たの? ひょっとして冒険者?」
「冒険者……?」
「冒険者、知らない? 冒険者っていうのはね、歌を歌わない吟遊詩人っていうか、商品を売らない商人っていうか……なんて言ったらいいんだろ」
「…………?」
「とにかく! その身一つで世界を駆けまわる放浪者みたいな感じ。その調子じゃ冒険者でもないようだけど、なんでこんなところにいるの? 迷って来られるような場所でもないと思うけど」
冒険者。日本語でも聞いたことがある。
というか、人種的に明らかに日本人ではないし日本でもないのに、マジでなんで日本語が通じてるんだろう。
血は生粋の欧米人なのに、日本語ペラペラな人と話してる時のあの感覚に近いものがある、って……今は考えなくていいか。
「実は……俺自身どうしてここにいるのか分からないんだ。あんたの言う冒険者では勿論無いし、気づいたらこの森に居た」
「気づいたら居た? んなアホな」
「へ……アホ?」
「いつから居たの?」
アホ……?
「……えっと、昨日の昼くらい、だったか。目が覚めたらこの森で倒れてて。俺の住んでる国とはまるで違うみたいなんだ」
「へー。どうりでさっきからカタコトなわけ? なんか悪いことでもして、魔女にでも飛ばされたんじゃないの?」
彼女はケタケタ笑い始めた。なんだこの人。上品な美人かと思ってたけど…………まあいいや。
「その…………まずは助けてくれてありがとう。本当に危ないところだった」
「ふふん。普通はこういう時には報酬を渡すのが礼儀なんだけど、その様子だと……金貨とかもなさそうね?」
「金貨……ねぇ。お金なら無くはない……使えるか分からない、けど。これ」
この世界に来た時、ポケットにはなぜか五千円札が入っていた。
森の中では役に立たない使えないが、別に捨てる必要もないので四つ折りにしてしまっていた。
「………………」
じーっとお札を見つめる彼女。金貨とか言ってたよな?
多分お金の単位だって違う。
「やっぱりそんなんじゃダメ……だよな?」
「めっちゃ斬新な絵画ね? こんなちっさい横長の紙にあなた、すっごい色々書いてあるじゃない! というか凄い上質な紙使ってるのね。何で作ってるのかしら」
え…………? 何か思ったより好感触だ。
すっごい嬉しそうにして目を輝かせてる。
「へー! 肖像画のよこに色々文字?みたいなの入れたりして? へー! ずいぶん器用なのね、あなた」
新進気鋭の若手画家を見るようなまなざしで俺を見つめる。お金の額ではなくお札自体にこんなに興味を持つ人は初めてだ。
「俺が書いたんじゃないよ。俺の国でのお金」
『え!?』と、びっくり仰天の彼女。さっきから漫画のキャラクターみたいなリアクションするんだよな、この人。
「これがお金ねぇ。ずいぶんと先進的な国から来たのね。普通はお金といえば金属か、山奥じゃ物々交換だけど、まさか絵画をそのままお金にするとは……世界は広いわね」
ふむふむとあごひげを触る彼女は、さながら美術品コレクターのようだ。
なんであれ、気に入ってくれたようだ。
「それで良かったらあげる。報酬…………になるかはわからないけど」
彼女は少し考えてから、今はとりあえずこれでいいわ、と5000円札をポーチに仕舞った。
命を助けてもらったお礼としては少なすぎるが、学生の身分としては5000円が去ってしまうのはどこか寂しいのであった……。
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「色々聞きたいことがあるんだけど」
俺たちは街に出る道を歩いていた。
彼女は外からある”仕事”をしにここへ来たようで、その道をたどって帰れば街に着けるとのことだ。
ちょうど”仕事”の収穫が無くて帰るところを、俺は運よく助けてもらったらしい。
「ふぁに?」
彼女はもぐもぐと軽食を取っている。
本当は夜まで居るつもりだったらしく、昼食を持っているわけだが……
(めっちゃボロボロ落としてるんだよなぁ……)
別に聞いたわけではないが、雰囲気的にこの世界で食べ歩きはマナー的にOKらしい。
いや、森の中でマナーもクソも無いか。
「さっきのアイス……なんとかってやつ、あれは何?」
「ああ、氷魔法のこと?」
「…………ん? まほ、え?」
「私の魔法は普通の人より出力強めだけど、普通の魔法よ?」
「ま、ま、ちょっと待って!? 今魔法って言ったか?」
「…………?」
はい言いましたけど、とハテナマークが見えそうな顔を斜めにして頷く彼女。
まるで魔法という存在が普通であるかのよう。
「魔法なんて……使えんの? というか在るの?」
「そりゃ、あるでしょ。こうして使えてんだから」
「いやそういう意味じゃなくて……!」
「………………ふぉういうこと?」
なんだか話が噛み合っていないようだ。魔法? そんなファンタジーな。しかも絵にかいたような氷魔法って感じだったぞ?
「ふぉっと、ふぁふぁりやふくふぇふえいひへ?」
えっと、もっとわかりやすくせつめいして、かな?
さっきから会話中に新しく食べ始めるのやめてほしい。
喋るよりもモグモグを優先しないでほしい。てかあんたも食ってる途中に喋るのつらいだろ。
「つまり…………さっきの氷のつららみたいな奴も、”魔法”によって生み出されてるってこと………か?」
彼女は口に含んでいるものをごくりと飲み込む。
「そうよ。ずいぶん当たり前のこと聞くのね」
「…………まじか」
「なに? もしかして初めて見るの?」
「そりゃあ……そうでしょ」
「え?ホント?知らないなんてことある? まだこの大陸上に魔法をしらない人類が居るなんて………………もしかして田舎者???」
知らないの?マジ? と、手に口を当てて目を丸くする。
なんだろう。悪気はないと思うんだけどさっきからこの人の表情、煽り性能がすこぶる高い。
「田舎者っていうか、この世界をそもそも知らないっていうか…………」
「世界? どゆこと?」
「さっきも言ったけど、本当にここがどこか分からないんだよ。目が覚めたらここにいて、動物も見たことない形してるし、『魔法』を使う人が居たり…………」
「ふぅん。記憶喪失、ってやつかしら。もしくは…………」
彼女は腕組を組み、斜め上を見て考えたようなそぶりをしてから、
「転生者、とか?」
俺の目を覗き込むように、そう聞いた。
「…………ふぉびあ?」
「そう、転生者よ転生者! 「神々のみぞ知る世界から来て、世界を助ける」とか何とかっていうアレよ、アレ! 何か小さい時に聞いたことあるでしょ?」
「だから無いってば」
「あーそっか、この世界?自体初めてなんだもんね」
「そうです」
何度も言うが、この世界に来たのが初めてなので、この世の神話は知らない。
小さい頃の記憶も存在しない。というか、元の世界で自分が何者であったかという記憶だって薄い。
「そしたら……………火とかは使える?」
「え……火?」
「そう、火を使える人って珍しいのよね。転生者って火を使うのに長けてるらしいのよ~。伝承だけど」
「できるよ、多分」
「マジ!? 凄い凄い見せてよ!」
目をキラキラさせる彼女。
魔法、というのは物語の中でしか聞いたことがないが、おそらく昨日のアレのことだろう。キャンプファイヤーを生成した俺に不可能はない。
「よ、よぅし……」
俺はそれぽっく指先に意識を込めてみた。
昨晩、指先から火球を出すことは出来たが一回きり。正直どうやればいいのかは分からない。
ここが異世界かもしれないと思い、そう口に出したら身体が動いていたのだ。まるでやり方を知っているかのように。
あの時の感覚を思い出せ。どうやって俺は火を生み出した?
どうやって薪に火をつけた?
「灯れ……!灯れ……!」
意識を集中させる。
「昨日みたいに…………! 指先から炎を…………!」
………………
しかし、一向に炎がでる気配はない。彼女は不思議そうに首をかしげてこちらを見ている。
「あれ、おかしいな…………」
右手に全神経を注いで、指先から火が出るイメージをする。
出て来い出て来い出て来い出て来い!!
「……………………」
「あら? 失敗?」
結局、煙の一つも立たなかった。
「…………そう、みたい」
俺にも、魔法みたいなものが使えるかと思ったのに。「転生者」って聞いて、少しわくわくしてたのに。
なんか…………ショックだ。
「ま、駆け出しの魔法使いにはよくあることよ。気にしないで、とにかく街まで行きましょ」
「そうなの…………か」
しかし、彼女はあまり気にも留めず、ずんずん歩いていく。
はつらつとしていて、元気な人だなと思った。
「そういえば、名前聞いてなかったわね。なんていうの? あ、そっか。別世界から来たのか。名前っていうのはね――」
「さすがに名前くらいはあるよ!」
「あら、そうなの?」
彼女はきょとんと首をかしげた。
時折見せる仕草が可愛くて、少し負けた気になる。
彼女は、それじゃあ私からと言って、
「私はサギリ。よろしくね。この変じゃ珍しい名前っぽいけど、ま、慣れてよ。とりあえず街までよろしく」
「うん、よろしく。俺の名前は――」
あれ……なんだっけ?
そういえば、記憶喪失だったんだ。自分の名前が分からない。
しかし、頭にふと浮かんでくる名前があった。
「ハルト。とりあえず、ハルトって呼んでよ」
「とりあえずってどういうこと? それが名前なんじゃないの?」
「目が覚めてから記憶が無くって、実は名前も分かんないんだ。でも、何故だかそれがしっくりくる」
「へー」
この世界も元の世界も知らないなんて可哀想ね、と同情じみた表情をする彼女。
「ま、アナタがそういうならそれでいいわ。よろしくね、ハルト」
「おう、よろしく。君は何て言うの?」
「私? 私は…………サギリ」
気のせいだろうか。少し言い淀んだようにも見えた。あまり名前を明かしたくないとか?
何か事情でもあるのか?
「じゃあサギリ、こちらこそ改めてよろしく。転生者のハルトだ!」
「なーにかっこつけてんのよ」
まあ、今はそんなこと気にしなくていいか。
別世界に来て突然謎の狼に襲われて、危うく死ぬところを助けてもらった。彼女が恩人であることに間違いはない。
「てか、転生者って名乗る割には火使えないじゃん」
「それは…………そうだけども」
「強そうにも見えないし? 見た目も特別感あんまないし?」
「…………伝承では、世界救うってことになってるしっ!」
「さっきもアタシが助けたけどね。相手は世界じゃなくて狼だけど」
「…………参りました」
「「…………ぷふっ」」
タイミングを見計らったように、二人同時に笑いが出た。ひとたび溢れた水の様に、二人でケラケラと暫く笑った。
そういえば、笑うなんてここにきてから初めてだ。
「じゃ、街まで行くわよ。ハルト」
笑いのツボを抜け出したら、彼女はすくっと立ち上がる。
俺も少し遅れて腰を上げた。
「とりあえず森を抜け出そう。サギリ」
そういえば、サギリって名前、やけに日本人っぽい名前だなと思ったが、ここがパラレルワールドならばそんなものなのか?
というか、冷静にパラレルワールドとか言ってるけど、受け入れすぎじゃね……?
「なーに考えこんだ顔してんの?」
覗き込む丸い目。長い睫毛。
対狼戦のときはあんなに強かったのに、話していると感じられる無邪気さ。
「なんでもない。異世界の街はどんな所なんだろう、ってね」
今は難しいことを考えるのはやめよう。この人といると、そんな気分になる。
「あら? それなら幸運ね。これから行くところは結構デカイところよ。この辺じゃ有名な城下町」
「城下町、か。文字を見たことはあるけど……実際に行くのは初めてだ」
「え? 城下町行ったこと無いの? 本当に田舎から来たのね。山で生きられそうもないのに」
「うるせえ」
この人、いつも一言多い。
「とりあえず出発だ。れっつごー!」
「……? れっつ、ごお?」
「『れっつごー』。俺の世界でどっか行く時の掛け声。ま少数派かもしれないけど」
「れっつご―……ね。語呂よくていいわね。それでいきましょう」
言い心地を噛み締めるように、彼女も口に出す。
じゃあ街に向けて、と言いだして、彼女は拳を握った。
そして、共に声を上げる。
「「れっつごー!!!」」
お読みいただきありがとうございました。
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