初めてのお仕事
「ただいまー。」
母さんに頼まれていたものを買い終えて、家に帰ってくると、珍しくユーグが出迎えてくれた。
「あれ、仕事は?」
「今日は午前中だけなんだ。明日から夜まで隣町に売る商品をまとめたりする作業があるからね。」
商人見習いとして町の商会に所属したユーグは商人になると決めてから今までやっていた勉強以上のことをやるようになった。もちろん、家のこともやりながら、必死で努力して商会の中でもいいポジションに付けるように頑張っている。
「今日はどんなご飯作るの?パンと、ベーコンと、チーズと、トマト?」
ワクワクした表情でユーグはわたしの手元を覗き込んでくる。私は固そうに見えるパンを牛乳で少しずつふやかしていった。
「『ピザトースト』だよ。多分、ユーグが好きそうな食べ物。」
パンをふやかし終えると、ベーコンを一センチぐらいの幅でどんどん切っていく。大雑把も大事だ。その後で、パンにソースと、ベーコン、チーズ、薄切りにしたトマトを乗せ、かまどで焼く。火加減に気を付けながら私は少し考え込む。
やっぱりピザトーストを作るにはふわふわしたパンが必要だよね。ここには酵母とかあるのかな?
明日、アルフレッド能登小呂へ行ったら聞いてみようと思い、私はかまどの中からピザトーストを取り出した。
「⁉ルフレ、これすっごくおいしいよ!チーズがすごい伸びる!」
一口食べたユーグがぱぁっと顔を輝かせるのを見て、私はうれしくなった。
私が料理人を志したのは誰かが自分の作った料理を食べて喜んでくれる姿を見たかったからだったもんね。今となってはもう遠い昔のようになってしまうけど…。
生前の夢を思い出して涙が出そうになるのをこらえながら、ぱくりとピザトーストをほおばった。
翌日…
「それじゃ、行ってきまーす。」
木で編んだトートバックの中に、ユーグが譲ってくれたペンとノート、昨日作ったピザトーストのレシピを入れてウキウキしながらレストランへ向かった。母さんには「外で遊んでくる」と当り障りのないことを言っておいた。
もし、そこらへんで知り合った人の所で働くことになったなんて言ったらすごい怒られそう…。とりあえずは、何も不審に思ってないみたいだったし、大丈夫かな?
集合住宅を出ると、もう見慣れてしまった街並みが広がっている。意外と適応能力が高いんじゃない?とここ数日思ってきている。多くの人々が行きかう大通りを進みながら、私は街の北のほうへと向かった。町は東西南北に分けられ、エリアごとに集まる店が違う。東は商人や兵士たちがよく集まる飲み屋や小さな商店、西は大きな河川の近くにあるので、ほかの都市から来た人々が休める宿屋が多く、南は職人街や商業ギルドが、北には国の商業を管轄する商人協会本部や大きな商会がある。私のこれからの仕事場になるであろうレストランは、街の北、商会が集まるエリアにある。この街の中でいちばん活気があるといってもいいほどの賑わいを見せているところだ。大通り沿いには平民には手が出せないようなお高めの装飾品を扱うお店や、私の家と同じような集合住宅、おしゃれな雑貨屋さんなどが立ち並んでいる。
いろんなお店があるからいつ通っても飽きないんだよね。何か料理のアイデアにつながることもあるし。
今日も周りのお店を覗き込んでいたらレストランに着いた。重い木の扉を押し開けると、店内にはいいにおいが立ち込めていた。
「いらっしゃい。今賄い作ってるんだけど、味見する?」
「アルフレッド様、賄いって言いますけどまだオープンも何もしてませんよ?」
「そんなことはどうでもいいの。ね?」
厨房から何やら言い争う声が聞こえてきたかと思うと、ひょこりとアルフレッドが厨房の入り口から頭を出した。
「荷物はどっかその辺の椅子の上にでも置いといて。手洗ってきてね。」
「アルフレッド様、その前にあの子にお仕着せ渡さないとですよ。忘れてはなりません。」
「そうだった。リーディエ、着方を教えてあげて。」
言われるままに荷物を置き、厨房の手前にある洗い場で手を洗う。よく洗っていると、「ルフレ、あなたのお仕着せです。支給するのでこれからここで働くときはこれを着るように。」とリーディエの声がした。
わぁ。すごい、レストランで働く料理人になったよ。かっこいい。
支給されたのは黒色のベストとズボンだ。白いエプロンもある。
「まずはズボンにあっちの衝立の陰で履き替えて。そしたらベストの着方とエプロンの付け方を教えるから。」
ちょっとぶっきらぼうに私に服を押し付けると、衝立を指さした。私は頷くと、わくわくしながら着替える。
ここにも制服みたいなものってあるんだ。結構かっこいい服。
くるくると服を回してどんなものか観察していると、「ルフレ!着替えたら早くでできなさい。アルフレッド様の手伝いをしなければならないのだから。」と少し苛立った声でせかされた。怒られたくはないのでさっさと着替えを済ませると、リーディエの元へベストとエプロンを抱えて戻る。
「一分一秒も惜しいのだから時間は無駄にしないように。ほら、ベストを貸して。」
手を上に、少し曲げてなどとリーディエが飛ばしてくる指示に従いながらされるがままになっているうちに、ベストを着せ終え、エプロンのひもを締め終えたリーディエは「今日は私がすべてやったけれど、次からはベストに腕を通してボタンをすべて留め終えることと、エプロンのひもを外れないようにきれいに締めることは自分でやりなさいね。」と言い残し、そそくさと厨房へ消えていった。
うーん、やっぱり嫌われてる?それともまだ信用されてないだけ?どっちにしてもちょっとやりにくいから関係改善をしなければ。
心の中でひそかにリーディエと仲良くなる、と決意表明をしていると、「着替え終わったみたいだね。」アルフレッドがやってきた。
「それじゃ、改めて、ようこそ僕らのレストランへ!」
ようやく、仮とはいえルフレが働くことになりました。
少しはリーディエとの関係性も変わってきているかも…?
これからルフレの頑張りは続きます。