カーヴォのガレット
「ひっ!」
後ろを恐る恐る振り向くと、そこには眉を吊り上げた綺麗な女の人がいた。
「アルフレッド様!この人は誰です⁉また訳の分からない人を拾ってきて…!」
「リーディエ、ルフレが怖がっているじゃないか。もう少し静かに。」
リーディエと呼ばれた女の人は少し不服そうに口をつぐむと、私を隅から隅まで見た。
この人、なんか怖い。というか、アルフレッドに対する言葉遣いがすごい丁寧。
「名前は?」
「ル、ルフレです…。」
圧迫面接を受けているみたいに縮こまってこたえると、リーディエは私と目を合わせた。
「あなたがここへ来た目的は何?まさかアルフレッド様に取り入ろうとして…!」
「リーディエ、だから本当に落ち着いて。ルフレは僕のレストランで働きたいんだってさ。」
「は?」
執り成しに入ったアルフレッドの言葉にリーディエがぴたりと動きを止めた。
「あなた、なんでまだ開店もしていないレストランで働きたいの?」
「料理が好きだからです。食べることも好きだし、いろんな食料を眺めるのも、調理器具を手入れすることも大好きです。衛生管理もちゃんとできます!だから…
ここで働かせてください!」
なんか某アニメ映画の主人公が言うセリフがするっと口から飛び出してきたけれど、そこは気にしないでいただきたい。
私が頭を下げたままでいると、困ったような、でも嬉しいような声がかかってきた。
「そんなに働きたいって思ってくれているのはうれしいけど…まだ君はたぶん働ける年齢じゃないよね?今いくつ?」
「6歳です。」
「エスぺがあるのは7歳。その時になるまで、子供は市民として認められてないから働けないんだ。また、来年になったら来てくれる?」
まさかエスぺができるまで私が働けないとは思ってなかった。職業を決めるための大事なものの一つだとしか認識していなかった。しかも、7歳になるまでは子供は市民として認められてないって…。
アルバイトみたいな制度があるわけでもなさそうだし…。
複雑な気持ちで少し俯くと、「まぁ、こっそりとなら…ね?」とちょっと悪だくみをするようにアルフレッドが笑った。
「はぁ。アルフレッド様、余計な仕事を抱え込むんじゃありませんよ。そもそもこの子、平民じゃないですか。」
「料理意欲があるんだからいいじゃない。それに、平民だろうと貴族だろうと関係ないよ。」
「私は忠告しましたからね!怒られても知りませんよ!というか、この子が料理できるかどうかなんてわからないし…。」
リーディエは私を綺麗な目で睨むと、どこかへ行ってしまった。
確かに私がどれだけ料理できるかは見せてないかも…。ならば!
「あの、ここの調理場かりさせてもらってもいいですか?」
「いいよ。もしかして料理、してくれるの?」
私はコクコクと頷いて、調理場へと向かった。
「まずはちゃんと水道で手を洗ってね。」
水道でしっかりと手を洗うと、私はアルフレッドの案内で食料が置いてある倉庫まで向かった。
「まだオープン前だから私たちが暮らしていけるぐらいの食料しか用意してないけど。ここにあるものなら何でも使っていいよ。」
「分かりました。」
倉庫に置いてある食料を見て、何を作ろうか考える。
うーん、本当は和食が食べたいけど見た感じ材料がそろっていなさそうだからやめとこ。後ここにあるので作れそうなものは…あ!
大ぶりのキャベツっぽいものを見つけた私は、あれを作ろう、と決めて倉庫を出た。
調理場へ戻ると、私はまず、キャベツっぽい食材をよく洗った。ついでに、倉庫で見つけたジャガイモっぽい食材、テールも洗う。その様子を、リーディエが厳しい目で見張っていた。
「リーディエ。そんな怖い顔して見られていたらルフレが気持ちよく作れないだろう?もう少し視線を緩めるとか…。」
「ダメです、アルフレッド様。この子はまだ私たちが信用できる人物かわかりません。もしかしたら本家から送られてきた暗殺者かもしれませんし。」
物騒な言葉が出てきて、私がぎょっとしていると、アルフレッドが仕方なさそうなため息をついて、リーディエから視線を外した。
え、この人何者かに命を狙われてるの…?そんな怖い世界だったの?
動揺を隠しきれない私にアルフレッドは優しく微笑み、「リーディエのことは気にしないで。ちょっといろいろあったから神経がとがってるだけなんだ。何か聞きたいことあったら何でも言って。」と言った。
いろいろと気になることはあるけどまずは、ご飯を作らなければ、と心を決めて手元のキャベツに視線を落とす。キャベツは良く洗い、水気をきってから包丁で千切りにする。テールは皮をむき、薄切りにした。本当は皮ありのほうがおいしいのだけれど、ここの人はあまり皮ありのテールを好まないっぽいのでやめておいた。私が作っている様子を眺めていたアルフレッドが軽く目を見張り、「手際、いいね。」と呟いた。
やった。褒められた。
嬉しくなって、私はその場でジャンプしそうになったけれど何とか踏みとどまり、「この緑色の野菜の名前ってなんて言うんですか?」と気を紛らわせるために聞いた。
「ああ、それはカーヴォ。よく炒め物とかに入っている野菜だよ。」
聞きなれない名前に少し戸惑いながらも、私はカーヴォを切り終え、用意しておいたボウルの中に水、小麦粉のような粉(後で袋を見たらファリネと書いてあった)、塩を入れて、素早く混ぜ合わせた。その中に、切ったカーヴォとテールを加え、またよく混ぜ合わせる。その間にフライパンを軽く熱しておき、油を入れてボウルの中の生地を流しいれ、少し弱めの中火にして両面がカリっとするまで焼き上げた。
うん、いい感じ。すごいいいにおいがする。
お皿に盛りつけたら、出来上がりだ。いい焼き色が付いたガレットを見て、私が満足げにうなずいていると、においにつられたように近くで作業をしていたアルフレッドがお皿を覗き込んできた。
「わぁ。おいしそうだね。」
「『キャベツとじゃがいものガレット』…じゃなくて、カーヴォのガレットです。」
思わず日本語が出てきてしまって焦りながら訂正する。一瞬怪訝そうな顔をされたけれど、すぐに「これ、どうやって食べるのがおいしい?」とワクワクした様子で聞かれたので、たぶん、大丈夫だと思う。
「何もつけなくても十分おいしいです。外はかりっとしてるのに、中は柔らかくておいしいですよ。」
「へぇ。」
興味を持っているのはアルフレッドだけではない。リーディエが時折こちらに視線を送りながら食べたそうにしていることに気が付いていた私は笑顔で「リーディエさんも食べます?」と聞いてみた。
「っ…。あなたの作るものをアルフレッド様が口に入れるんだから、毒見として私も食べるわ。」
恥ずかしそうに顔を背けられて、(失敗したかな…)と思ったが、アルフレッドに親指をぐっとたてられたのでよかったんだろう。手を洗いに行ったリーディエが戻ってくるのを待って、アルフレッドが食前の祈りの言葉を述べ終えると、私はそっとフォークを取った。そのまま、さくりとガレットを割って一口食べた。
あ、おいしい。久しぶりになじみのある味を口にしたわ。やっぱガレット、美味しいよね。
ちらりとアルフレッドたちを盗み見てみると、どちらも驚いたように目を見張りながらガレットを口に運んでいる。
「おいしい…。」
「ほんと。やっぱり僕の見込みは間違ってなかったね。」
二人に認めてもらえたような感じがして、私はうれしくなった。
前回出てきた女性の正体がわかりましたね。すごい怖そうだけれど、ルフレは上手く折り合えるのか。
お師匠様は優しそうですけどね。
さて、今回、ルフレが作ったのはキャベツとじゃがいものガレットです。カリっとしていておいしそうですねー。私はひき肉とじゃがいものガレットも好きです。