クリスピーチキンを作ろう!
…。今なんと?
「かかか、母さん!今なんて言った…?」
「え?今からお肉を買いに行くわよって?」
「そのあと!」
「あぁ。今日は豚の解体の日だからいいお肉が手に入るわね。ってやつかしら?」
聞き間違いじゃなかった。豚の解体ってさ…。絶対あの生身の状態からだよね…。
一花だった時に読んだ中世の食文化についての本には、豚などを解剖して小さな骨までも余さずに加工して食べていたということが書いてあった気がする。
絶対悲痛な叫びが聞こえてくるよね…。
想像しただけでも恐ろしい。
「い、行きたくない…。」
「わがまま言わないの。いかないと私たちのご飯がなくなっちゃうわよ?」
抵抗しようと立ち止まったが、あまり外に出ていない私と母さんでは力の差がありすぎた。
貧弱すぎるよ…。もうちょっと外に出てほしかった…。
過去のルフレにちょっぴり文句を抱きつつ、どうにかして豚の解剖から逃れようとあたりを見回した。
どっか隠れられたり出来そうなとこ…。あ、あそこなんかどう?果物の名前とか覚えたいもん。
果物をたくさん売っている屋台に目を付けると、まだ若そうな女性がポムを買っていったのを見計らって、屋台のおじさんに声をかけた。
「あの…。ここでちょっとだけ母さんが戻ってくるのを待っててもいいですか?」
「ちょっとルフレ⁉ごめんなさい、この子どうしても肉屋に行きたくないらしくて。ほら、諦めなさい。」
母さんがぎょっとして果物屋さんのおじさんに謝っていると、
「まあまあ奥さん。嫌がる子供連れてぎゃあぎゃあ言われるよりもここでおとなしく待ってもらったほうが賢明だろう?さっき2つも果物を買っていってくれたし、ここで待たせるぐらいお安い御用だよ。」
おじさんが母さんをとりなした。母さんは「でも…」としばらく煮え切らない様子だったがやがて心を決めたように、
「それじゃあ、少しの間よろしくお願いします。ルフレ、いい子で待ってるのよ。」
お願いした。それから大急ぎで去っていく母さんを見送ると、私はしばらくおじさんの仕事ぶりを観察していた。
「ペーシュ1個くれるかい」
「はいよ、20ウェルスだ。」
おじさんはお客さんに値段を言いながらペーシュと呼ばれる薄いピンク色の果物を手渡した。
あ、これ桃っぽい。桃ジャムとか作れるかな?
「ねぇ、おじさん。お客さんは値段が分からないの?値段が書いてあるやつとかないの?」
「ん?あぁ、値札のことかい。果物のかごに書いてあるよ。」
おじさんがかごを指さして、一つ一つ値札と果物の名前を読んでくれた。
「おじさん、この紫色の果物は?」
「それはグラーブだよ。甘みがあっておいしいんだ。皮ごと食べられる品種もあるよ。」
「じゃあ、これは?」
「この黄色のかい?これはシトラス。酸っぱい果物だ。」
次々と質問する私にも嫌な顔一つせずにこにこ笑顔で答えてくれる。私はちょっと気になったことも聞いてみることにした。
「おじさん、おじさん。この街には『レストラン』とか『カフェ』とかないの?」
「なんだいそれは?」
やはり変なものを見るような顔で聞き返されてしまった。
うーん、聞き方が悪かったのかなぁ。ご飯食べるところって言ったら伝わるかも!
もう一度試みてみようと決意した時、一人のお客さんが果物屋さんの店先に立った。
「すみません。ここで売られている果物、全て2つずつほしいのですが。」
妙に丁寧な物言いでこちらを覗き込んできたのはまだ10代前半の若い男の人だった。綺麗な格好をしていて、顔立ちも整っている。
「お兄さん、正気かい⁉ここで扱っている果物は全部で30種類ぐらいあるが…。」
「本気です。お金はあるのでお気になさらず。あ、果物はその袋の中に全部入れちゃってください。」
「はぁ。」
おじさんは驚いた様子で片っ端から果物を袋の中に詰めていく。私もおじさんの手伝いになればと果物を2個セットにして渡していると、
「君、ここで働いているの?それとも娘?」
と怪訝そうな顔をした男の人に聞かれた。
「私は娘じゃないです。えーっと、ここにいるのはいろいろ理由があって…」
「ルフレ、お待たせ。少しの間預かっていただき、ありがとうございました。」
私が首をぶんぶん振って説明しているところへ、母さんが戻ってきた。母さんは果物屋のおじさんにお礼を言った後、私と男の人を見比べて変な顔をした。
「ルフレ、どうしたの?何かあった?」
ヤバッ。母さんがなんか勘違いしてる。訂正しなくては。
「別に何もありません。ちょっとした世間話です。」
私が口を開くより先に、男の人がサッと訂正した。母さんは男の人の様子を気にしながらもちょっと安心したように
「そう。じゃあ、帰りましょう。」
声をかけた。私はまだ男の人のことが気になっていたけれど、これ以上母さんを怪しませたら悪いし…と思い、「ありがとうございました」と果物屋のおじさんに伝えて母さんについていった。
「知らない人について言ったらだめよ。危険なんだから。」
家に帰るなり、母さんからお説教を食らった。
「あの人は変な人じゃないと思ったけど…。」
「変な人、変な人じゃない以前について言っちゃダメ!いい?」
「はぁい。」
あの人は料理が好きそうな感じがする。なんとなくだけれど。
私の勘がそう言っているのだ。また市場で出くわしたら今度こそ聞いてみよう、と決意して、私は台所に立った。
「うーん、さっきの揚げかすを使ったレシピというと…『クリスピーチキン』かな?」
私はちょっとしたおやつになるような揚げかすを使ったレシピを思い浮かべた。
「ルフレ、何をやろうとしているの?まだ夕飯には早いわよ。」
「ちょっとお腹が空いたから『クリスピーチキン』作ろうと思って。」
怪訝そうな顔をする母さんに「まあ見てて」と言うと、私は物置から鶏肉を持ってきた。母さんが塩漬けにして保存していたものだ。塩漬けにされているから味付けはそんなに必要ないだろう、と私は衣を作っていく。卵と小麦粉を混ぜ合わせた衣のもとに、私は鶏肉をくぐらせて、揚げかすを全体にまぶした。
「母さん、揚げ物に使っていいお鍋ってある?」
「あるけど…。」
母さんはいろいろと聞きたいことがあるような顔で鍋を出してくれた。私はその中に油を入れて火をかけると、あげるのにちょうどいい温度になるまで少し待つ。その間に、私はお皿を人数分出しておいた。
「うん、いい温度になった。」
私はちょっとぐつぐつし始めた油を見ると、揚げかすをまぶした鶏肉をお鍋の中に放り込んだ。
「ただいまーってなんかいいにおいする。」
「あ、おかえり。ユーグも食べる?」
私はエスぺから帰ってきたユーグにそう声をかけるとキツネ色に揚がったクリスピーチキンをお皿の上に乗せる。
ほんとは網があったら油を切れてよかったんだけど…。ないから仕方ないね。
「おいしそうね。で、これは何かしら?」
「ええっと…『クリスピーチキン』?」
「クリスピーチキン?」
どうしても、ここの世界にない言葉は日本語の発音になってしまうようで、母さんもユーグも怪訝そうな顔をした。
「とりあえず、食べてみて!」
変なものでも見るような目でしばらくクリスピーチキンを見ていた2人にそう勧めると、私はサクリとかじった。
っ!!!おいしい!揚げかすのサクサク感がちゃんと生かされてる!2度揚げしたようなものだったからくたくたになってたらどうしよう、って思ってたけどちゃんと合う!しかも、鶏肉にハーブみたいな味付けがされているのか、揚げ物なのにすっきりした味わいだよ!
私がおいしそうに食べているのを見て、恐る恐る母さんとユーグがクリスピーチキンを口にした。その後、2人の顔にも笑みがあふれる。
うんうん、やっぱりおいしいものを食べると自然と笑顔になれるよね。
私はこの笑顔が見たくて料理人を目指そうとしていたことを思い出した。
前回からまたずいぶんと時間が空いてしまいました。本当にすみません…。
それにしても、クリスピーチキン、おいしそうですよね。私は某フライドチキンチェーン店のクリスピーチキンが好きです。
さて、市場で出会った男の人はいったい何者なのか、次回をお楽しみに!