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『code 07』 もう一人の俺と『彼女』


 頬をゆるやかに何かが伝い落ちてゆく。


 目を閉じ、祈りを捧げているかのようにかしずく少女......もう一人の俺の周りを、満ち溢れた眩い白銀の光が渦となり循環している。


 我を忘れて魅了されるその姿に、月詠みの巫女と称えられ慕われていた彼女の面影が色濃く重なる。


 あの日、俺の手を握りながら彼女は最後の最後に囁いた。


出流いずる......泣かないで、貴方は誰よりも強くなれる存在なのだから。そして私たちは......いつか再び廻り逢える......それまで涙を』


 流さないでと言いたかったのだろうか。あれから幾度も考えては、彼女が最後に言いたかったことがどうしても思い浮かばずに堂々巡りを繰り返した。


 実際のところ、これっといった明確な答えなんてなかったかも知れない。 



 ローブを纏った者は膝から崩れ落ち、地に額をつけるとブツブツと何事かを呟く。漆黒の騎士も構えていた戦斧が先端から床に落ち、刃が硬い音をたてるのもお構いなしに茫然と立ち尽くしていた。

 

 いつまでも続くと思われた光の渦の饗宴は、一つひとつの粒子が主に別れを告げるかのように名残惜しげに舞い散り、やがて宙に消え去っていった。


 静寂が訪れた場所に、少女の首から外れたリングが床に落ちて乾いた音をたてる。そのまま俺の足元まで転がってきたリングはつま先に当たると二つに割れ、次の瞬間には粉々の塵となって砕け散った。


「なんだか......懐かしい匂いがする。『彼女』がすぐ傍にいる時に辺りを満たしていたのと同じ......どこまでも温かく優しい気持ちにさせてくれるのに、どうしてかな、本人は憂いを帯びた微笑みを浮かべていた、これは月音(かのん)の香りだ......俺は死んで、あいつに会うことがやっと叶ったというのか」


 俺が心に思ったまったく同じ事を目を閉じ熱に浮かされたように口にするもう一人の俺は、どうやら自分は炎の直撃を受け死んだと勘違いしているようだ。


『今日という日は驚くことばかりだ。その者は見た目は少女の姿をしているがどうやら我がよく知るツヴァイ本人のようだな。しかも不思議なことにもう一人こちらは正真正銘のツヴァイらしき者もいる......ふむ、極めてエクセレント!』


「お、オヤジ!? オヤジなのかっ!?」


 何処からともなくその声が聞こえる同時に、漆黒の騎士はすぐさまひざまずき、そのまま臣下の礼をとる。それとは対照的に少女の姿をした俺は目を見開き驚愕の声を上げ辺りを見渡す。


 その心底驚く姿を見て少なからず違和感を覚える。先ほど途中で終わってしまった遭遇だったが、俺はおぼろげに首領(おやじ)と確信していたのだが......同じ俺とはいえ、今あそこにいる少女の中の俺はその時の記憶が無いということなのか。


『ルナ・シーツはどう思う?』

 問うてみても、どうした事かルナからの応えがない。


『ふん、オヤジか......久しく忘れていたわ。そうやって我を呼ぶのは、ただ一人お前とあやつだけだったな。ツヴァイ......どんなカラクリか知らんが、女の姿になったそなたにそう呼ばれるのもまた妙に趣があるものよ』


 首領は月音(かのん)をとても愛していた。そうまるで本当の娘のように愛情を注いでいたんだ。そんな月音と歳も近い銀髪の少女を、どこからか解らないが目を細めて見ているであろう首領を想像できた。


『それはそうとフィルツィヒ、そなたのローブをその者に貸してやれ。中身はともかく見た目は可憐な乙女なのだからな......一糸も纏わぬ姿というのは芸術的ではあるが、ちぃと目のやり場に困るものよ』


「えっ? ......ひゃあああああっ!? ......イヤッあああ!」


 ここに至りて、着ている物が全て焼き失せてしまっていることにやっと気がつき、己が真っ裸でいることに我に返ったもう一人の俺の口から、とても男らしくない少女そのものの悲鳴が漏れ出る。


 いやまあ、扇情的なポーズになっているとも知らずに両手を抱えて胸の辺りを必死に隠しているけど、それに目に涙を浮かべて首筋まで赤く染めてしまっている姿は、こう胸にグッとくるものがありますけれども、男だったらまず下を隠さないとダメじゃないデスカ?


 首領にフィルツィヒと呼ばれ、ひれ伏していた者は完全に落ち着きを失くしいる様子で纏っていたフード付きのローブを外そうとしていたが、手が震えているのか体を完全に覆っているローブの側面の紐を取るのに手間取っていた。


 何をそんなに恐れおののいているんだ。早くそのローブをあいつに貸してやってくれ。


 それにしても......見るとは無しに見ていて気付いてしまったことがある。いや、本気で見たくて見たんじゃないんだよ。


 そうか......下も髪と同じ色なんだと。


 俺は誰かに聞かれたのなら間違いなくセクハラで訴えられる発言を声に出すことなく、心の中だけに仕舞っておく。


『マスターのセ・ク・ハ・ラ......あーあ、仕えるべきマスター間違っちゃたな』


 ごふっ! 


 思念言で伝えてないのに、それに応えないから安心していたのに......どうして俺の考えが解ったんだか。


『甘いわね。発汗量、目の見開き具合、心拍数......統合すればマスターの考えてる......あらら!? ええええっ!?』


 人口知能のため形だけは驚いた振りをするようにはプログラミングされているが、本気で動揺する事はないはずのルナ・シーツが思念言を途絶えさせ素っ頓狂なあり様をみせる。


 それは、俺ももう一人の俺も同様だったのだろう。


 体を完全に覆っていたフード付きのローブを脱ぎ、フィルツィヒと呼ばれた魔術師がおずおずともう一人の俺にそれを差し出す。


 ローブを脱いだその姿はメリハリのついた際立つボディライン、白銀の波打つ髪、伏せてはいるが垣間見えた赤く輝く瞳と『彼女』......月音と瓜二つだった。


>>NEXT

  次話『code 08』首領との邂逅

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