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『code 06』 漆黒の鎧騎士


 その騎士は俺を目の前にして僅かに首をひねる。まるで不思議なモノを見たといったように。


 漆黒のフルプレート、兜を被っているため表情は窺い知る事は出来ないが、隙間から覗く眼差しは研ぎ澄まされた刃を思わせるほどに鋭い。

   

「オ前はナニ者ダ。コノ部屋にハそのムスメしか居なかったはずダガ」


 人ではないものが無理に発したような言葉ながら、空気を重く軋ませる圧力がそこから漂ってくる。ローブの者は何かを言うわけでもなく鎧騎士の後ろに身を潜める。


「ムスメが召喚シタ守護者? りんぐハ付いタままダガ......なんにシテもオモシロイ!」


 刹那、予備動作もなく空を切り裂いて戦斧が俺の頭上に振り下ろされた。


 バシィィーン


「ヌゥウウウ!?」


 身長と得物がもたらす、間合いを無視した目では捉え切れないスピードで放たれた重みのある一撃は、しかし幾本かの俺の髪を散らしただけで頭上でピタリと止まっていた。


 ルナの『受け止めて問題ないわ』その言葉に反応して白刃取りを行ったが、片手でさえもスピードの乗った圧倒的なパワーと押し寄せる風圧に、全力を出さなくても受け止められた事を意外に感じた。


『――ツヴァイ 避けて!』


 緊急を告げる声よりも速く、猛烈な勢いで重さを増した戦斧にトリ肌が立った俺は咄嗟に後ろに飛び退く。


 しまった。後ろにはもう一人の俺ともいえる少女が......。


『『禁じられし加速を開放せん。裏コードLv.Ⅶハイパー・ブースト!!』』ルナ・シーツと俺の思念が一つに重なる。


 瞬間、振り下ろされていた斧が空中でピタリと止まる。正確にはごく僅かづつとはいえ下がってきているのだが、あまりにも遅いため止まっているようにしか見えない。


 俺は呆けたような表情で固まっている少女を辛うじて飛び越え、着地すると同時に彼女の脇の下に手を入れ、荷物を扱うように部屋の隅に放り投げた。


 そしてそのまま正面に向かって足の裏に力を込め、反動を利用して斧の下を潜り、漆黒の騎士の胸めがけて拳を振り抜く。


 その間、俺の感覚では一秒も経過していなかったが現実では瞬きする間もなかったはずだ。


『秘めたる力を拳に宿す。コードLv.Ⅳバースト・ナックル!』裏コードを解除して通常の中でも力あるコードを開放する。


 刹那、時は動き出し、俺の背後を途方もない圧力が速さを伴い通り過ぎていく。後ろに飛び退いたはずの俺がゼロ距離に迫り、少女がいなくなっていることを空振りに終わった漆黒の騎士はどのように感じたのだろう。もしくはそんな事を考える暇も無かったかも知れないが。


 撃ち抜いた拳はフルプレートの胸に当たり、陥没させながら騎士の背後にいたローブの者を巻き込み揃って向かい側の壁に弾き飛ばした。


 通常コードの倍する精神力を消耗する裏コード。その中でもブースト系は時間を止めるほどの絶大な効果を発揮するが、致命的なことに直後に使った時間の分だけ硬直化してしまうのと、丸々一日は使用出来なくなるクールタイムが発生する。


 その隙をついて反撃されれば成すすべもない。しかしあの状況で使用を躊躇っている暇は無かった。


 危機が迫っていることを直感が告げる。

 ......撃ち抜いたハズの拳の感触、それはあまりにも軽すぎた。ダメージを相殺するために俺の拳のスピードに合わせて自ら後ろに飛んだかのような手応えのなさ。


 マジか......時が止まったかのタイミングで放たれた拳にそれでもきちんと反応したというのか。


 その直後、聞く者を魅了する旋律が部屋の中で共鳴する。それは漆黒の騎士の後ろから姿を現した......押し潰されたと思っていたローブの者がつむぎ出す力の篭る言霊。


 やはり黒騎士はダメージを殺し、いつの間にか背後に居たローブの者を壁と自分の自重から庇っていたのだろう。


「......」

 俺と同じく裏コードの影響でルナ・シーツも動くことも言葉を発することも出来ない。即ちコードを発動することが出来ない。


「煉獄の炎を纏い灼熱を支配する者よ......いでよ。イフリート」


 静ひつな言霊が終わるとそこに具現化した灼熱の炎を纏った獣が現れ、空気を焦がし襲い掛かってくる。避けることは適わない気合いで受け止めるしかないと覚悟を決めた瞬間、右わき腹に衝撃を受けて斜め方向に吹っ飛ばされた。


「人をずだ袋みたいに扱いやがって! これはそのお返しだ......決してお前を助けるためにするんじゃないからな......勘違いするなよ!」


 声が聞こえたと同時に俺が居た場所へと身代わりになった、もう一人の少女の姿をした俺を紅蓮の炎が直撃し、役目を終えた獣は宙にかき消える。


 質素な衣に瞬く間に炎が広がり、布の燃えカスが黒煙と一緒に炎をまとってメラメラと舞い上がる。物理的な衝撃もあったのか膝から崩れ落ちる少女が視界の隅に映った。


 どんだけツンデレなんだ、お前はっ! その身体になったであろう俺だから肉体的には華奢な少女そのものだったことに思い至る。


 強化されバトルスーツを装着している俺なら、あの炎とはいえ、耐えられたことは察せられただろう......それに俺を突き飛ばすなんてそんな力もなかったはずだ。火事場の馬鹿力か知らんが......ツンデレも時と場所を選べ!


 身を挺して庇った者に対して言うセリフではなかったが、ありがたく思うよりも憤りの気持ちが殊さら強かった。その感情はきっと俺だからこそ嫌というほど解ってしまったのだろう。


 逆の立場だったのなら間違いなく俺も同じことをしていただろうから。


 布を焦がす匂いが部屋の中を満たし、少しして硬直も解ける。同じく手応えから大したダメージを与えるに到らなかった漆黒の騎士も戦斧と盾を構え直す。


 ローブの者もすぐにその隣に並び立つ。しかしこの部屋にいる俺を含めた三名は再び事を構えるわけでもなく正面......床に膝をついて頭を垂れる少女の姿をした者をただ黙って見入るだけだった。


 その姿は灼熱の炎の直撃を受け、焼け焦げた衣類の残滓が僅かに体に付着しているが、どこにも......輝く白銀の髪の一房にさえ焼け跡ひとつ付いていないように思えた。


『驚いたわね。あの少女の見えている部分はまったくの無傷よ。衣服だけがダメージを負う現象は、彼女の力によるものなのか、その様に力を調整されたものなのかは現時点では解析不可能ね......って、何これは!?』


 そこにいるルナ・シーツを含む全ての者が目の前の光景に魂を奪われる。イフリートを放った本人から誰よりも恐れおののく気配が色濃く感じられた。


 俺も例外ではなく、胸の奥から込めあげてくる震えに目の前で発現される......かつて己の信奉する神の依代、月の巫女と呼ばれた少女が纏っていた霊妙な力、それと瓜二つの眩い白銀のオーラに包まれし者から目を離せずにいた。


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