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『code 03』 戸惑いの正体

出流(いずる)......もしもこの戦が終わって貴方と私が生きていられたのなら、その時は二人であの丘に行って約束の木を探したいの』


 首領や多くの同志を亡くした、思い出すだけで悔恨と魂が抉られるような戦があった、それはそんな前日の晩......その日は窓から見上げた月がやたらと鮮明で美しく見えた晩でもあった。


 彼女はそれがまず実現しないことと解っていながら、そして幾らも生きていられない事を受け止めていたのか、俺の本来の名前を呼びながら切なげにこぼした。


 それにろくな言葉を返すことも出来ずに、俺は彼女を優しく抱き締めることしか叶わなかった。特殊な科学と魔術儀式によって美しく白銀に輝く色に変化した彼女の髪をそっと何度も撫でながら、それが一緒に過ごせる最後の晩になることをお互いが感じ取っていたとしても。


 その後すぐに急激に体調を崩した彼女は、俺と首領が見守る中、微かに意識が戻った際に残された総ての力を使って最後の加護ともいえる秘術を俺たちに施した。 


 そんな加護など要らなかったのに......一分、一秒でも生きていてくれて、ただ一緒にそばに居てくれていればそれでよかったんだ。


 俺の手を握りしめたまま安らかに永久の眠りについた月詠みの巫女と呼ばれた彼女。己の生命と引き換えに力ある魔術を駆使していては、生まれた時から身体の弱かった彼女には酷な生き方だったのは十分に理解していた。


 何度やめてくれと叫んだことか。その度に忠誠を尽くし、自分を産んだ実親よりも愛情を寄せ、崇拝していた首領のためならと儚く微笑んでは命を削って日々を戦っていた。


 そんな彼女が己の命を全うし、力の限りを尽くした首領さえも俺は守りきることが出来なかった。


 だけどそれを誰が責めることが出来るのだろう。俺を含めた主だった戦力を巧妙な手口により各地に散らされ、彼女を亡くし強力な加護を失ったその日を狙われた愚かな『パンドラ・ゼーベ』の面々には。


 彼女という存在をも失くし、忠誠を持って仕えるべき首領も守り切ることが適わなかった哀れな道化師の俺には、そんな免罪符なんてなんの意味もなく、生きる理由すら失くしてしまった。


 それからの俺は自分が生き残ることに何ひとつ努力などしなかった。別にいつ死んでもよかったんだ。もっとも俺にしても残った仲間の誰一人としてタダで死ね気はこれっぽちもなかったが。


 『パンドラ・ゼーベ』を壊滅に追い込んだアイツらに一矢報いるその日まで。


 そして形見の白銀の髪を胸に抱き、やっと訪れた死に場所へと玉砕上等で最終決戦に臨んだ。


 あの時、瀕死の重傷をおいながらもアイツらのボス『金色のシャウトロン』のその胸へと、残る全ての力を注いだ必殺のファイナルブローを叩き込んだはずだ。


 俺の心臓も彼女の形見ともども抉られた。だがクロスカウンターで決まった俺の一撃はアイツの胸を確かに突き抜けた。その直後どこまでも強烈に輝く金色と銀色に絡み合う光の洪水に飲み込まれたんだっけ......。


 カチッ


 頭の中で何かが、小さな音を伴い切り替わったような気がした。


 ――覚醒する。同時に馴染んだ動作によって、まずは周辺の状況を素早く確認する......一つの気配以外まるで何もない部屋の中、文字通りベッドや机といった家具どころか、窓もドアすら何もない材質の定かではない壁と床が広がっているだけの殺風景な部屋の中にいるのに気が付く。


 しかもパッと見た限り、四方を囲む壁のどこにも扉どころか、切れ込みすら確認出来ない。


 まるでこの部屋は武器になりうる物、それどころか自害することさえも認めないといった施しがされているかのようだった。


 一通り見渡し監視カメラやスピーカーといった類いの物さえないことを確認すると、この部屋において俺以外の唯一の存在の前に向かう。


 そこには頭部全体に布袋を被せられ、背中側で手を縛られた質素な貫頭衣を着た女が転がされていた。


 顔が隠されているため、なおさら荷物じみた印象に見えてしまう。しかし野暮ったい粗衣の裾から見え隠れしている美しい両脚はしなやかなですべすべしていて、その持ち主が女性であることを明らかにしていた。


 素性が解らないし罠かも知れないため、両手の戒めを解かず横たわったままの状態で顔に被せられた布袋を外す。


 またたく間に銀色の波が眩しい光となって床一面に広がってゆく。


 瞳を閉じて横倒しになった彼女を目の前にして息を呑み込む。己の見たものが信じられず、夢や幻ではないのかと恐れおののき、彼女の手を拘束していた紐を震えながら外すと壁にもたれ掛けさせた。


 面と向き合う。くすみがない白く透明感にあふれた頬はバラ色に輝き、紅も塗っていないのに艶々とした唇から微かな吐息が漏れ聞こえることに心の底から安堵する。


 愛おしい気持ちと安らぎを得た感情にしばし、じぃと彼女を見守っていたが、徐々に失望に心が押し潰されそうになる。そこに目を閉じて静かに息づく者は、彼女にとてもよく似ているけど、彼女そのものではない事に気が付いてしまって。


 俺と彼女は物心ついた時からずっと一緒に過ごした......終の別れが二人を引き裂くまでの十数年間、片時も離れることなく。だが目の前の少女......いちべつした感じだと十代半ばと同じぐらいの歳には思えるが、つぶさに目を凝らすとストレートの白銀の髪も微妙に趣きが異なって見える。


 そして彼女のトレードマークといえる右目の下にあるはずの泣きぼくろが無い。よくよく観察すると顔の細かなパーツにも違いが見え、髪の色しか共通点がないことに気が付いてしまう。


 まったくの別人だな。これでは......それに。


 何はさておき一番の違いはその胸......『パンドラ・ゼーベ』の野郎ども......俺を含めての目を釘付けにして止まなかったボリューム感満載だった彼女とは、かけ離れた下方修正なサイズ。ダボッとした服を着ているため、はっきりとは解らないが着痩せするタイプにはまず思えない。


 ここだけは断言しよう。隠れ巨乳ではあり得ないと。


 そう、先ほど触った自分についていたぐらいの大きさだろうか。


 あ!?


 ナンカタイヘンナコトヲワスレテイタヨ。


 慌てて自分の胸の辺りを撫でまわす。そこに......バトルスーツ越しに鍛え抜いた男の胸筋、十数年間慣れ親しんだ自分自身の体があることに堪らないほど安堵する。


 先ほどの自分が女の身体になっていたという体験は何だったのだろうか。それに......俺は幻覚ではありえない痛みを伴って確かにシャウトロンに胸をぶち抜かれたはずだ。それなのにバトルスーツには穴ひとつ空いてはいない。


 この空間そして目の前にいる少女は何者なのか。


 彼女の全身に視線を走らせ、細い首にリングが装着されていることに気がついた。


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