『code 02』 始まりと戸惑い
淡い光の中、魔法陣の周囲を複数の亡霊が幻影のように浮かぶ。
その淡い光の後方に重厚な階段が見え、頂には王の間ともいえる空間が辛うじて見える。そしてここからでは、はっきりとした姿が見えない何者かが、椅子に座り膝掛けに腕を持たせ、こちらを見下ろしている様子が微かに視認できる。
そして階段の両端には巨大なフルプレートの騎士や機械獣とよく似た彫像が計六体異彩を放ち直立していた。
――この感じ、明らかに異質で禍々しさは何倍も大きいが『パンドラ・ゼーベ』で行われていた魔術儀式と通ずるものがあるように思えた。
「ふん......如何なる豪の者が召喚されるかと思えば......このような小娘とは......失望したぞ」
王座からけっして大きくはないが、そこにいる全ての者の心胆を寒からしめる言葉が発せられた。
ローブを纏った六名はピクリとも動かなかったが、そこからは確かに恐れおののく気配が立ち昇る。
俺はその声を耳にして驚愕する......首領なのか? 声に籠る聞くものの心に浸透する有無を言わせぬ威圧感。帝王のみが持ち得る風格と忠誠を誓うに値する主君としてのカリスマ。
それにしても今、小娘と言った......玉座付近を除けばローブの六名と俺以外の気配はまるで感じられないのに。そして俺も細身ではあるが間違っても女に見える容姿はしていない。絶対的な力を感じられるその持ち主からしたら俺は確かに力が及ばないとしても、小僧と呼ばれるならまだ解るのだが。
――それに首領なら俺だと判らないことなんてないはず......とすると、この場には俺以外にも誰かがいるというのか。前方に気を抜かぬまま素早く左右を確認する。
何者の姿も見当たらない。気配がまるで感じられないが、もしかしたら後ろにいるのかも知れない。しかしこの状況で振り返るわけもいかず今は確認するすべがない、仲間の誰かがいてくれれば少しは状況が好転するのだが。
「異世界より召喚されし少女よ、何を怯えた鼠のようにキョロキョロしている......ここには我ら以外はお前しかおらぬぞ」
こちらからは向うは見えないが、どうやら相手は俺の一挙一動が解るようで明確な意思を持ち語り掛けてくる。
少女扱い......か。屈辱で頬がカッと燃え上がる。それとも異世界と言っていたが言葉が通じるだけで、ここでは男の事を指して『コムスメ』や『ショウジョ』と呼ぶのだろうか。
「いつまで這いつくばっている。立ち上がって、その全身を我の前に晒すがよい」
命令することに慣れ切った、命令されることがない者だけが発する対峙する者を心服させる力が篭った言葉、忠誠を誓いし首領に命じられたかの錯覚に......せめて堂々とした態度と矜持を持って立ち上がろう。
勢いよく立ち上がり淡い光の向こう側に見える玉座へと鋭く眼差しを向けた。
「ほう......前言を撤回する必要があるな。素晴らしい魔力、この場の圧力に屈しない精神力......そして内から零れ出る輝くばかりの美しき白銀のオーラ。極めて......エクセレント!」
極めて......エクセレント。その言葉を聞きたいが為に俺たち『パンドラ・ゼーベ』に所属する全ての者がどれほど自分を奮い立たせ、死地に赴く覚悟を決めたことだろう。
思わず『我らの命は尊き首領とパンドラ・ゼーベと共に! ジーク・ヌゥル! ジーク・フェルフェイト!』と叫びそうになるのを必死に堪える。
「よかろう。我の近くに来ることを認めよう......生命力みなぎる美しき乙女よ」
ピクリとも動かなかったローブの者達がその言葉を受け玉座を仰ぎ見る、一人が何か言葉を発しようしたのを絶対者は片手を上げ制した。
ローブの者達はフードの中で再び首を垂れ、魔法陣の両脇に三名づつに分かれ道をつくり階段下に並ぶ。
覚悟を決める。すぐにでも命を獲られるわけではない......臨機応変に対応してこそ『パンドラ・ゼーベ』の選ばれし戦士なのだから。
肌に当たる空気の流れから何も着けていないことと、一歩目を出したところで素足なのに感づく。戦闘装甲もバトルスーツも何もない真っ裸というわけか。
全てを曝け出していたとしても、それでも胸を張って前に進もう。
「ほほう......見掛けによらず肝が据わっているのだな。ますます気にいったわ。むっ......待てよ......お前は」
幾何模様が描かれた魔法陣を通り抜ければ玉座までいくらもないだろう。絶対者の感心したと言わぬばかりの面白がる声とその後に続いた戸惑いを残した言葉を聞き、前方だけを見据えていた俺は魔法陣から届く淡い光の前で立ち止まった。
正体不明な絶対者が漏らした呟きも気になるが......なんだろう。先ほどから感じるこの途方もない違和感は。
一歩踏み出して実感する。目線もかなり低くなっているし、手足も思うように動かない。まるで自分の身体ではないかのような心許無さ。
それに気のせいと思いたい......というか、これは現実なのか。少し目線を下げるとすぐ下に控え目ながら確かな重みを持って、存在を主張する双つの丘が見え隠れしている?
光に晒されたことにより、はっきりと視認できるその双丘に気のせいだよなと何度もぶつぶつ繰り返し、恐る恐るよく見れば白く華奢な手を添え......手の平から伝わる確かな感触は現実である事をいやが上にも肯定する。
信じられずにギュッと力を入れるとふにゃりとした手触りと痛み、そしてゾクッと痺れるような疼きが頭の芯を走り抜けた。
「なんじゃーこりゃああああ!」
ここが何処で誰を目の前にしているかも忘れて俺は力の限り叫んでいた。
それはかつての俺ではまず出ないであろう透明感のある澄み渡った高い声ではあったのだけど。