『code 26』 新たな任務 そして旅立ち
顔を青ざめながらも自分をひた向きな視線で見詰めてくるフィルツィヒの強い意志を悟ったのか、ベルゲンは生真面目な瞳を向けた。
「お主の覚悟はよく解った。だが先ほどおれに振り掛かった神の怒りをその眼で見たであろう。あれはこのような物を造り上げた者に対してだけの裁きならいいのだが。そこの彼女のように真の宝珠を持たない、そして人工生命体のお主に何が起こるか保証しかねるぞ」
フィルツィヒは瞳を閉ざし、自分の体を白い指が食い込むほどきつく抱きしめる。しばらくすると震えが徐々におさまったのか、目を開いた時には揺るぎない面持ちがそこに表れていた。
「わたしはこの人達に出逢ったことで、自分という意思を初めて感じることが出来ました。そしてこの心の内にはその中の一人であるルーナ・シーツが確かな存在として居る。魔王様に役立つ道具として創られた私達。そんな存在だからこそ、このまたのない機会を逃すことなく自分の存在理由を見つけ出したいのです」
胸を押さえ、あらん限りの気概で応えるフィルツィヒをベルゲンは、しばらく黙って見詰めていたが、残念そうな顔になり「しかし......」と言い掛けた。
「構わん、ノインの好きにさせろ」
それまで成り行きを黙ってみていた首領がここにきて有無を言わせぬ声を発した。
「失礼を承知でお言葉を返しますが、この者は創られし......いあ、ノイン? 魔王様はこの者を第九位と呼ばれたのですか!?」
ベルゲンの驚きに周囲の者も似たり寄ったりの反応を見せる。あのマティスですら、びっくりしたと目を見開き、フィルツィスを見ていた。
ここに集う面々から向けられた視線には憧れ、妬みが半々、さてあの者がどれ程のものかと楽し気に推測する眼差しが半分といったところか。
「其は我が認め、コード・ナンバーを与えし者。たとえその杖が八番目の種だとしても必ずや使いこなすと露も疑わぬぞ......そうだな。ルナツィヒよ」
首領の焚きつける一言を受け、フィルツィヒが纏う雰囲気が劇的に変化した。
「私とフィル、二人で一人。この世界で培った魔法の知識と前の世界で積み重ねた戦闘に関する能力を遺憾なく発揮して、必ずやこの宝杖を使いこなしてみせましょう」
ルナも気合い十分だ。二人の熱意が伝わったのかベルゲンもそれ以上の口出しをせず、それならばとモードをあっという間に切り替えて、研究者の顔付になり成り行きを見守るようだ。
「ルナ、それにフィル。杖が真の主として二人を認めると信じている。だから......いくよ」
シュリが柄を差し出す。力強く頷き、ルナツィヒはしっかりと受け取った。
その瞬間、再び眩いばかりの閃光が辺り一面を照り尽くす。
ルナ......無事でいてくれ。目を覆いながらそう強く願う。
俺の祈りが通じた訳ではないだろうが、ベルゲンの時と違い轟音は響くことはなかった。二人を包む光がじょじょに収まり、そこにルナツィヒが杖を握り締め、帯電したかのごとく蒼白い粒子を体全体にまとい光輝いていた。
無事なことに安心したもののすぐに虚ろな表情で意味のない呟きを漏らし立ち尽くす姿に焦燥にかられる。
ダメだ。この状態が続いたらルナの存在が消えてしまう。
「ワタシハ......造ラレ......シ......月ノ......女神ニ......捧ゲラレ......種ナル......集イシハ」
「ルナ!! お前は俺たちとおやじ、そして『パンドラ・ゼーベ』のためにここに在るのだろう! 確固たる自分自身を......真の自分を掴み獲れ!」
俺とシュリのシンクロした魂からのエールがルナに届いたのか、虚ろだった瞳が徐々に輝きを取り戻す。
「ワタシハ......依リ代トシテ......ち、違う! 私はフィル=ルナと同化してルナツィヒと成った。誰でもない自分という自我を手に入れ、この世でただ一人のオンリーワンとして形づくられたの。私にしてもルナ=フィルにしたって自分の意思で考え行動している! だから彼方には決して屈しない!」
ルナツィヒは、ありったけの勇気と気概を込めて掲げ持った杖に言い放つ。それは無機質な物に対するのではなく遥か高みにいる者に向けた精一杯の意思表示だった。
杖の先端に取り付けられている月の雫と呼ばれた琥珀色した拳大の皇石がせわしなく輝きを繰り返す。
「だ、ダメ! 力づくで全てを押さえ込もうとしてはダメなの。彼方はまだ個として満たされていない。そのまま顕在化してはこの世に受け入れられないわ」
ルナの魂の底から飛び出した悲痛な叫びに輝きの点滅が戸惑いをみせるように少しおとなしくなった。
「そう。事を成すのに自分だけの力に頼っていては歪みが生じるの。一つひとつ焦らず成長していこう。私もフィルも彼方もまだまだ個としては未熟。みんなで力を合わせて進化していくのよ」
杖は納得したとばかりにゆっくりと瞬く。これってあの杖にも自分で考え行動するべき意志があるってことだよな。
「どうやらその杖に自らの相棒と無事に認められたようだな。極めてエクセレント! ルナツィヒには魔王軍の戦力補強としてまたとない活躍を期待しているぞ」
とても満足気に頷くとベルゲンにこれからの展望を申せと促す。
首領のねぎらいにルナは顔を紅潮させ、杖を大事そうに撫でながら席についた。杖もなんだか親犬に懐く子犬の心安らかさを思わせる淡い瞬きを繰り返していた。
「正直その杖に認められるとは思わなかった。そうやってみると主従関係というより親子の絆を感じるな。それならば使いこなすのも問題なさそうだ」
ルナがキッとした瞳でベルゲンを睨みつけ、杖もそれに合わせて激しく点滅して怒りをを示す。
「使いこなすってこの子は道具じゃありません! これから起こるであろう数々のミッションを協力し合ってやり遂げるのです」
その勢いに失敬と素直に謝るも自意識を持ち人と同じ反応をみせる宝杖と人以上に感情豊かな人工知能、そして月の女神を模したレプリカの組合せ、研究対象にこれ程の逸材はなしっ、いやはや面白すぎ!と本人たちの前で失礼極まる本音を大声で漏らしていた。
さすがに抗議する気も失せたのか押し黙るルナにベルゲンはつと真面目な顔で言葉を続けた。
「その杖は未来の意味を持つ『ツー・クンフ』と魔王様から名を授けられた。お前とならそれは息の合うパートナーとなるであろう。宝杖の力もさることながら最も価値ある力は宝珠がある場所を探知することができることにある」
魔王軍の面々からどよめきが起き、それを首領は手をかざして遮る。
「そうだ。ツヴァイ達には遊軍として宝珠探索を第一の任務とする。途轍もない難関が予想されるが、お前たちなら必ずやり遂げると信じているぞ」
首領に言われるまでもなく、月音を取り戻すためには何がなんでも成し遂げてみせる。
「ベルゲンは集まった宝珠が再び奪われる醜態をさらさぬよう何者も破れぬ結界を創り出せ。盾の宝珠の二の舞を踏まぬようバルトはこの魔王城に二度と侵入を許すな。こちらはリューゲルと協力して監視を強めよ。せっかく集めても彼奴は必ず奪いに来る、あやつらの力を侮るな。それに宝珠を狙っているのは彼奴等だけではない、人族どもも虎視眈々と機会を窺っている。奴らの救世主......勇者の誕生も近いかも知れん」
それだけ言うと首領が俺とシュリを交互に目を向け、お前たちなら他の勢力に負けることなく、やれるなと念をおす。
なんのためにここに居るのか、シュリと二人で力強く臣下の礼を返す。
「期待しているぞ。まずは『都市国家ファビウステーツ』へ赴き、かの名だたる『冥府に辿る墓所』を攻略し、そこに眠ると伝えられる宝珠を見つけ出せ。ミランとラシャそしてマティスの強者三名をサポートとして付ける」
うえええっ!? シュリが思わず叫びを上げる。えっ? ボク達が一緒で不満なのと拗ねるラシャにお前じゃねえと、にまにま満面の笑みを浮かべるマティスに心底嫌そうな目を向け、ぶるっと震え上がった。
「いあ、第三軍を指揮する軍団長を仮にも抜いてしまって大丈夫なん?」
「まるで少しも全くこれっぽっちも問題ありません」
マティスの後ろに控えていた勇壮な角がそれは立派なクワガタ形の副官が抜いてのぬ辺りで、心からの満面の笑みを浮かべ即答する。
「むぷぷっ そういう訳でシュリちゃんとそれは濃密な日々を過ごせるよ! 魔王様のお計らいに感謝の念に堪えません。さあ~お姉さんに身も心も余すことなく託すのだよ!」
いやだああああ!! シュリの魂からの叫びが魔王城に木霊したのだった。
To be continued.
これにていったん完結となります。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
同じシリーズで五人のヒーロー、ヒロイン達のストーリーをいつか連載いたしますので引き続き読んで頂けますと幸甚に存じます。