『code 25』 伝説の杖
ローブの者から杖を受け取ったベルゲンは何度か上から下までじっくり眺め、それは満足気に頷いた。
「かような御言葉を頂き、有りがたき幸せ。この杖が成り立ったのも惜しみ無く貴重な魔道具、素材、人材を投入する許可を下さった魔王様のお力によるものです」
見た目からは想像できない丁寧な物言いに新参者の俺たちは目を白黒してしまった。そうやって真面目に語っていると不思議なことに凶悪な外面が気にならなくなり、研究者然とした理知的な雰囲気を醸し出しているように思えてくる。
「この杖の芯にはドワーフ族の至宝ヒヒイロカネを使用している。これを手に入れることが出来たのもミランの策略があってこそだ。それに先端に埋め込まれているこの世に一つしか存在せぬ皇石『月の雫』を秘境の地から探し出してくれたラシャ、杖を覆うベヒモスの皮を奪取してきたバルト、初代クィーンビーの貴重なエキスを譲ってくれたマティス......皆に謝意を表する。そして科学というまったく未知なる恵みを賜った魔王様の恩寵を決して忘れません」
どれもこれも度肝を抜かれるほど希少なもののようで、膨大な手間と難解なクエストクリアの果てにあの杖は完成したようだ。そんな貴重すぎる素材を用いて製作された杖とはいったいなんなのか。この場に居る首領を除く全ての者が固唾を飲んでベルゲンが語る続きを待っていた。
「この杖は疑似七月、いうなれば八つ目の種と成り得る神器として造られた」
誰も言葉も身じろぐこともせず、場は静寂に包まれる。
そりゃそうだ。この世界の理とも現される『七つの種』それを神でもない者が造り上げたと言っているのだから。
「なんだろう......その杖からは不思議な波動を感じる。まるで月音が閉ざされていたあの場みたいに」
シュリの呟く声にベルゲンは知的に目を輝かせる。
「先ほどの戦いを見るにそなた、魔王様の神器である銀刀をその身に取り込んだようだな。刀の状態ではこの杖と反発し合っていたが、人の形になったのであれば、さてどうなるであろう」
凄いな。あの戦いを冷静に分析してそう結論づけたのだろうが、銀刀を取り込めるような者がいることに動揺が無い。その可能性も研究対象だったのだろうか。
そんな事を考えているとシュリは勢いよく立ち上がり、ベルゲンの元に行くとずぃっと手を差し出した。
「威勢がいいな。あの銀の粒子を操る腕前も見事なものだったが、宝珠とそれは相性が良さそうだ。これならば俺が生み出したこの杖の真価もやっと計れるようだ」
実際に粒子を操っていたのは俺なんだけどな。まあ今はそんなことはどうでもいい。
ベルゲンは杖の柄を開かれた手の平に乗せようと差し出し、シュリはそれをしっかりと受け取る。
その瞬間、二人の間に眩い光と続いて凄まじい音が広間に響き渡った。
「ベ、ベルゲン?......まさか」
誰かの口から漏れでた声が耳に届く。
光によって奪われた視力が徐々に戻り、呆然とした表情で杖を持ったまま佇むシュリ、そしてその前には小山のような消し炭が目に飛び込んできた。
辛うじてそれが人の形をしていると判る消し炭。誰かの呟いた言葉ではないが、まさかあれが先程まで快活に語っていたベルゲンだというのか。
静寂が支配していたその場から今度は本当に全ての音が消える。
どれぐらいの時間が経ったのか、ふいに蝶が蛹の皮を破る時にたてるような音が微かに聞こえたかと思うと消し炭の中から雄叫びが轟いた。
「ブハアアアッ あれが神の怒りを顕す『メキドの嘆き』か......本気で死ぬかと思ったわ!」
いや、普通はどう考えても死んでるだろう。なんで一皮剥けたようなそのままの姿で出てくるんだ。まあ流石に装甲服とかは蒸発したのか生まれたままの姿ではあるけれど......妙に肌艶がいいのはなんでだ。
「うへぇ 目に猛毒。シュリちゃんもそんな露出狂の前に立っていると危険。あとはバルドに任せる」
おれに何をさせたいんだ! いあナニを......緊張感の欠片もない不毛な会話を続けるバルドとマティスを蚊帳の外に魔王軍の面々は固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
「かような結果になるのは想定内だ。神に仇なす行為......流石にそのために製作した絶対防御を誇るはずの特殊装甲服が消滅するのは予想外ではあったがな」
それを聞いてシュリが心底嫌そうな顔になった。
「そんな物騒なものを前置きなしに渡す奴がいるかっての! 先に言いやがれってんだ」
もっともだ。俺でも同じことを叫んでいただろう。しかしベルゲンは不思議そうにシュリを見て
「いや、実際のところお前には何ら少しも影響が出てないだろう? その肌もあらわな破廉恥な格好も今に始まった事じゃないだろうし」
「真っ裸なお前に言われたくないわ!」
全裸な巨漢に対峙するのは、ところどころが破れたドレスの美少女。辛うじて要所を覆い隠すも下着が見え隠れしているぞ。
まあ、それしたの俺なんだけどな。
「ベルゲンもどうやら無事のようですし、いい加減にそ、そ、そのようなモノを魔王様の前で曝しておくのは失礼ではありませんか。シュリはわたくしとの戦闘でかような姿になっただけですわ」
顔を朱に染め、ミランが言い募る。
おっ? 真っ赤な顔は在らぬ方向で、しっかり目を逸らしているぞ。なんか初々しい反応が可愛いな。
「あっ そうだ! 俺の穿いてるパンツ、たしか伸縮自在だったからなんなら貸すわ」
なにを思ったかシュリが片手に杖を器用に支えたまま、ずたずたのスカートを捲りあげ出した。
皆が目を点にして言葉もなく成り行きを見守る。
「ほい 脱ぎたてほかほかでわるいけど、フィット感は半端ないから遠慮せずに使ってくれ」
ニッコリそれは晴れやかな笑顔で差し出された、リボンがふんだんにあしらわれたピンク色の物体をまじまじと見詰めたベルゲンは、次には天を仰いで大爆笑した。
「お前さんはそれを穿けっていうのか。まあ、フィット感が極上なのは開発したのがおれだから解っちゃいるけどな。おっと勘違いするなよ、おれに女ものを着ける趣味はないぞ。見てるこっちの方が恥ずかしくなるからお前はさっさと穿き直せ」
ちぇっと舌打ちするシュリに、なんなら私が貴女ごと使って・あ・げ・ると横やりを入れるマティスの声が聞こえたと思った時には既に穿き直し身繕いし終えていた。そのあまりの素早さに彼女に対するトラウマを強く感じる。
本当にとんでもないのに好かれたもんだ。
ベルゲンも控えていたローブの者から衣服を受け取ると手早く着替えを済ませた。
男らしいボクサーパンツを穿いた時に伸縮を確認したが、ジャストフィットおおお!!と叫ぶと思ったが残念ながら無言で穿き終わった。
衣服を着用して落ち着いたのか、ベルゲンはなんとも愉快な玩具を見つけた子供のような瞳でシュリを眺め
「その杖は他の宝珠を探し出す羅針盤の機能も要している。魔杖としての性能も伝説級に近しい......といってもお前や相棒の戦闘スタイルでは、杖は合わないかも知れんな」
たしかに無手の戦闘スタイルの俺も銀の粒子を扱うシュリにしても杖を得物とするのは逆に戦闘力を落とし兼ねない。それではわたくしがといって間に入ったミランに対し、ベルゲンは「この杖は持ち主を選ぶ。ミラン殿であれば問題ないであろうがお主にはあの杖があろう......これとあれは相性が合わなさ過ぎる」と渋い表情で拒否した。
「み、皆の役に立つなら、わ、わ、私がつ、使いこなしてみせま......す」
震えながらも決意を込めた声がはっきりと聞こえた。
幹部が集うこの場でルナが俺の中に居るのにフィルツィヒはありったけの勇気を出して主張したのだろう。
『おおおっ フィルちゃん頑張ってる! 魔術師の彼女が使うのがやっぱりベストではあるわね。だけど......』
そう、問題は伝説級の武器を扱う素質があるのか。
『ルナ、大丈夫なのか?』
『こればっかりは正直やってみない事にはどうなるかなんて解らない......私もいくわ』
俺は思わず戻るのか!?問い掛けてしまった。
『私は既にあの娘と一心同体なの。仮にこれが原因で消滅したとしても、ここに来れて私という本当の自我を持てただけで幸せ。私がいなくてもツヴァイならすぐにこの世界に適応してやっていける。ここにはオリジナルも居るのだから』
きっぱりと言い切り、ルナは俺の中から去っていった。
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次話『code 26』 新たな任務 そして旅立ち
4月19日 21時頃投稿予定です。