『code 24』 魔王軍幹部(後)
バルトが夜叉の如き形相で圧し潰そうと抑え込んでくる。それを持ち堪えるのも劇的な効果を高めるコードを駆使していた俺にとって、地力だけでいるのは、限界が近づいてきたのを感じた。
この手合わせが終わったら、コードばかりに頼っていない術を一から鍛え直さないといけないな。
ここが勝負どころと残された力を全て出し尽くす勢いで挑む。
いつまでも続くと思われた押し合いは、俺が始まりの態勢まで戻したところでバルトが笑みを浮かべると力を抜くのが判った。
「なかなかどうして、先ほど戦闘で用いてたコードというものを最後まで使わなかったな。スキルを使わず自分本来の力だけで勝負するその姿勢、漢として価値が高い」
「そっちもな。その肩から突き出ている腕は飾りじゃないのだろう? 四本の腕を使われたら流石に持ちこたえることは出来なかったぜ」
俺がそう言った瞬間、バルトは心底驚いた表情を見せた。
なんか変なことを言ったか。ガチの力比べしていただけだよな?
「なんだと? おれの阿修羅双手を知覚できるのか。あのアルルハインですら感知すら出来なかったというのに、ここ魔王軍の中でさえ視認できるのは魔王様のみだというのにな」
肩から生えている腕はオーロラのように幻想的に輝いているが、これを他人は知覚できないってことなのか。
思念語で問うと残念ながら私にはなにも見えないとの返事があった。五感プラスαを備えたルナにさえ存在を感知させない腕か......これって戦闘でのアドバンテージはとんでもなく有利だよな。
「お前は実際とんでもない奴なのかも知れないな。魔王様が是が非でも腹心に指名するのも納得できる」
バルトが再び、握手を求めてきたので今度は軽く握り返す。
「俺とも握手してくれよ。今はこんな少女の見てくれになってはいるが、こいつは俺でもあるんだ。よろしく頼むぜ親衛隊長」
気安く話しかけながらシュリが手を差し出したのに対し、バルトは目を細くするとそのまま踵を返すと元の席に戻っていった。
「なあ!? どういうことだってばよ! なんか傷つくわ」
愚痴るシュリの肩をぽんぽんと軽やかに叩いた人物がボソッと溢す。
「あれは......ガチゲイ」
その呟きが聞こえたのか凄い勢いでバルトが振り返る。
「マティス! 誰がガチのゲイだ! 適当なことほざいてるとその無駄に細長い首を引っこ抜くぞ! ツヴァイもそんな目でおれを見るなや!」
「マジゲイが怒った。男好きになるから絶対に目を合わせちゃダメ」
そのまま怒り心頭のバルトを歯牙にも掛けず、淡々と漫才じみた会話を繰り返す。そのやり取りはいつもの事なのか、幹部達は特に気にせず、かといって茶々を入れるでもなくただ傍観していた。
「彼女は第三軍を任されているマティス・レイダー。見てのとおり昆虫型の魔族。トリッキーな攻撃を得意としているから......それとシュリは特に気をつけてね」
ミランが掛け合い漫才?をしている二人をやれやれといった様子で見ながらシュリに忠告をおくる。
「あっ? こう見えて俺は電光石火、韋駄天の異名を持つ誇り高きS級戦闘員だぜ。ちょっとやそっとの奇をてらった攻撃なんて喰らわないぜ」
速さに特化した俺だが、今のお前はシュリになっているんだから戦闘スタイルは違うぞ。
「いひゃああああああっ!?」
声に出して言うより早く、世にも情けない悲鳴が広間に響き渡った。
「うん。絶妙の撫で心地。まさにパーフェクト。とってもとっても気に入った」
マティスはご満悦でうんうん頷く。どうやら腕を鎌のように細く変形してシュリの背中をツツツッと上下に撫で擦っているようだ。
「お、お前! ひゃあ! ひゃから背中を......ひゃひゃああっ!」
シュリのヤツ、完全に遊ばれているな。昆虫系といってたがベースはカマキリといったところか。チャイナ服のような装いが似合うこれまた美人ではあるが、両側に付けたお団子髪飾りに擬態しているがあっちが本当の眼なのか?
『スカートと足も人型に擬態しているけど、あれは前ばねと後あしだと考えられるわ。中あしも隠されていそうだし、シュリを手玉にとれることからも戦闘能力は侮れないものを秘めていそうね』
ルナの見解に頷く。戦闘力はどいつもS級戦闘員ばりにありそうだ。問題は性格、いや趣味、嗜好か。これがどいつもこいつもとんでもなく難ありそうではあるが。
男の娘の獣人にガチ薔薇の鬼人、カマキリ百合姉御......ふーむ。
俺はゲイじゃねえええ なんて雄叫びも聞こえるが、自分のことって本人じゃ解らないものなんだよね。
「お前達いい加減にその辺でお開きにしろ。これでは一向に話が進まぬわ。いったん全員さっさと席に戻れ」
首領の一喝で悪ふざけしていた面々も直ぐさま、真面目な顔付きになると席に戻り座り直す。
シュリも荒い息を吐きながら、こちらを恨めがましく見ている。いやいや滅多に味わえない体験が出来てよかったな。
そっちの身体じゃなかったことを、この世界には実在するであろう神に感謝したところだわ。
「中断いたしまして申し訳ありません。以上が第三軍までの紹介となります。マティ! 貴女も今は大人しくしていなさい! ......続けます。第四軍の残兵力である死霊、怨霊系統は現在、凍結状態。これは裏切者とその主である始祖と呼ばれる何者かに服従する可能性が高いための処置となっています」
ミランが本来の出来る女を地でいく仕切りを見せつけ、隣に座るシュリにおふざけしようとしていたマティスを叱り付けて機敏に場を進めていく。
なんかシュリのやつ、マティスに苦手意識ができたみたいだな。とんでもない奴に好かれたようであっちの身体になった時が思いやられるわ。
第五軍は情報、後方支援の軍で魔法使い系と隠密系の魔族で構成されていた。
何だろう。紹介された第五軍のリューゲルという名の軍団長は端正な顔立ちの割りに、目を逸らせた瞬間にはどんな風貌だったのかまるで記憶に残らない印象の薄い魔族だった。
『明らかにパッシブスキルで存在感を隠蔽しているわね。私の能力を持ってしても目の前に居ないと感知出来ないレベルよ。背後をとられると厄介な事になりそうね』
隠密系を仕切っているのなら本人も危険なスキルを何かと持っていそうだ。タイプは違うが戦闘員仲間だったコードゼクスを思い出させる。
それにしても後ろに立っている副官は第五軍の所属にしては、すこぶる目立ち過ぎじゃないか? スキンヘッドにモヒカンそして筋肉隆々おまけにトゲの突いた装甲服って......どこかの世紀末でヒャハ!って叫んでいるのがそれは似合っていそうだ。
そんな事を思っていたらリューゲルと目があった。俺の考えていることが分かったのか、少し苦みのある笑みを浮かべ後ろの人物を紹介した。
「この者の名はベルゲン。第五軍の中では魔道具を開発する部門を任せている。見た目はこんな感じではあるが、こいつの頭脳には世界最高峰の開発技術のうんちくが詰まっている」
えっ? その見てくれで実は頭脳派だって!?
「ガハハハッ 頭を使うにも筋肉は必要なんだよ。お前さんも魔王様と同じ世界から来たのだろう。そのガントレットは愉快な機構が盛り沢山のようだな。ちょっとわしに貸してみないか?」
にないかって......俺はバトルグローブを背中に首を振る。
「ハハハッ そんなに邪険にするなよ。さっきの戦闘を見る限り、そいつはかなりの完成度のようだな。しかしこの世界には魔法といった超越な技法が存在する。もしも魔法の対処に困ることが出たらそれの魔改造はこの俺に任せろよ」
こいつ、見てくれは兎もかく......実は凄い奴なのかも知れない。
「ベルゲンよ。お前が持てる全ての知識と数多の魔道具を生み出して遂に完成まで辿り着いたこの杖、ようやく披露する時が来たな......製作まことに大儀であった」
首領の胸に響く言葉を受け、感極まるベルゲンへ後ろに控えていたローブの者が丁重に杖を手渡した。
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次話『code 25』 伝説の杖
4月18日 21時頃投稿予定です。