『code 22』 存在理由
烈火のごとく怒りを露にする首領に対してミランは一言も発しないまま項垂れている。
そんな様子に今はシュッリセルになったアイツが俺より少し早く地面に転がっているリングのひとつを拾い上げ、指先で器用に回し始めた。
やっぱりというか、考えることは同じってことか。
「まあ。結果オーライってわけじゃないけど、今の成り行きで月音がこの世界に確かに存在しているって実感を確信した。それは俺にとって首領とまたこうして再会できたのと同じで何ものにも代え難い幸せ」
シュリはくるりとリングをひとつ勢いよく回転するとそのまま放った。
それは、はっとしたように顔を上げ、意識せずに差し出されたミランの指先に絡めとられ、回転を緩めながら元々あった手首の位置にすとんっと落ち着いた。
「裏でなにかしら企むヤツより、直にぶつかってくるヤツは嫌いじゃないぜ。それが勘違いによる思い込みであったとしても、首領のためを思っての行動なら尚更だ。まあ、自分で言うのもなんだが俺もツヴァイも客観的にみたら胡散臭いヤツってのはおおいに納得だからな」
シュリはガハハッと大笑いする。
胡散臭いか......確かにな。見た目が可憐な美少女のくせにその物言いはどうなんだ。しかもズタズタになったスカートから白く輝く太ももやら、あの伸縮自在の紐パンツも動くたびに見えているのに一向に気にしていないし、よっぽどミランの方がその装いを気にして恥ずかしそうな顔になっているぞ。
だけどなんだろう。アイツがシュリの中に居ると行動が妙に男前に感じられるんだよな。まあ、中身は男なんだから当たり前といえばそうなんだが......ってまあ、俺もあんな感じなんだろうけど。
「といったわけでオヤジ、こいつらにも譲れない持論があったんだと思う。それに新しい『パンドラ・ゼーベ』の仲間として、わだかまりを残さずこれからやっていきたい。今回は俺たちの参戦に免じて懲罰はなしでいいかな?」
シュリはいいかなって、それは花が咲き誇るような満面の笑みを浮かべる。それまで苦虫を嚙み潰したような表情だった首領も何かを言いかけたが、次の瞬間には破顔一笑して席を立つ。
「何が、といったわけなのかは、この際聞かずにおいといてやろう。しかし男同士で腹を割って話すのも悪くないが、女には女だけの武器があるものだな。先ほどの弾ける笑みはそれだけで場を和ませる力があったぞ。それが証拠に中身は同じはずのツヴァイでさえも呆けた顔をしている」
ニヤリと楽しそうに語る首領の言葉に我に返る。どうやら俺は考えごとをしながらシュリをずっと見ていて、その微笑みに毒気を抜かれ見惚れていたようだ。
なんだろう今の微笑みは、月音の浮かべるそれと同じで脳裏に焼き付いて離れない。
宝珠を体に取り込む前はそこまで月音とのシンクロニティを感じられなかった。しかしあの宝珠を身に宿してから月音をとても近くに感じる。そこにはこの世界の成り立ちに関する綿密な繋がりがあるというほどに。
おいおい詳しく調べなきゃな。取り敢えず今は目の前にある後始末をするべきだ。
行動を起こす前に、ここでもシュリの中に居るアイツに先手を取られてしまった。
「さあ、お前たちもいつまでも床にへたり込んでないで、これからオヤジのために力を合わせてやっていこうぜ」
朗らかな笑みを浮かべるシュリを不思議なものを見る目でミランが見上げる。
「――どうして。先ほども数瞬わたくし達の魔法が遅れていれば、この命を刈り取られていた。そんな刹那の死を賭して戦っていた敵同士なのに、貴女は笑顔まで浮かべ、そんなにも簡単に許すことが出来るというの」
シュリは口元に手を添え、うーんと唸るとしばらく何かを考えるポーズをしていたが少しすると
「昨日の敵は今日の強友って言わねえか? それに元から敵でもないし『パンドラ・ゼーベ』の仲間だろ? 俺は仲間と認めたヤツは絶対に裏切らねえ。命を賭けて戦ったんだそれぐらいここで感じたさ」
ビシッと親指で自分の心臓あたりを指すとそのまま手を卸し、ミランに差し伸べた。
シュリの手をおずおずと掴むミランをそっと引き起こす。
「――貴女の口の利き方はまるでなっていません。それにそんな格好で羞恥心を持たないのも淑女としてはまるで失格ですわ。ですがそれを差し引いても月の女神様の如く魂はとても高潔でいらっしゃるのね」
ミランはしばらく言葉を止めて、シュリと目を見交わす。
「人間だからといって見下していたわたくしが間違っていたようですわ。先ほどの非礼を謹んでお詫びいたします。これから魔王様のため共に尽力しましょう」
差し出されたミランの手の平を、これからよろしく頼むぜと気負いなく応えシュリが力強く握り返す。その態度にミランが目を潤ませ大きく頷く。
傍らでへたり込んで呆けたように二人のやり取りを見ていたラシャに、俺も手を差し伸べて助け起こすとリングを手渡す。
「ボクたちは月の女神様の加護を得た誇り高き一族なんだ。その中でも父上に次ぐ実力の姉様に認められるなんて、貴方達はきっと女神様の眷族なのかも知れないね。それが証拠に極限魔法をレジストしてなおかつ神託まで受け取るなんて一族の記憶にもない前代未聞の出来事だったよ!」
だからそんなキラキラした瞳で見詰めてくるな! お前が雄だと判っていてもなんだか心臓が高鳴ってくるじゃないか。
だからゴロニャ言いながらそんなに近づくな! だいたいあんなに命懸けの戦闘をして大量に汗も掻いたはずなのになんで少しも汗臭くないんだよ! それどころか動くたびに仄かに漂う、えもいえぬ甘い香りはなんなんだ。
俺がラシャの女子力? に辟易しているのを見兼ねた首領がもういいだろうとその場をおさめる。
「どうやらそなた達は無事に打ち解けあったようだな。一時はこの魔王城もどうなるかと思えたが、シュリの言葉ではないが万事塞翁が馬とはまさにこの事だ。我の配下の中でも並ぶべき者が僅かしかいないこの二人に認められたのであれば......他に異存がある者はおるか」
見渡す首領に広間に集った面々は一堂に恭順の意を表し従う。
「よし。改めて我が魔王軍のこれからの展望を述べる。準備をするので暫し席に着いて待て」
首領の一声でそこに集った全員が席に座り、副官、護衛の面々がそれぞれの主の後ろに並び立つ。腰かけている総数は九名、ギガティの主だった魔族が座っていたところだけが空席となっていた。
首領を上座にミランの横にシュリその対面にラシャと俺が席に着く。ルナは座ることなくシュリの後ろに立つと俺に目配せし、すぐにユニバースとなって思念言を送ってきた。
『一時はどうなるかと思っちゃたけど、あそこでオリジナルが顕れるなんて本当に驚いたわ』
『ルナの見解でもあれは確かに月音だとそう思えるのか』
『私が私という自我を持ち得た時には勿論のことオリジナルはあの世界に存在していなかった......だけどその能力を模して創造された私には、あの魂の奥底から震える存在は確かにオリジナルと思えたの』
ルナからここにきて、珍しく自信喪失したといった雰囲気が漂う。
『まったく太刀打ちできるとは思えなかった至高の存在。自分が模造品だとまざまざと思い知らされたわ』
『まあ、何といってもあいつは前の世界でも別格だった。ルナもフィルツィスと一体になり、コードも授けられたことで、これから俺たちにも負けない力を身に付けられるさ』
『――そうかな。だけどあの人の能力を模して創られた私と身体的特徴を模して創られたフィルツィス。そしてツヴァイの意思を持ち、存在感は最もオリジナルに近いシュリッセル......これってただの偶然なの......かな』
頭の中に呟くその声の内容に俺はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
シュリッセル......その存在理由。
今は彼女の中に居るもう一人の自分が生まれた意味とはいったいなんだというのか。
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