『code 21』 決着の行方
どこぞのアイドルばりの決めポーズで可愛く舌を出す。
これって俺が月音を怒らせた時にやられていた仕草だったんだよな。
これが見たくってわざと怒らせるような事を繰り返していたんだっけ......とはいえ本気で機嫌を損ねることだけはしなかったけど。
「こ、このわたくしを馬鹿にするのも大概になさい! 小娘が頭にのってるようですが......ラシャ! 遊びは終わりにしますわ!」
益体もないことを考えている間に、怒り心頭のミランがツヴァイとビーストモードといえる姿態で激戦を繰り広げていたラシャを凄い剣幕で呼び返す。
激情にかられていたラシャも更にその上をゆく、怒髪冠を衝くミランの形相に怒りの熱が醒めたのか血相を変えて姉の元に戻った。
「姉様をここまでキレさせるなんて。こうまでいっちゃったらボクこの先は責任持てないからね」
ため息を吐くも姉の命令は絶対なのか、ミランが左手にはめていた虹色の豪華な彩りを放つリングを外すのを見て、やれやれとため息を吐き、自分も右腕に付けていたこちらも七色に輝くリングを外し、二人は同じタイミングで軽やかに宙に放った。
不思議なことに二つのリングは空中でピタリと重なって止まり、辺りを照らす光を放ちながら高速で回転しだす。
それを見てフィルツィスが実は出せるんだと思わず感心するほどの大きな声を上げた。
「第二の月にして闇の神を讃える失われしアーティファクト!? ミラン様はそのような神器を用いていったい何を行おうとしているのですか!」
首領も血相を変えて座っていた豪華な椅子を蹴倒しながら立ち上がった。
「馬鹿者! ここでそのような秘奥技を使用する奴がおるか! ミラン正気かっ!?」
ミランはそれにゾッとするような笑みを浮かべて応える。
「狂気も考え方が違えば正気となります。わたくし今まで生きてきてこれほどの清々しい気分になったのは初めてですわ。断言します......この者たちは魔王様にとって凶となる存在」
無表情のままそこで言葉を切ると目を閉じる。
「ここで未来に起こる禍根を絶ちましょう。魔王様も後々でわたくしの英断をご理解されるに違いありませんわ。さすればこの城の一部が消し飛ぶことなど些細なこと」
くわっとアーモンド型の瞳を見開く。そこに真紅に彩る深淵が顕れる。
ミランとラシャそれぞれの唇から重く暗い韻律が紡がれてゆく。
「この広間の結界ランクを最大限に保て、そなた達も加勢しろ!」
首領の命令で直ちに後ろに控えていたローブの集団とフィルツィス、魔王軍の幹部数人が急ぎ印を結び、結界魔法を唱え始める。
俺はツヴァイと瞬間、目を見交わしミランとラシャが呪文を完成させないうちに攻撃を仕掛けるため走り出す。
速度を上げながら手を振りかざすと刃を造りだす。纏う銀の粒子を『神殺し』をイメージし刃状にすることで先ほど闇の眷族を一瞬のうちに塵にすることが出来た。
これがこの少女の体になって身に付けた俺だけの力。
あちらが殺す気で掛かってくるのであれば、何も遠慮する必要などさらさらない。
全力で殺る。
たすきのようになったスカートをなびかせ二人に迫る。ツヴァイが上位ブースト系を使用して先行していく。
その真後ろに追随し、二人の直前でツヴァイがジャンプすると同時に地を這うぐらい身を潜め、必殺の突きをふいをついたミラン目掛けて見舞う。
複雑な詠唱をしながらの回避は困難だったのか、それでも旋律を途切れさせず息を飲み込むミランの真紅に煌めく瞳と俺の瞳が交差する。
殺った。
腕から伸びた刃はミランの心臓に寸分たがわず刺し込ま......るより僅かに速く、呪文は完成していた。
「......月女神再誕 ”ルナティックウェイト” 不浄の者たちよ女神の慈悲により滅せ」
俺とツヴァイを真の闇が包み込む。ミランに届かなかった銀の粒子が跡形もなく消し飛んでいく。
強化された眼にも全く何も見えない空間の中に放り込まれる。その際に偶然ツヴァイの指に触れ、かなりヤバい状況にここで相方を見失うわけにいかない。そのままツヴァイの手の平を握り込む。
計らずも握りあったちょうどその瞬間、手の平を中心に苛烈なエネルギーが出現するのを感じ取った。
それは神々しいまでの光の洪水を伴い、思わず手を握っていなかった方の手で目を覆う。
トクン......身体の中にある宝珠が大きく激しく脈打つ。
目も開かずぴくりとも動けずにいる俺たちに、そこにとても懐かしい声が届けられた。
『......出流。出流......貴方をこんなにも近くに感じられる。私がわたしであり続けられる存在理由。だけど......時間があまりにも無い。ずっとずっーとただ貴方だけを待っていた......だから私は......』
胸が締めつけられ、自然と涙が零れ落ちていく。気がつけばツヴァイとお互いの手をギュッときつく握り合っていた。
トクン......トクン......トクン。
『......あなたと一緒に......こうして手を繋いでいられたら......隣を......歩きたい......そのために私は......あなたへ......』
そこで声は唐突に途切れた。宝珠が殊更に反応し胸を圧迫する。それに続いてカチリと頭の中で何かが切り替わる音を微かに感じた。
シュリッセルという存在。月音......それにこの宝珠はいったいなんだというのだ。
「ありえない......まさかルナティックウェイトを......レジストしたというの!?」
消え入るような呟きが耳に届く。覆っていた手をどけるといつの間にか漆黒の闇は霧散し、広間の中心にいて、お互いの手をまだ繋いだ状態で茫然と立ち尽くしていた。
前方には瞳を元の色に戻したミランとラシャが魂を抜かれたように床にへたり込んでいる。
左手に感じる柔らかな確かな温もり......月音の手に俺の手を重ね歩いていた日々を思い出す。
うん?
とてつもない違和感に握っている手の持ち主に目を向ける。かなり目線を下げた先にはハァっ?と口をあんぐりとしたシュリッセルが俺を見上げていた。
また入替っていやがる! いったいこの現象はなんなんだ。
いや。今はそんな事はどうでもいい!
シュリの中にいるヤツも気持ちは同じなのか、いつまで名残り惜しそうに俺の手を握ってるんだよ!と捨て台詞とともに手を振りほどき、へたり込んでいる二人目掛けて突進していった。それに遅れることなく俺も追随する。
ぺたんと座り込んでいる二人ににすごい剣幕で迫り、目の前で止まると見下ろす。
反撃する余力もないのか、殺されても仕方がないと諦めの目で見上げてくる。
「今すぐ、さっきやったあの呪文をもう一度やれ!」
俺とシュリの言葉が綺麗にハモり、二人の美しい唇がこれ以上ないほどポカンと見開かれる。
「あの闇の中には月音が居た。声しか聴くことは叶わなかったが絶対に居たんだ! 頼む。もう一度やって確かめさせてくれ!!」
「......無理。あの極限魔法を使うにはボクたちの魔力を七色分ためないとダメなんだ」
ラシャが力なく目を彷徨わせ、白い珠を全周にはめ込んだ二つのリングを目にとめる。そこには神秘的な虹色の輝きを失くしたアーティファクトが無造作に転がっていた。
「一撃滅殺の対個人最強、獣人族最大級の秘奥義が通じないなんて......しかもあの中で女神様の神託を得るなんて......あなた方はいったい何者だというのですか」
信じられない奇跡を目の前にしたと見上げてくるミランに怒りをふんだんに含んだ声が応える。
「ミランそしてラシャよ。我はそなた達に生死を賭けた戦いをしろと命じたか。幸いの事に何ごとも起こらなかったが、下手をするとこの魔王城が機能しなくなっていたぞ。そなた、この始末をどう付けるつもりだ」
首領の火を噴くような怒りにミランとラシャは揃って蒼白になると俯いたまま動きを完全に止めた。
>>NEXT
次話『code 22』存在理由