『code 17』 新生パンドラ・ゼーベ
「ちょ......お、おまっ!?」
自分の口から世にも情けない雄叫び......いな、か細い悲鳴が洩れるなんてあり得るのか。そんな俺の心情を知らず、いや熟知してると思う。目の前にそれは楽しそうな笑みを浮かべたルナツィヒがぐいぐいっと迫ってくる。
「ツヴァイちゃん......あらあら今はシュリッセルだったわね。いい加減、漢なら覚悟を決めてちゃっちゃと着なさいな」
......いや、ルナツィヒさん。そんな物を押し付けて着ろと言われて、なおかつ漢らしくってすんごく矛盾しているのですけれども。
「仕方がないでしょう。今はどこからどう見ても女の子なんだから女物の下着を身に付けるのは当たり前なんだから。さあ四の五の言わず着けちゃいましょう!」
とは言うけどさ、せめてシンプルなスポーツタイプとかならまだしも......上下セットのその下着、全体にレースがフリフリで色もピンクと可愛らしいし、やたらリボンが散らばっているのですけど......それ本当に俺が着けるの!?
てかっ!ここ魔王とか王国とか魔法とかファンタジーな世界ですよね!? なんで前の世界と同じような女性用の下着や服がありますの......それにルナ、貴女はいつからそんなはっちゃけた性格になったとですか......本当理不尽やわ。
「首領を待たすのはあまりにも失礼よ。ホラホラホラ!」
首領の名前を出されては如何ともし難い。俺は渋々とフリフリの三角の形をした布切れを受け取る。
目の前にかざして表、裏とひっくり返して眺める。うん、自分が半眼になってる気がする。これって両脇はどう見ても紐だよな。たぶん面積の多いシンプルな何もないこちらが裏で、リボンをあしらってフリルがついている面積の少ない方が表だろう。
......というか、今は少女の身体である俺が穿くにはどう見てもかなり大きい。そう思ってルナに視線を向けるが、目がさっさっと穿けと語っている。
覚悟を決めてローブが捲れないよう気をつけて足に布切れを通して腰までたくしあげる。ほらっすんごくブカブカじゃな......いっ!?
「ジャストおおっフィットおおおっ!?」
マジびっくりした!ブカブカのはずがピタッと収縮すると肌にキュッと吸い付いてくる。ルナは知っていたのか俺の驚愕の叫びにもニマニマ笑っているだけだった。
無駄にファンタジー......これって魔法の無駄使いじゃないの!?
「さあ、上もチャチャと着けて首領の下に馳せ参じましょか!この世界ならAの娘にも優しいブラだから!」
――いや、あえて言おう。魔法の下着だからこの際、サイズは関係ないんじゃなかろうか。ルナさん、個人情報保護法はしっかり守ってよね!
俺はトホホと呟きながら、やけになって勢いよくローブを脱ぐのであった。
※※※
連れて行かれた広間に通じる扉が近づき躊躇しているとルナに背中を押された。扉の両脇を固める騎士はたぶん魔族なのだろう。肌の色が少し青み掛かっているのと耳が尖っている以外は、人となんら変わらぬ容姿をしている。その騎士は俺に視線を向け、しばし我を忘れて見据えてくる。
なんだ。人族が珍しいのか......いや、この恰好かっ!
いやいやいや これは女装じゃないから!今は女の子なんだからね!仕方がないんだよ。そんな目で見るなー なんだか今の自分の装いを再認識させられ思わず顔を伏せてしまう。扉も開かず声も掛からない、仕方なく顔を上げ頭ひとつ高い騎士を見上る。すると騎士の青白い頬が見るみるうちに朱色へと染まっていく。
しばらくの間があり、騎士は自分の職務を思い出したのか「ど、ど、ど、どうぞおお!」かなりあたふたと扉を開けてくれた。魔王軍それでいいのかっとツッコミを入れたくなったが、ルナに「半端ない破壊力の上目遣いよね」と囁かれ、俺は兵器かってのとボヤキながら広間に入っていった。
広大な間の中心に長大なテーブルが据えられ、上座に首領が座っている。その両脇に異形の者たちがずらりと並び、その後ろには副官、護衛なのか一人もしくは二人ほど立っているのが目に入ってくる。一人、二人と数えるのが正解なのかは判らぬが、そこに居る誰もがけっして友好的ではない視線を向けてくる。
いや、入口に一番近い所に立っていたヤツだけが、これ見よがしのアホ面で目を見開いている。そいつの名はツヴァイ、口を半開きにした姿がなんとも馬鹿ぽい。
「ほほう......極めてエクセレント! 身なりを整えただけでこれほどまでに印象が変わるとはな。清楚な見た目といい、その白いドレスが今のお主にはとても似合っておるぞ。今一度言おう。極めてエクセレント!」
首領のその言葉を受け座っていた異形の者たちが立ち上がり一糸乱れぬ臣下の礼をとる。
「「「我らの命は尊き首領とパンドラ・ゼーベと共に! ジーク・ヌゥル! ジーク・フェルフェイト!」」」
それを受け、首領の称える言葉に照れるひまも無く俺とルナは唱和を返す。
「――いあ、俺の嫁マジかわゆす」
ツヴァイがボソッとこぼす。おいおい!誰が誰の嫁だっちゅうの。
断言しようそれだけはマジない。
「見違えたとはいえ、そればかり言っていても始まらないな。悪いが二人はツヴァイと一緒にここに座ってくれ」
首領は自分に一番近い箇所に空いている席を指さす。しかしその言葉に中程に座っていた先ほどの騎士と同じく見た目は人型の魔族が血相を変えて異を唱えた。
「魔王様の御言葉とはいえ、人間風情が我ら魔族と席を同じにするなど以ての外、しかも序列でいえば一席、二席の場所ではないですか! そやつらは我らの遥か後方にでも侍らせておけばよろしいかと存じ上げます」
幾人かが同意とばかりに肯いている。それを首領は顎に手を当て面白がるように眺めている。
「ふむ......我が認めたこの者たちを貴公は人間だからと魔王軍には要らぬと言うのだな。よかろうツヴァイ、まずはお前の実力をこやつらに見せてやれ」
待ってましたとばかりにツヴァイが拳を打ち鳴らす。気のせいではなくここに座る誰もが期待に目を輝かせている。うん、そういう俺も血がたぎっているのだけどね。
戦闘を生業としている者同士、くっちゃべってる暇があれば拳で熱く語りましょうや。
青筋を浮かべた先ほどの魔族がしてやったりとニヤリと笑い、後ろに控える巨人族の血を引いてると思える巨漢に何やら耳打ちするとツヴァイを蔑んだ様子でながめる。
「私の護衛にして魔王軍でも屈指の実力を誇るギガディがお相手いたそう。そうだな......人間ごときが一分でも持ち堪えられたのであれば、この部屋に居てもよいぞ。まあ五秒も待たずに地に沈むであろうがな」
その挑発に逆に冷静になったのかツヴァイは首領の後ろに彫像のように控える漆黒の騎士に向かい、こいつはお前より強いのかと問いを発した。その問いに対して我関せずと一言の応えもなく、青筋を立てた魔族が代わって怒鳴り散らしてきた。
「馬鹿者! ブラックナイツごときと私の誉れ高き護衛を一緒にするとは何事か! そやつらが束になろうともギガディの足元にも及ばぬわ!」
ツヴァイが半眼になりながらもギガディと広間の空いている場所に移動する。
決して強そうに見えないのに、あのデカブツそんなに強いのか。何はともあれ漆黒の騎士は俺のコードの中でもそこそこのバーストナックルを、裏コードハイパーブーストで時間停止した後なのに、軽くいなしたんだよな。
コード......コード!? って! 待てよルナが抜けたことによりツヴァイはまともにコードを使えないんじゃないのか。それでは実力の半分も出せない。横に立つルナに視線を向けると何故か先ほどまでの勢いを無くし、オドオドと落ち着きなく視線を彷徨わせている。
ルナ?と話し掛けると「ひゃっ!?」と素っ頓狂な声を上げて固まってしまった。こんなに落ち着きを失くすなんてあのデカブツそんなにヤバイ相手なのか......俺は固唾を飲んで対峙する二人を見詰めた。
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次話『code 18』真打登場
4月12日 21時頃投稿予定です。