『code 15』 世界の中心
重厚な扉はまったく音を立てることなく静かに内側へ開き、そこから侵しがたいオーラのようななにかが漂ってくる。
――この中に月音が居る。
首領の両脇に控えながら俺とツヴァイは息を吐くのも忘れ、開かれた空間にひたすら目を凝らしていた。
そこは思ったほど広くない空間なのか、銀刀の力を取り入れたことにより今ではツヴァイに近い身体能力が宿った事を薄暗闇を簡単に見通せることでも実感できた。
空間の奥側からほのかな光が見え隠れしていることにしばらくして気がつく。
目を凝らすとそこに長大なクリスタルが淡く清らかな光を放っている。そしてその中に両手を胸に当て、目を閉じ立ちつくす少女の姿を見つけ出す。
「「か、かのん!?」」
叫ぶ声は重なり俺とツヴァイは全力の一歩を時を同じくして踏み出した。
「ツヴァイ、シュリュッセル......心して挑め」
首領の含みをもたせた声が聞こえたような気がしたが、その意味を読み取ることも浮かばず、俺たちは月音のもとへ向かう事しか考えられずにいた。
「「つああっ!?」」
しかしその空間に一歩踏み込んだ途端、これまで受けたこともないほどの凄まじいまでのプレッシャーが、物理的な力を秘め圧し掛かってきた。
荒れ狂う物理を伴うパワーに晒され、少女の体に見合った華奢な指が地へと吸い寄せられ、体を支えきることが出来ずに地面へとそのまま顔から叩きつけられた。
か細いうめき声がはからずも洩れ出る。むき出しの地肌が頬に接し、偶然向かい合った同じく地面に顔をめり込ませているツヴァイと目が合う。
目が合ったのは僅か......渾身の力を込めて再び前に向き直ろうと顔を動かす。
こいつにだけは負けられねえ。俺が......俺こそが先に月音の下へと辿り着く!
歯を食いしばり気合いを入れ顔を捻じ曲げ正面に向き直り、月音の姿を捉える。
月音......その姿を目にすることなど二度と叶わぬと想いを封じていた......でも今そこにお前がいる!
一向に動こうとしない両指をそれでも無理やり硬く凍てつく地面にえぐり込ませる。強化されていても見たままの華奢な爪先がはぜ割れ激痛が走り抜けた。
その痛さによっていくらかプレッシャーが和らいだようだ。そのまま足にありったけの力を込め、強引に地面を蹴り上げた。
ローブが羽のように舞い上がり、そのまま空中で身を捻り着地する。
ほぼ同じタイミングでツヴァイも並び立つ......考えることも行う動作も同じ。だが体格の差は大きく僅かに先を行かれてしまった。
「「かのん!!」」
再び声が重なり、動けたことでプレッシャーを幾らかでもはね退けることができたのか、それでもまるでタールの中に入り込んだかのスピードで月音の下に歩を進めいく。
クリスタルの下に先に辿り着いたツヴァイが振り返る......こいつ、俺を待ってくれるってのか。やっぱり俺って思った以上にお人好しなヤツなのかも知れない。
「「かのん!!」」
二人同時に月音を覆う傷一つないクリスタルに指先がコツンと触れる。
刹那、世界は音も立てずに反転した。
声にならない叫びを上げ俺とツヴァイは......常軌を逸した流れで押し寄せる情報の波の中でこの世界の理を漠然とだが感じ取る。
......月音。 あの殺伐とした日々戦いと焦燥の世界でお前はその生を全うした。だけどそれは何も終わっちゃいなかったんだ。お前がここに居る存在理由、その想い、希望......強固なまでの意思で己れの命すら捨て去り守ろうとしたもの。
俺にすら何も話せずにお前は一人で耐えていたんだな。
だけど。 安心してくれ......俺がお前の下にやってきた。お前の意思を受け継ぎ、この世界を救う。
そしてお前をこの手に必ず取り戻す。
あの柔らかな笑顔、とても癒される声音、愛してやまない仕草を俺は必ずこの手に取り返す。だから、今しばらくはその中で待っていてくれ。お前を絶対に自由の身にしてみせる。
いつの間にかあれほど感じていた重圧がなくなっていた。
俺とツヴァイは今一度、クリスタルに覆われた月音を静かに見つめる。
「......この摩訶不思議な世界の成り立ち、そして月音の存在をしかと感じたか。してお前たちはそれを知りなにを成す」
背後から首領が答えは既に出ているとばかり形だけの問い掛けを投げてくる。
俺とツヴァイはすぐさま振り返り、そのまま膝をつき臣下の礼を行う。
「「この命にかえても必ずや月音を取り戻します。そして首領の望む世界を彼女と二人で歩みます」」
シンクロしてしまった声が重なり、思わずツヴァイを睨みつける。同じように目を険しくしたツヴァイは少しすると腹に据えかねる笑みをその顔に浮かべた。
「フッ......俺が月音の隣りを歩いてやるさ。そうだな、お前は俺たちの後ろを子犬のように付いてくるがいいぞ」
「......アアッ!? 喧嘩売ってんのかテメーは?」
「アハハッ! その迫力のまるでない可愛い声で言われてもなー 月音を守るにはやっぱ俺みたいな鍛え抜かれた歴戦の戦士じゃないとね。お前には花嫁修業が似合っているんじゃないかな。まあ、貰い手がいればの話だが」
せせら笑いながら勝ち誇るツヴァイに忘れていた自分の今の姿を思い出す。
「こ、このヤロー お、俺の躰をいい加減に返しやがれってんだ! ニタニタ笑ってる軟弱なお前にはこっちの身体がお似合いだ」
「......アアッ!? 喧嘩売ってんのかテメーは? だいたいお前が......イテえええっ!?」
ビシッ ビシッと響く音に続いて脳天に衝撃を受ける。
「二人とも首領の前でみっともない真似はしない! しかも今はそんな漫才してる時じゃないでしょが......首領も笑っていないで止めて下さいな」
どうやら一部始終を見ていたルナツィヒに頭を叩かれたようだ。
「フムッ なにやらツヴァイとあやつ......アハトとの会話を思い出してつい懐かしくなったわ。何故だろうなあやつとは二度と再び絆を結ぶことなどないというのに......あの懐かしい日々を思い出すとは」
『パンドラ・ゼーベ』の幹部ながら、元の世界で敵方のバトルジャンキーを愛したがために亡くなったはずの不死身の漢と呼ばれた先輩。何故だろう首領はまるで仇敵のように先輩のことを語る。
亡くなった先輩の死を首領はあんなにも嘆いていたのに、実際のところ先輩が生きていれば『パンドラ・ゼーベ』そのものが違った歴史となっていただろう。
「......アハトは生きているぞ。」
「「!!?」」
俺とツヴァイはその首領が溢した内容を理解できず、しかし遠くを鋭く見詰める首領の頑なな眼差しに事実と受け止めるしかなかった。
「あやつはお前たちの知る女好きで陽気なそれでいて如才な漢、『パンドラ・ゼーベ』随一の闘士では既にない。どのような経過でこの世界に現れたのかはいまだに判明していないのだがな」
そして一旦なにかを切り捨て
「あやつはこの世界そのものを滅ぼそうと企んでいる」
首領は周囲の空気が固まり、肩に圧し掛かるような冷え冷えとする声で告げるのだった。
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