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『code 14』 もう一つの忠誠


 何者かに後ろから張り飛ばされて顔面から地に激突すると思われたもう一人の俺......癪だが今はツヴァイとなっている男は、咄嗟に片手を付いて巧みな動作で身を捻り、着地するとこちらに向き直る。


 その姿は片手で鼻から飛び散った血を拭い、もう片方の手で痛そうに後頭部を擦っている。どうやら俺の一撃に続き、それなりのダメージを受けたようだ。


「いってえな。たくよ......ズキズキしやがる。誰だ! 人の後頭部に力任せな肘鉄喰らわしやがるのは......てっ、お前は!?」


 驚く声に俺も振り返り、同じく目を丸くしてしまった。


 そこには肘を突き出したままの姿勢で、見るからにムカっ腹を立てたフィルツィヒがツヴァイを睨み付けていた。


「マスターのセ・ク・ハ・ラ。私の正義の鉄槌を喰らって根性を叩き直しやがれ......このエロ星人め!」


 酷い言われようである。まあいい得て妙ではあるが。


「フィルツィヒ......なぜ普通に喋れる。いな、姿かたちは同じでも......お前はフィルツィヒではないな」


 首領の訝しがる問いに、彼女がイフリートを呼び出した時以外は一言も声を出さなかったのは、喋らなかったのではなく、特定の、そう呪文以外は言葉を発することが出来なかったのだと思い知る。


 それにしてもツヴァイに対してマスターと呼ぶあの口調といい、快活な喋り方はもしかして。


「ルナ!? お前はルナ・シーツなのか......先ほどから思念言に応じないと思ったら、なんでフィルツィヒの中にいやがる!」


 俺がもしやと思ったことをそのまま口に出すツヴァイに対して、ルナは怒った表情を変える事なくいきり立つ。


「中にいやがるじゃないっての! なんでかなんてこっちが知りたいわよ......ただ、なんでかな。暗闇の中でポツンと顔を伏せ膝を抱える小さな子供を見つけて、そっと肩に触れた事は覚えているわ」


 視線を落とし言葉を詰まらせるルナ・シーツ。


「本当に何もない真っ暗な闇の中に浮かんでいた......脆く儚いその姿は親とはぐれた幼子のように見えた。私のマスターは最初から最後までツヴァイ唯一人。それと同じ......この娘のマスターはワンアンドオンリーで首領だけなの」


 ルナは顔を上げるとひた向きな眼差しを対面する首領に投げ掛ける。


「私はルナ・シーツであると同時にフィルツィヒでもあります。私も彼女と同じく造られた存在。そんな無きにしも(あら)ずだとしても自分で考え、行動する自我は有しているつもりなのです。生物同士から産まれ、育まれて成長する。親を持たずに無より生まれた私たち......そこに違いはあれど、喜びも悲しみも怒りも憎しみといった喜怒哀楽を自分という意思で感じられる。そんな私たちとツヴァイたちとの違いって、いったい何なんでしょうか」


 吸い込まれるような目つきで訴えかけるルナに首領も言葉を失くし聞き入る。


「この娘の心を占めるのは偏に創造主であられる彼方様に尽くすことのみ。それ以外に望むことなど無く命じられるままに役割を果たし潰えるだけ......ですが。知っていましたか、そんな者でもコードナンバーを授けられた事に無上の喜びを見出し、偽りのない忠誠を捧げているのです」


 一言一句が心に刻まれてゆくのか首領は憑き物が落ちた表情でルナを見詰めている。


「無に戻ることは何も怖くない。なによりも恐れるのは、もう二度と彼方様に仕えることも役に立つ事も叶わない、その事が心残りであり無念を覚える。ただそれだけなのです」


 いつしか首領のルナを見る面持ちは、愛しい我が子を思い遣る親の表情を浮かべていた。


「ルナ・シーツ......礼を言うぞ。我は前の世界で培った一番大事な同胞主義をも忘れ、いつの間にやら臣下を意のままに動かせるただの駒としか見なしていなかったのだな。造られた存在だから感情を有していない? とんだ思い違いも甚だしいとはこの事だ。フィルツィヒ、そしてお主の同胞たちにも惨い思いをさせた......すまなかった」


 うそ偽りのない真摯な態度で謝罪する首領にルナの両目から自然と涙が頬をたどり落ちてゆく。


月音(かのん)の意思を継ぐルナ・シーツ......フィルツィヒと一体化したそなたを我は何と呼ぶべきなのかな」


「ルナツィヒとお呼び頂きたく存じます」


「ルナツィヒ......よい響きの名であるな。元々はツヴァイをサポートするために編み出された戦略人工頭脳であるそなたは、自我と身体を手に入れて何を成すつもりだ」


 ルナは完璧な動作で臣下の礼をとると『パンドラ・ゼーベ』の唱和を行い、首領の前にかしずく。


「私はマイ・マスターツヴァイと肉体的には切り離されましたが、今でも......これからも心は常に一つです。『パンドラ・ゼーベ』と共に、首領の礎となり手足でいられることをフィルツィヒでもある私はそう願うだけです」

 

 首領はそれに心底満足そうな頷きを返し


「いったいこの世界で何を成すのか。それを我と共に見届けてくれ......ルナツィヒ、そなたは月音の精神が脈打つ存在、(きゅう)の位『ノイン』のコードナンバーを授けるのが相応しい。フハハハッ そしてどうやらこの上ない駒が三人も揃ったようだな。断言しよう......これを機に世界は必ず動き出すとな」


 俺とツヴァイはルナと共に並び、胸に手を当て臣下の礼を行う。


 今一度、そこに集った全員を見渡し、首領は空間の終わりにある荘厳な扉の前に誘う。


「我と共に進むべき道を切り開け! そして世界の(ことわり)をその身で悟るのだ。月音に近しいそなた達ならば必ずや真理を究明できると信じておるぞ」


 気迫に満ちた言葉を吐き、扉の前に位置するとゆったりとした動作で印を結び、それに合わせて重低音の旋律を途切れることなく唱える。


 低く重い音律がしめやかに終わりを告げると扉はコトリと音も立てずに内側へと開かれるのだった。


>>NEXT

  次話『code 15』 世界の中心



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