『code 13』 どうしてこうなる?
視界の全てが銀色の奔流に飲み込まれてゆく。
光り輝く波の中に完全に包み込まれると、自分という存在が形作られたままでいるのかすら覚束なく不安な気持ちになってくる。
上下の区別もつかなくなり、浮遊する感覚に思わず踏ん張るも、まるで足など付いていないかのようにバランスが取れず、それに合わせて考える力もあやふやになっていった。
『私は......私だけの在処をついに手に入れたわ』
ルナ・シーツの心の底から解き放たれ感慨に耽る思念言が遥か遠くから聞こえたような気がした。
『ルナ......それは、どういった事なんだ。どうして今まで思念言に応えなかった......』
それに対する返しはなく、そして俺は深い夢の中に落ちていく微睡みに誘われ、いつしか意識を閉ざしていた。
――覚醒する。それと同時に腹部に今まで経験したことがない、とてつもないほどの激痛が走り顔が歪む。
幼い時から戦闘員になるために有りとあらゆる訓練を受けてきた俺だったが、身体を強化してからは感じたことがないほどの痛みだった。
これは仲間を見捨てた俺に下された戒めの鉄槌なのか。
ならば甘んじて受け入れるしかあるまい。
そうあいつ......もう一人の俺ともいえるシュリュッセルが俺の代わりとなり受け止めた、本来ならば俺こそが感じていなければならない、これはそんな疼きだ。
焼け付くような痛さによって意識が鮮明になったことで、この激痛の元凶が腹に突き刺さっている刀によるものだと、そしてそれは最前までシュリを刺し貫いていたシャウトロンの銀色に輝く神器だということに気がつく。
いったい、いつの間にそして誰に刺されたというのか。
引き抜くか、そのままにしていた方が傷が深まらないか、迷いながら刀の柄に手を添えた瞬間だった。指の先から痛烈なエネルギーが体中を走り抜け、かつてないほどの衝撃に見舞われる。
喉も焼けたのか声を出すことも、感電したように刀の柄から指も離せなくなる。
『......汝...レヲ...受...ケ...レ...ル器...認...メ......』
ノイズ混じりの思念言が頭の中を駆け巡る。ルナなのか? 『汝、我よ受け容れる器と認め......』そう聞こえたように思うが、いったい何を言っているのだ。
『神ヲモ殺シウル我ノ源ヲソノ身ニ授ケン』
頭は芯から冴え渡り、聴覚もクリアになったのかノイズも聞こえなくなり、はっきりとした無機質な声が聞き取れた。
なんだっていうんだ......俺の意思などお構い無しに、腹に刺さったままでいた刀の柄頭に埋め込まれた水晶球が眩いばかりに輝きを増す。
空間を埋め尽くしていた一面の銀の粒子が輝きに導かれ、水晶球に次々と吸い込まれ、光の一粒、一群が渦を巻いて吞み込まれる度に、俺の身体の中に圧倒的な力がみなぎっていく。
それにともない刀は現し世の形姿を終え、俺の身体に同化するように透き通り、最後の光の粒子が吸い込まれると時を併せて、あれほど感じていた痛みと共に消え失せた。
しばらく茫然となっていたが、腹部を抉った傷がどうなったか気になり手をそろりと這わせる。穴が開いてるわけでもなく、絹を撫でたようなすべすべの手触りに安堵するも何となくしっくりしない気持ちに捉われ、自分のおかれている状況を確かめてもいない事に不意に思い出す。
何をぬかっているんだ俺は......。
どうやら地面に尻餅をついた状態でいるようだ。そのまま視線を下げて刀が融け込んだ部位に目を向け......控え目ながら十分に傷痕を覆い隠す二つのモノを見つけてしまった。
ぬ! これに見覚えあるよな......あるよね。だって都合三回も触ったものね......。
シンとして音もなかった世界に厚みのある響きが戻る。それは頭の中が真っ白になっていた俺に話し掛けてきている首領の声であることにやっとの事で思い至る。
「なんと......『神殺し』をその身に取り込んだというのか。シュリュッセル、お前はいったい......何だというのだ」
釈然とせず戸惑う首領だったが目にはどこか狂気を漂わせ、じぃと俺を注視している。その名で呼ばれたことでいつの間にかシュリの身体に移り変わったことを思い知らされた。
オヤジ......そんな目で俺を見ないで下さい。そもそもなんでこんなことになっているのか、知りたいのは俺の方なんですから。
「むほおおおお! 俺の体だよ! これこれ、やっぱ俺様にはこの鋼の鍛えられたボディこそが相応しい......そこの君もそう思うよね!?」
やり切れない思いにとらわれていると、これ見よがしに陽気にはしゃぐ声が聞こえてきた。
誰も思わねえよ。
そうツッコミを入れたくなるほど舞い上がり、こちらを向いて気持ち悪い笑みを浮かべる男......もしかしたら自分では極上の笑顔だと信じているのだろうか。
「そんな所にへたり込んでいるとお尻が冷えちゃうぞ。ほらっ 俺の手に掴まりな」
バカだ、そしてとんでもなくチャラい。
俺は無性に腹が立ち、差し出された手を振りほどくと素早く立ち上がり、そいつの膝に渾身の力を込めて蹴りを入れた。
あ! これって......思い出した時には既に遅く、振り抜かれた俺の素足から繰り出された蹴りは見事にそいつの足を打ち抜き......鋼を彷彿させる硬さに受け止められる。
続いて押し寄せてくる激痛を予想していたものの、思っていたほど痛くないことに拍子抜けする。
「おやおや、女の子がおいたなんかしちゃダメだぞっ......めっ!」
やべえ、こいつマジぱない。人差し指を立てながらニヤニヤ笑っている姿がまた最悪にキモい。
――というか、俺だよな? 目の前にいるこいつは紛れもなく俺......熱血硬派で漢気溢れるコード・ツヴァイと呼ばれる男......なんだよな。
ガラガラと音を立てて、自分が思い描いていた姿が崩壊していく。
「いい加減にしやがれ! それに、お、俺の体を返しやがれ! 勝手に人の体を乗っ取ってんじゃねえぞ」
捲し立てる俺にたじろぐも、ここに至ってやっと俺の正体に気がついたのか、ポンと手を打ち
「ああッ そういう事か......合点承知。となるとここはアレだな」
ニンマリ笑い一人悦に入る俺の姿をした男に悪寒が背中を走り抜けた瞬間、目の前に立つ姿がぼやける。残像を保つほどの高速移動だと感知した時にはバックを取られた後だった。
むぎゅッ むぎゅッ
「ひゃああああッ!?」
自分の口から漏れたとは思いたくもない、それは情けない悲鳴が辺りに木霊する。
「先ほどの意趣返しをさせてもらうぜ! オラオラオラァー! どうだッ、人から揉まれる屈辱を味わうがああああッ!?」
俺の放った裏拳が言い草を垂れるそいつの人中に小気味よくヒットし、苦痛に歪む声を上げさせた。
まさか最前まで自分がそのものだった少女の戦闘力が目を剥くほど強大になっている事に気付かなかった......俺が先ほど蹴り飛ばした時に痛がらなかった事で、察しなければならないところを非力と思い込んで避けることをしなかった、これはそいつの思い込みによる戒めだ。
自業自得なんだよ。人の大事なところを気安く触るもんじゃないぜ......それにしてもそんなに強く鷲掴みすることないだろう。何かあったら責任取れってんだ。
「こ、この俺のブリリアントな鼻を殴りつ......ぶはああああああッ!?」
何者かに後頭部を撃ち抜かれ、絶叫しながら吹っ飛んでいくもう一人の俺を見てしみじみと思う。
人の振り見て我が振り直せ......先人は間違いのない格言を残してくれる。俺は心のメモ帳にしっかりと刻むのだった。
>>NEXT
次話『code 14』もう一つの忠誠