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『code 11』 首領の独白


 部屋はいつしか目的地に着いたのか動くことを止めていた。


 隙間もないはずの閉ざされたこの部屋に、どこからともなく白い靄が浸透してくる。それを見て今まで一言も喋らず部屋の隅にいた月音(かのん)と見た目がよく似た女......フィルツィヒが飛び上がるように避けながら中心にいた俺たちに合流してくる。


 よく見れば元から白かった顔から完全に血の気が失せ、唇も紫に変色してガタガタと両肩を抱いて震えている。足元に靄が届くと恐慌をきたしたのか声にならない悲鳴を上げ倒れそうになった。


 俺は彼女を抱き留め、倒れそうになるのを防いだが、その時に彼女を見る首領の瞳に浮かぶ憐憫とも蔑んでいるともいえる眼差しに違和感を覚えた。


 フィルツィヒがこうなる事が解っているのに、ここに連れて来たのか!?


 それは俺が過ごしてきた世界では、絶対的な権力のもと謀反する者や裏切り者には一切の情けを掛けなかったが、忠誠を誓う配下に無理強いすることや嫌がること、苦手なことは避けさせていた、言ってしまえば身内にそれは甘い首領からは到底考えられない仕打ちであった。


 一抹の不安を抱え、加えて先ほどから何度も思念言で呼び出しても一向に応えのないルナ・シーツの沈黙にもどかしさを覚える。


 部屋が白い靄で覆われると急激に温度が下がったのか寒くなってきた。強化された俺だとこれぐらいどうってことはないが、ローブ一枚しか被っていない生身のシュリが堪らずくしゃみをして静まり返った部屋にその音が響く。


「ツヴァイ、それにシュリュッセル......我にどこまでも付き従うのであれば覚悟を決めよ。ここから出た先が我が予兆するこの世界の理、すなわち世界の中心を現す空間なのだからな」


 背中を向けているため首領の表情は窺えないが、重々しく響き渡る声に並みならぬ決意が込められているのが感じ取れた。


「そこが我がこの世界で最初に目覚めた場所でもある。一面見渡す限り煙るような白い霧の中で我は、初め自分の身に何が起きたのか考えも及ばなかった......しばらくしてどうやら二刀に刺し貫かれ大地に繋ぎ止められた事により、ぴくりとも体が動かずにいる状況なのを認識せざるを得なかった」


 そこでひとまず言葉を止め、衛星からの最終決戦兵器であるレーザービーム砲で自らが蒸発する瞬間を確かに感じとった......我が思った以上の威力に仕上がっていたわとそれの性能と製作時の苦労を思い出している様子だった。


「それからいったい幾らの時が過ぎたのか、刀を回収しにシャウトロンが来るわけでもなく、敵も味方も一向に誰も現れぬ。体内時計も機能せず何故か喉も乾かず腹が減る事もなく、ひたすらこの何もない白く靄の掛かる世界にただ在り続けた」


 真っ白な濃霧に包まれ、視界も定かで無くなった部屋の中で首領の独白は続く。


「黄泉の国ならぬ奈落の底、そこで永劫の時を繋ぎ止められたと観念した我はいつの間にか、現身も自我も忘れうつろいさ迷う亡魂と成り果てていたのだろう。そうしてある時、不意に何者かの気配を感じた。不思議なものでその瞬間、自分がまだ生きて思考を止めていない存在である事を思い出すに至ったわ」


 しばしの沈黙。


「目を開いていても白一色しか映らない濃い靄に包まれながらも、足元になにも言わずに立つ影のような存在を確かに感じた。我は思っていた以上に長い時をそこで自由を奪われ、喋れることも忘れていたのだろう。ふいっと踵を返して立ち去るその者の気配に我は思わず言葉を発した......それが我と彼奴(きゃつ)との邂逅であり何物にも代えることのできぬ契約のなり初めなのだ」


 先ほどより長い沈黙の果てに言葉が重く圧しかかる。


「契約には対価となる代償が不可欠......ツヴァイ、シュリュッセル、そのモノを連れて一緒に来るがよい」


 側面の壁が音も立てずに開かれた気配がする。それと同時に俺の強化された眼をもってしても、首領の黒い服が辛うじて見えるほどに濃密さを増した白い靄が迫ってきた。


 そのモノって......オヤジ、いつから配下を物扱いするようになったんだよ。


 不遜と解っていながらも言葉にならない憤りを覚えるものの、付い来ているのか、来ていないかも気にせずさっさと先を行く首領をここで見失うわけには行かない。


 向かった先になにが待っているのかは解らないが、ここはオヤジを信じて行くしかあるまい。 


「シュリはフィルツィヒの左側を支えてやってくれ......お前大丈夫なのか」


 足腰が立たないほどガタガタ震え、腰が抜けてしまっているフィルツィヒに言葉を掛けるが、抱き止めているため僅かに首を縦に振るのがどうにか見て取れただけだった。


「チッ、女一人抱えることも出来ねぇのかよ」


 シュリがボヤキながら仕方ねえな、手伝ってやるよと左手に回る。実際この視界が定まらない中では強化された眼でなければ、どちらに進んでいいのかも覚束ないことだろう。どうせ俺の服でも掴んでいろと言っても素直に聞くヤツじゃないのは自分だからこそよく解る。


「――そういう気遣い......嫌いじゃないぜ」


 ぼそりと呟くのが微かに聞こえた。


 ――チッ、最初からそれだけ言ってろよ。まあやっぱ俺だけに正直になれない性格してるわな。


 それにしても......ルナ・シーツどうして、頑なに思念言に応じないんだ。何度呼び掛けても応えのないルナに心が騒ぎ立てる。


 首領を見失わないようにフィルツィヒを抱えるように早足で追いかける。気温がますます下がっているのか、肩越しに触れたシュリの手が寒さのあまり氷のように冷たくなっている。


 無言でどれぐらい歩いていたのか、相変わらず靄で何も見えなかったが、通路を抜け広々とした空間に出た気配がすると、間もなくして首領が立ち止まるのが見えた。


「フィルツィヒ......そこにかしずけ」


 こちらに向き直り粛として佇む首領が僅かに見え、風圧を感じさせる声音で命じた。


 びくりと文字通り地に足がつかない様子でフィルツィヒは硬直する。


「二度は言わぬ。自らそれが敵わぬのであればツヴァイ、シュリュッセル、そのモノを地面に押さえ付けろ」


 只ならぬ異様な雰囲気と大気以上の底冷えする威圧感を醸し出す首領に、フィルツィヒは何かを悟ったのか震えながらも俺たちの手を弱々しく振りほどき、自らの意思で地面に崩れるように膝をついた。


「よかろう......我の配下にこそ相応しい。その覚悟、享受したぞ」


 言うや否や、造化の妙ともいえる聞き慣れぬ音程の旋律が首領の口から紡ぎ出される。


「......螺旋カノンを呼び覚ましは(とこ)しえの鎮魂歌(レクイエム)を捧げん......出でよ」


 首領の歌うかの祝詞が終わると同時に思わず目を閉じてしまう程の光の柱が立ち昇る。


 再び見開いた目に映ったのは、光が消えた後の地面に十メートル四方のサークル型の魔法陣が出現していて、不思議なことに透明な筒に包まれているかのように靄が染み入るのを防いでいた。


 魔法陣に描かれた六芒星の中心に俺たちとフィルツィヒが一人かしずく。


 その前方には抜き身の刃のまま地面に突き刺さる二刀......黄金と白銀に光輝く螺旋模様の対なる刀は、紛うかたなくシャウトロンの神器。


 その前に静かに佇む首領の姿が見える。


「封印されし道の扉は開かれる刻を待っている。フィルツィヒ......大儀であった」


 銀光に輝く一刀を引き抜くと首領は刺突の構えを静かに取り始めた。

>>NEXT

  次話『code 12』フィルツィヒの存在理由

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