『code 10』 世界の理
束の間、それは楽しげに笑い声を上げていた首領は一息つくと真面目な顔を見せて語り出した。
「ツヴァイ、今いるこの世界には驚くことに魔法というものが存在する。それはあの当時『パンドラ・ゼーベ』で行っていた魔術儀式が子供の遊びと思える程のもの。究めればまさに神と呼ばれる者ですら滅ぼす事が敵うであろう恐るべし力」
最先端の更に何世代かの先を行く科学技術と対極にある魔術をクロスオーバーした禁断の研究が『パンドラ・ゼーベ』では優秀な人材と天文学的費用を投じて行われていた。しかしその複合技術でさえも、この世界では児戯に等しいという。
首領からしたら百年以上も遠い昔に過ぎ去った研究場面に思いを馳せたのか、しばし沈黙する。
「この世界で我は......いつからか魔王と呼ばれる存在となった。それは長く険しい戦いの果てに手に入れた我の勲章。ふふん、その偉業にあの二刀はそれは役に立ってくれたものよ。しかしだ......使いこなせばこなす程あの刀にはこの世界の理ともいう秘事が隠されている事に思い至るのだ」
気がつけば部屋が沈み込む感覚が失せ、今度は前方に向かって進みだす気配を感じた。
「我の願い。この世界を手に入れ、この世を成す真理を解き明かしたい。それは前の世界で叶うことが出来なかった世界制覇とはまったく別の目的となる。だがな、この世界は前にいた地球とはまるで違う面白味に満ち溢れておる......ツヴァイ、我に再び力を貸してもらえぬか」
俺の存在意義
『パンドラ・ゼーベ』と共に。俺は首領に仕え、その宿願を成就するための礎。
覇気に富み力強く差し出された手を負けじとあらん限りの力を込めて握り返す。
「極めて......エクセレント! ツヴァイ、お前が我の前に再び現れたことは僥倖に値するぞ! 世界の理を解き明かす、またとない千載一遇を我はここに得た」
首領は感極まったのか俺を強く抱きしめた。その熱い気持ちに揺さぶられ、二度と仕えることが叶わないと諦めていたオンリーワンである君主にそこまでされ、俺も胸に込み上げてくる昂る思いにこれ以上ないぐらい舞い上がる。
「ずるい......あんまりだ」
後ろから聞こえてきた震える声に感慨に耽ていた俺と首領は、ハッとなってそちらに目を向ける。
そこには目に涙を浮かべ、口をへの字にゆがました少女の姿をしたもう一人の俺が、親の仇を見るかの勢いで睨みつけていた。
あ!? こいつのことを完全に忘れていたわ......。
「お、俺が本当は首領の礎になる忠義の戦士、コード・ツヴァイだろ? なんでお前が勝手にそこでしゃしゃり出てやがる! お、俺の体、それに俺のオヤジを返しやがれ!」
おいおい!? 知らない人が聞いたら勘違いするようなセリフをさらっと言うな! 首領もそんなニヤついでないで何か言い返して下さいよ。
あーあ、泣くのを我慢している表情が、またなんだか庇護欲をこれでもかと駆り立てやがる。中身はともかく見た目が可憐な美少女ってのは大問題だな。
そんな事を考えながら睨み上げてくるもう一人の俺の前に立つ。
潤んだ瞳の上目遣い......これはこれで破壊力ぱないっすな。
「すまんかったな。お前も俺だったんだよな? なんでこんなことになったか解らないが、同じ俺としてこれからこの世界で首領をサポートしていこうぜ」
どういった態度を取ったらいいのか解らず、とり敢えずは手柄を独り占めしたみたいで申し訳ない気持ちもあったため、目一杯の爽やかな笑顔を浮かべ下手に出る。
「ふざけんな! それに気持ち悪いニヤニヤした笑い方しやがって、お前は人を馬鹿にしてるのか......これでも喰らいやがれっ! うひゃあああっ!? すこぶる......痛いのです」
馬鹿だこいつ、絶対おバカちゃんだ。そりゃ強化された俺の......それも耐衝撃にはめっぽう強いバトルブーツを履いた脛を素足で蹴ったって自分が痛いだけだろう。察せないのそこ?......それにさ、あくまでお前の中身は俺なんだろう? とっておきの爽やかな笑顔を気持ち悪いって......こいつないわ。
しゃがみ込み足の爪先を押さえて悶絶している少女の背後に、やれやれとボヤキながら回ると抱え上げるように立たせる。
得もいえぬ、ふにょふにょっとした感触が両手の平いっぱいに広がった。
「えっ!? ひゃああああ!? だ、だから胸を揉むなああああ!」
「えっ!? うひょおおお!? わ、わざとじゃねぇえええええ!」
ふ、不可抗力、不可抗力と言い訳する俺を、じぃとおと顔を真っ赤にして睨みつけてくる。
「に、二回も思いっ切り、揉みやがって! さっきからローブの布地が擦れて敏感になってるんだから......お前、俺がお嫁に行けなかったら責任取れよ!」
えっ? お前、お嫁に行く気あるの!? 女としての生をまっとうするの!? それって気持ちの切り換え早すぎなくない!?
でも絶対いやだ。こんな平気な顔して脛を蹴る乱暴な嫁を貰うなんて......。
「まあまあ、お前も元々は男なんだから......ちょっと胸触られたぐらいでそんなに目くじら立てるなよ。なんなら俺の胸も揉んでいいからさ」
ふん! 勢いつけて胸筋を突き出す。
「ば、馬鹿だこいつ、絶対おバカちゃんだ。俺って客観的に見たら、こんなおまぬけなキャラクターだったのかよ」
おいおい! お前にだけは言われる筋合いないぞ!
首領もそんな所で腹を押さえて屈み込んでいないで、何か言ったて下さいよ。
「ハハハッ 愉快、愉快だぞ! こんなにも腹の底から笑えたのはこの世界に来てから初めてかも知れん......だが、いつまでも笑ってばかりも要られない事態が、ちぃと迫っておるのだ」
構えを正し真剣な瞳を見せる首領に、俺たちもそれに倣い佇まいを改める。
「我が治める魔族も決して一枚岩とはいえぬ。人族も列強同士で争っているとはいえ、人間種の根本的な危機となればいつ何時手を結ぶやも知れん。しかもアヤツらには亜人という頼もしい隣人が味方しておる。そして種族的には少数ながら絶対的な強者である龍人族......こいつらだけでも厄介なのに魔族から離反した不死者の一門も我に敵対しておる。もう一人の少女の姿をしたツヴァイよ。そなたからはこの世の理に近しい秘められた力を感じる。その力を我に貸してくれぬか」
たっての訴えに目の端に溜まった涙を振りほどき、毅然とした顔付きになると、もう一人の俺はすっぽり掌全体を覆われながらも、差し出された首領の手の平を力強く握り返した。
「ハハハッ 二人のツヴァイとは、極めて......エクセレント! そうだな、少女のツヴァイよ。そなたを呼ぶための名前がまずは必要だな。それを我が名付けても構わぬか?」
首領に呼び名を授けられる。それは何よりも誉れ高きことではないだろうか。これ以上ないぐらいに目を煌かせる少女を見て、少し羨ましく思ってしまった。
「この世界の謎を解き明かす鍵となりし少女......鍵となりしか。そなたの名はシュリュッセル......どうだ」
シュリュッセル......シュリュッ、『シュリ』
その名は胸に染み渡るしっくりとした響きをもって、もう一人の俺に授けられた。
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